降三世明王に認められてから、数日後。

          朝、部屋に訪ねてきた勝真さんにどうしてもと言われ、
          あたしは一緒に船岡山まで来ていた。

          船岡山に着いたあたしたちは、前と同じように京の町を見渡す。










          「ここは、京が見える場所だとお前は言った……
           確かに、そうだと思う。

           以前の俺は、京に居場所が無いような気がして、
           こうして眺めているだけだった」


          勝真さんは、ぽつりぽつりを話し出す。

          けど、「だった」ということは……




 
          「今は違う……ってことですか?」

          「ああ、違う。
           お前が京に来て、嫌々ながら手伝いを始めて」
 

          今は、この京は自分が育った場所なんだと、
          心から感じることが出来る……。





          「お前のおかげだ。
           お前が心のかけらを見つけたから、踏み出すことが出来たんだ」


          そうだ、この間……




          『これは……』

          『心のかけら、ですね』


          きっと、最後のかけらだ……





          明王に認められ、嵐山から帰るとき……
          勝真さんの最後の心のかけらを見つけたんだった。











          「今朝、イサトに会ってまた話をした」

          「イサトくんと……?」


          もしかして……
          前にイサトくんと話したときのこと、ずっと気にしてたのかな。

          それで、またイサトくんと……。

          黙っているあたしに向き直り、勝真さんはゆっくり話し出してくれる。





          「あいつと話した。
           今まで向き合うことが出来なかった、過去のわだかまりなんかをな」


          やっぱり勝真さんは、イサトくんとちゃんと向き合ってくれたんだ。

          あたしは顔が綻んでしまいそうになるのを何とかこらえ、
          勝真さんの言葉の続きを待つ。





          「お前が一緒に頑張ろうと俺に言ったとき、俺は笑ってしまっただろう?
           あまりに意外で、それでいて簡単なことのようにお前が言ったからさ。

           俺には出来ない、と諦めていたことだったのに……」


          だけど、勝真さんはあのときから考えてくれていたらしい。

          案外簡単に出来ることを、諦めていたのかもしれないと。
          自分から、世界を狭く見ていたのかもしれないと……。





          「イサトとは、あの火事のことを冷静に話すことが出来たと思う。
           短い会話だったが……」

          「短くても、いいんだと思います。
           きちんと話せたってことが、大切だと思うから」


          いきなり全て解決するのは、難しいことだ。
          でも、前にも言ったけれど、焦らなくていいと思う。

          一歩ずつ進んでいけば、きっと変われるから。





          「貴族のこと、火事のこと、それをどう思っているか。
           ……これからも、イサトと話し合っていける」


          勝真さんはまた、吹っ切れたような顔でそう言った。











          「勝真さん……」


          二人の間にあったわだかまりというか、
          そういうものは無くなったんだね。





          「良かった……あたしも、嬉しいです」


          あたしがそう言うと、勝真さんは少し微笑んで言う。





          「あぁ、そのことをどうしてもお前に言いたくて……。

           急に連れ出して悪かったな、
           そして、ありがとな」


          お前にはもう一つ礼を言わなきゃならない、と勝真さんは言う。
          あたしは何のことだか解らず、頭に?マークを浮かべているような状況で。

          そんなあたしを見て、勝真さんはまた少し笑って言うんだ。










          「俺は京の身分や制度を嫌っていながら、それに縛られてきた。
           下級貴族の自分には、どうせ何も出来やしないと自分で決め付けていた。

           きっと、ずっと下級貴族のまま町の人間に恨まれて、
           一生を終えるんだろうと……」


          だが、まだ諦めたくない。





          「出来ることを、やっていける……お前が、それを教えてくれた。
           あの火事の時のような無力感は、もうごめんだ」


          俺の限界は、俺にしか決められない。
          何かを決意したように、勝真さんは言った。





          「まだ何も終わっていない――
           今から始めることも、出来るだろうさ」
 
          「そうですよ!
           まだ、何も終わっていないです」


          まだ何も終わっていない。

          まだ始まっていないことも、たくさんあるのに。
          それでどうして、もう終わってしまったなんて言えるだろうか。

          ……ううん、言えるはずがないよね。





          「あぁ、終わっていない。
           諦めたら、そこできっと終わってしまうんだろう」


          俺もこのままだったら、何もしないまま、
          本当に何も出来なくて終わっただろう。











          「お前への想いが、俺を強くしたんだ。お前を守りたいという気持ちが。
           本当に、お前には感謝してる。俺は、思うんだ。お前のことが……

           いや……」


          そこまで言って、勝真さんは急に黙り込んでしまった。





          「あの、勝真さん……?」


          何か話しづらい内容なのかと思い、
          あたしは無理に話さなくていいと言った。

          だけど勝真さんは、あたしに話したいと言う。






          「だが……お前に話すことで、
           お前や俺が変わるのは嫌なんだ……」


          勝真さんが、こんなに言いにくそうにするなんて……
          一体どんな話なの……?






          「……………………」
          
          「勝真さん…………」


          あたしはちょっと心配になり、
          未だ黙ったままの勝真さんに遠慮がちに声をかけてみた。

          すると、勝真さんは苦笑してしまう。





          「…………悪い。
           やっぱり、また後で聞いてくれないか」

          「あ……はい」

          「今は、これだけ聴いてくればいいんだ。
           今は、まだ……」


          何だろう……
          ちょっと気になるけれど、また後で話してくれるんだよね?

          そう思ったから、あたしは深く追究しないことにした。














          「あの、勝真さん……」

          「ん?」

          「そろそろ帰りましょうか……一緒に」

          「…………そうだな」


          今度は、あたしが手を差し出した。 
          すると勝真さんも、迷うことなくこの手を取ってくれたのだった。





          「、今はまだ……」


          今はまだ、このままでいい。
          だけど、いつか全てが終わったときに伝えるから。





          「お前のことが、好きだと……」




愛しく想っていると、必ずそう伝えるから。