「降三世明王は、嵐山に行けとしか言わなかったけど……
           ここでの課題は、いったい何だろう?」

          「頼忠はもう、課題をやり遂げたんだよな。今度は俺の番だぜ」


          勝真さんが気合いを入れるようにそう言うと。
          きょろきょろと辺りを見回しながら一人の武士が歩いてきた。

          ……探し物かな?


          そんなことを考えつつ、その武士の様子をうかがってみる。











          「うーむ、道に迷ったらしいぞ。
           さては、惑わし神とやらにたぶらかされたか」


          あ、探し物じゃなくて迷子?
          って、こんなこと考えてる場合じゃないよ!

          あんま重要人物には見えないけれど、
          たぶん、この武士はここでの課題に関係していると思うんだ……

          ……それならば、すべきことは決まっている。





          「さん、この人……」

          「うん、何か知ってるかもしれないね。
           勝真さんの出番だよ、花梨ちゃん」

          「はい!」


          あたしがそう答えると、やっぱりという風に花梨ちゃんは頷いた。
          そして、勝真さんに向き直って言う。





          「勝真さん、この人が何か知ってるかも」

          「そうだな、ちょっと話を聞いてみるか。待ってろ」


          花梨ちゃんの言葉を受け、
          勝真さんがその武士に話しかける。












          「よう。さっきからしきりと辺りを見回してるようだが、
           一体どうしたんだ?」


          独り言から予想すると、迷子みたいなんだけど……
          ……いや、この年齢に「迷子」は失礼かな。





          「わしは、大江山に行く途中だったんだが、どうやら道に迷ったらしい。
           すまんが、あんた大江山がどっちにあるか知らんか?」

          「大江山なら、ここから南西の方角だぜ」

          「おお、これはかたじけない」
 

          助かった、とその武士は言った。











          「それで、一体どうして大江山へ?」


          確かに、それは気になるよね。

          課題に関係しているからといって、
          まさかそれで大江山に行こうとしてるわけじゃないだろうし……。

          花梨ちゃんの質問は最もだ、と思いながら、
          あたしもその武士の答えを待つ。





          「最近、京では奇怪な出来事が立て続けに起こっておる。
           何故こんなことばかり起きるのか、わしは考えに考えた。

           そしてどうやらこれは、話に聞く鬼の仕業ではないかと思い当たった」

          「偶然とはいえ、よく解ったものだ」

          「確かに、ある意味すごいですよね」


          あたしと頼忠さんの会話は、その武士には聞こえなかったらしい。
          気にせず、話を続けている。





          「その昔、鬼は大江山を根城にして暴れ回り、
           京の民を苦しめたと聞いたことがある。

           そこでわしは、大江山へ鬼退治に出向く決心をしたのだ」

          「あんた、たった一人で鬼と戦いに行くつもりか?
           いくらなんでも無謀だろ。

           それに、何もあんたが鬼と戦うことはないじゃないか」


          武士の言葉に驚いたのか、勝真さんがそんなことを言う。
          だけど、武士は首を横に振った。





          「だが、もののふとして今の京の有り様を座視することは出来ん」

          「つまり、京のことを放っておけないってこと?」

          「そんな大したもんではない。ただ、何かせずにはおれんだけだ。

           これが鬼の仕業なのか、いや大江山に本当に鬼がいるのかさえ
           正直言ってわしには解らん」


          だが、と武士は言葉を続ける。





          「このまま何もせず京が滅びるに任せるなど、断じてご免こうむる」

          「……驚いたぜ。あんたが、そんな風に考えてたなんてな」


          勝真さん……。





          「さて、わしはそろそろ大江山へ向かわねばならん。
           これで失礼つかまつる。さらばだ」


          そうして未だ驚いている勝真さんにそう言って、
          武士は立ち去ってしまった。











          「……今の人の話を聞いて、
           勝真さんがどう感じたかなんだけど」

          「はい、殿。それが重要かと思います」


          あたしの言葉に同意してくれた頼忠さんは、勝真さんの方を見る。





          「京には、この危機を自力で乗り越えようとする、
           気概を持った人間もいるようだな」


          どうやら、あたしの言葉を受けてそう言ってくれたみたいだ。
          そんな頼忠さんに、勝真さんも思ったことを口にする。





          「ああ、京の奴らもまんざら捨てたもんじゃない。

           あの侍、ただ上の奴に尻尾を振ってるだけの奴かと思ってたが……
           あんな奴がいるんだったら、京はおいそれとは滅びないだろうな」


          うん……
          みんながみんな、勝真さんの思ってるような人じゃないよ。

          あたしはそれを、あなたに知っていてほしいんだ。





          「あの人からは生き抜こうという強い意志を感じた。
           京の人たちのこと……ちょっと見直した?」

          「……!」

 
          花梨ちゃんの言葉で、
          勝真さんも何かつかめたみたいだね。










          「そうだな、京のために自分でも何かしようとしてる奴がいる。

           ただ滅びを待つんじゃなくて、生き延びるために、
           自力で道を切り開こうとしてる奴がな」


          俺も京の連中のことを、もっと信じてもいいかもしれない。

          勝真さんが、何か吹っ切れたかのような顔でそう言った。
          すると、直後また辺りが光に包まれ、鈴の音がして。












          「地の青龍よ、そなたは信じる心を取り戻したようですね」


          そして再び降三世明王が現れた。





          「ということは、つまり……
           勝真さんは、課題をなし遂げたってことですね!」

          「その通りです。
           地の青龍は、そなたの助力で京の人間への疑いを拭い去りました」


          良かった……

          あたしを信じてくれたように、
          京の人たちのことも信じようと、勝真さんは思い直してくれたんだよね。





          「俺が信じる心を取り戻せたのは、お前のおかげだな。
           礼を言うぜ、花梨」

          「勝真さん、今回も私だけの力じゃないです。
           さんがまた、私を導いてくれたから」


          そう言ってあたしを見た花梨ちゃんに、あたしは無言で頷き、返した。

          そんな風に思ってくれてありがとう、という想いを込めて。





          「今回のことで、勝真がどういう人物か私にも少し解りました。
           一緒に嵐山へ来て、良かったと思います」


          これで二人とも課題をこなしたってことだよね!











          「天地の青龍の人となり、神子との絆、相互の絆、姫との絆
           しかと見届けました」


          降三世明王は、十二月十五日に東の祠への道を開くので
          その日に再び逢坂山まで来るようにと言った。
 




          「ありがとうございます」

          「良かったですね、神子殿、殿」

          「うん!」

          「これで、東の札を手に入れることが出来るぜ」


          ……って、あたしも課題をこなせたのかな?

          少し不安に思っていると、降三世明王はまた、
          あたしにしか聞こえないように言う。





          「牡丹の姫よ……
           此度のあなたへの課題は、『行くべき道を指し示すこと』でした」

          「行くべき道を、指し示す……」


          花梨ちゃんが「導いてくれた」と言ってくれたこと……
          もしかして、そのことなのかな。





          「その通りです。
           あなたは、神子や天地の青龍に行くべき道を指し示しました」

          「じゃあ……あたしもちゃんと課題をこなせたんですか?」

          「ええ……
           だからこそあなたたちのために、祠への道を開くことにしたのです」


          あたしの問いに、降三世明王はそう言ってくれた。





          「良かった……」


          一安心だな……。












          「じゃあ、十二月十五日に逢坂山へ行きます」

          「待っていますよ、龍神の神子、牡丹の姫……」


          そう言い残して、降三世明王は去っていった。





          「いよいよだな、花梨、

          「あなた方ならば、きっと東の祠の怨霊にもうち勝てるはずです。
           頑張りましょう」

          「はい!」


          東の札を手に入れるためには、
          あとは十二月十五日に再び逢坂山に行くだけ。





          「それまでに、もっと力をつけておかないと……」


          五行の力も、高めておかないといけないよね。





          「もっと、気合いをいれていかないと!」


          そんな風に考え込んでいたあたしの前に、手が差し出された。





          「帰ろうぜ、


          勝真さん……





          「はい!」







そうしてあたしはまた、迷わずその手をとるのだった。