「……あれ?」


          紫姫の館の少し手前で、あたしは何か違和感を覚えた。





          「……あっ!」


          そうだ、シュシュ(って勝手に呼んでる髪留め)が無い!

          確か、お邸を出てくるときバタバタしてて、
          後で付けようって着物の袖のところに入れておいたんだった……。

          気付かなければそのままで良かったんだけど、
          なんか思い出すとやけに気になっちゃうんだよね、こーゆーのって。





          「どうしたんだ、


          いきなり立ち止まったあたしを疑問に思ったのか、
          勝真さんが不思議そうな顔をして問いかけてくる。





          「あ、いや、えーと……
           勝真さん、先に花梨ちゃんのところに行っててください」
 
          「何でだよ?」


          相変わらず不思議そうな顔をしている勝真さんは、
          再びあたしに問いかける。





          「いいから先に行っててください!
           あたしもすぐ行きますから」

          「……解った、早くしろよ」
 
          「はーい!」


          そうして勝真さんがしぶしぶ館に入っていったのを見計らって、
          あたしは持っていたシュシュを付け始める。





          「うーん……」


          ……っと、出来た!





          「これでよし、と」


          早く行かないと、勝真さんが心配しちゃうかもしれないよね。

          そう思いながら、急いで館の入り口に向かうと。













          「ふざけるな!!」


          庭の方から、勝真さんの怒鳴り声が聞こえてきた。














          「どうしたんだろう……」


          とにかく、様子を見に行かないと。

          あたしは花梨ちゃんの部屋に向いていた体をくるっと回転させ、
          ひとまず庭に向かうことにした。


















 
          「あっ、いたいた……勝真さん、頼忠さん!」


          あたしが庭に行くと、 ちょうど花梨ちゃんもやって来たところらしかった。

          名前を呼ばれ、振り返った二人を見た花梨ちゃんの顔は、
          「険悪」だと言いたげな表情になっている。





          「……って、のん気に観察してる場合じゃない」


          あたしも行かないと!










          「勝真さん、頼忠さん、一体どうしたんですか?」


          今度はあたしの方を振り返る二人だけど、
          険悪な空気を纏ったまま、何か言うわけでもない。

          うーん、どうしようかな……。


          どうやってうまくこの場を収めようかと悩んでいると、
          花梨ちゃんが何か思いついたように言う。





          「この際、とことん喧嘩するのもいいかも」


          花梨ちゃんのその言葉に、さっきまで怖い顔をしていた二人と、
          加えてあたしまでもが目を丸くしてしまう。





          「は? なんと申されましたか?」

          「何言ってんだ、お前」


          いや、でも……
          確かに、いいアイディアかもしれない。





          「だって、途中で止めても喧嘩するでしょ、ずっと。
           とことんまでやれば、解り合えるかと思って……」


          やっぱり花梨ちゃんはすごいや。











          「あはは、さすが花梨ちゃんだね!」

          「え、あの、さん……?」


          笑いが止まらないあたしと、わけが解らずな状況の花梨ちゃん。

          そんなあたしたちの様子を見て、
          二人の肩に入っていた力が抜けたらしい。





          「神子殿、殿……」

          「バーカ、そんなことあるわけ無いだろう? 馬鹿馬鹿しい。
           も、そんなに大笑いするなよ」


          少し呆れたような様子で、そんなことを言った。

          ……でも、とりあえずこれで一件落着かな?
          あたしがそう考えていると、やれやれという風に勝真さんが言う。





          「やめたやめた。俺は、今日は帰るぜ。
           ここにいても、こいつと言い合いになるだけだからな。じゃあな」


          そうして、すたすたと行ってしまおうとする。





          「勝真さん、待って!」


          あたしがすかさず引き止めるけど、
          勝真さんは罰が悪そうな顔をして振り返って。





          「少し一人で考えたいんだ。
           このままこうやっていても、仕方ないだろ」

          「でも、勝真さん……」

          「……気になることもあるし、今日は別行動を取る。
           、お前は花梨と一緒に行動しろよ」


          時朝さんが向かったらしい伏見稲荷に行くが、
          穢れでもあったらまずいから近づかないようにと……

          それ以上は何も言わず、
          勝真さんはさっさと館を出ていってしまった。













          「勝真さん……」


          「さん、あの……
           私たちも、伏見稲荷に行ってみませんか?」


          勝真さんの去った方向をただ見つめるあたしに、
          花梨ちゃんは遠慮がちにそう言ったけれど……




          「いけません、神子殿」


          あたしが答える前に、
          花梨ちゃんの申し出は頼忠さんに却下されてしまう。





          「でも……」

          「恐れながら、先ほどの勝真の言葉にもありましたでしょう。
           穢れがある可能性もあります。

           本日は、そちらには行かれない方が……」


          確かに、花梨ちゃんが穢れにあたったら大変だ。
          けど、やっぱり勝真さんのことも心配だし……





          「花梨ちゃんは、頼忠さんとここに居て。
           あたしは伏見稲荷に行ってくる」

          「えっ? でも、さん……!」


          花梨ちゃんの答えを待たずに、あたしは館を飛び出した。











          「頼忠さん、やっぱり私たちも行きましょう!

           勝真さんも心配だけど、
           さんが一人で京を歩くのも危ないし……!」

          「……主のご要望にお応えするのも従者の務め。
           伏見稲荷までお連れいたしましょう」

          「ありがとうございます。じゃあ、行きましょう!」















          「さん!」


          「花梨ちゃん……!?」


          呼ばれた声に従って振り返ると、
          館に居るはずの花梨ちゃんと頼忠さんの姿があった。




          「なんで……」

          「さん一人で伏見稲荷まで行くなんて、危ないですよ!
           私たちも一緒に行きます」

          「けど……」


          いいのかなぁ……。

          そう思いながら頼忠さんの様子をうかがってみると……





          「……私は、主のご命令に従うだけです」


          若干異議はありそうなものの、
          花梨ちゃんに言われては断れなかったようだ。

          しぶしぶながらも頼忠さんの承諾をもらったということで、
          あたしは花梨ちゃんと頼忠さんの三人で改めて伏見稲荷に向かった。


























          「伏見稲荷に来てみたはいいけど……」


          勝真さんはどこに居るのかな?





          「さん、あそこです!」


          花梨ちゃんの指す方を見てみると、
          案の定そこには勝真さんが居て……

          近くには、時朝さんの姿もある。





          「行こう、花梨ちゃん、頼忠さん」

          「はい」

          「承知しました」















          「勝真さん!」


         ていうか、これ十中八九怒られるよね……。





そんなことを思いながら、あたしはその背中に声を掛けた。