「どうしてここにいるんだ、、花梨。
伏見稲荷に来るなと言ったろう」
案の定、勝真さんは苛立たしげにそう言った。
そして、何故あたしたちを止めなかったのだと
頼忠さんにも怒りの矛先が向いてしまって。
このままではいけないと思い、あたしは慌てて間に入ろうとする。
「違うんですよ、勝真さん!
初めは、あたし一人で行くつもりだったんですが……」
「私はそれこそ駄目だと思って、
急いで頼忠さんと追ってきたんです」
と、あたしの言葉に花梨ちゃんが加勢してくれたんだけど……
「ってことは……
、お前が原因か」
「あ……」
そう言われたらそうかも!?
しまったと思いながら再び慌てていると、
勝真さんはやれやれとため息をついて言う。
「……まあいい、今日のところは勘弁してやる。
あの白拍子がちょろちょろしなきゃ、もっと早く来られたんだが……」
えっ?
またシリンが現れたの……?
あたしが疑問に思っていると、
勝真さんは再び頼忠さんに鋭い視線を向ける。
「まあ、危険な目に合わせた自体は、変わらないけどな」
だから違うって言ってるのに……!
また慌てて間に入ろうとしたけれど、
その前に別の人が言葉を発した。
「その者は、主の言葉に忠実なのだろう。
あまり責めるものではない」
あたしたちが来るまで勝真さんと話していたらしい、時朝さんだった。
だけど、勝真さんはますます苛立ってしまったようで。
「あんたに言われたくないぜ。忠実であれば、それでいいのか?
従者だ、臣下だって言うなら、主を守るのが仕事のはず。
危険を遠ざけるのもな」
時朝さんに向かって、そう言い放った。
京を呪詛するなんて重罪だ、証拠が挙がったらお終いだ、と、
続けて勝真さんは言ったんだけど、
一方の時朝さんも、事の重大さは解っているようで……
でも、だったら、どうしてこんなことを続けるのか。
そう問いかける花梨ちゃんに、時朝さんは神妙な面持ちで答える。
「それが、宮様の望みだからだ」
時朝さんの立場も解らなくもないけど……
でも、和仁親王が望むからって
呪詛をしかけていいって理由にはならない。
「時朝さん、あなたは間違っている」
「……たとえ過ちだとしても、私はただ宮様に従うだけだ。
私の清めも終わった……私はもう失礼する」
「時朝さん!」
あたしはなんとか時朝さんと話をしたかったんだけど、
取り合ってもらえそうになかった。
「…………」
それにしても……今、清めって言ったよね?
もしかして、こないだの南の札を取ったときの……?
「そういえば南の札を取った時に、呪詛返しを……。
あれは、大丈夫だったんですか?」
どうやら花梨ちゃんも呪詛返しのことを思い出したらしく、
そんなことを言った。
「確か、和仁親王も呪詛返しを少し受けていましたよね?
大丈夫だったんですか?」
あたしも花梨ちゃんに続けてそう問いかけると、
時朝さんは、「あなた方は宮様の敵だから、
気遣って頂く必要はない」と言った。
「あなた方は宮様の望みを妨げる者。
だから、私の敵でしかない」
「敵だなんて……やっぱり戦うしかないの?」
……やっぱり花梨ちゃんは優しい。
疑いがあったときとは違って、もうこの人は完全に呪詛に関わっている。
それでも、この人――ううん、和仁親王やこの人と戦うことを、厭うんだ。
でも……
「きっと、時朝さんにも譲れないものがあるんだと思う。
それならば、戦わなきゃならないこともある」
あたしだって、みんなだって……
きっと、同じだ。
「……牡丹の姫の言う通りだろう。
私は宮様に仕える者。そちらの言葉を聞くことはない」
でも、だからって進んで戦いを選ぶのは嫌なんだけど……
それって、我が侭なのかな。
「神子殿、ご命令頂ければすぐにでも」
「頼忠さん……。
(主と決めた人の命令に従ってるところが、なんだか似てる……)」
花梨ちゃんとあたしが何も言えないでいたとき、
今度は時朝さんから話し出した。
「人には、それぞれ与えられた定めがある。
私は既に一度死んだ身。生の世界にあって、死者。
死者が世界に対し、どんな影響力を持とう」
そのようなことは無いのだ、と、時朝さんは続ける。
「死者……って、どういう意味?」
「言葉通りだ。
私は院の御のために、死んだはずだった」
こうして生きているのは、
神仏が、私がまだ院のお役に立てると思ったからだろう。
……その院が和仁親王に従えと言ったから、
時朝さんはその通りに行動しているらしい。
「……和仁様を止めたいとか、思わないのか?」
しばらく黙っていた勝真さんが、口を開いた。
「何度か進言させて頂いた。だが、お聞き入れ頂けなかった。
私には、宮様をお止めすることは出来ない」
一番近い存在であるはずの時朝さんの言葉も、
和仁親王には届かないの……?
「……だから、せめてと呪詛返しを受け、
穢れを受けられているのですか」
頼忠さんの言葉に対し、時朝さんは「それは違う」と言う。
「私の穢れは、与えられた力を操るためのもの。
アクラムの与えた力は、穢れを受けて、強くなるのだ。
だが、その穢れを受けすぎては呪詛返しを受けてしまう、
だから……」
そっか……
だからここで、清めを……。
「……出来るなら宮様には、今の行為をやめて頂きたい。
私にはもう止められないが、
あなた方なら止められるだろうか……宮様を」
あたしたちが……和仁親王を止める?
「でも、時朝さん……
和仁親王は、やっぱりあなたの言葉なら
聞いてくれるんじゃないんですか?」
あたしたちの話よりは、聞いてくれるんじゃないか……。
そう思ったんだけど、
主の言葉を守ることが優先されているならばそれは難しい、と、
頼忠さんに言われてしまった。
「……長居をした。すまないが、これで失礼する」
「あっ、時朝さん!」
最後にもう一度声を掛けてみたものの、
時朝さんはそのまま立ち去ってしまった。
「なんだ、あれは……俺には理解できないぜ。主に忠実?」
さすが源氏の方々、貴族も武士も、俺の理解を超えていると
勝真さんは皮肉交じりにそんなことを言った。
そんな勝真さんに対し、
私はこの生き方しか出来ない。時朝殿もおそらくそうなのだろう、と、
頼忠さんは言う。
「馬鹿馬鹿しい。まだ白拍子の方が理解しやすいぜ」
そうかなぁ……
あたしは、どっちも解る気がするな。
「でも、時朝さんが和仁さんを説得してくれればいいのになぁ。
彰紋くんも、和仁さんと争いたいわけじゃないのに……」
そうそう、問題はそこなんだよね。
やっぱり和仁親王は、
あたしたちの言葉じゃ全然聞いてくれないと思うんだ。
「兄弟なんだし……もっと、仲良くできればいいのにね」
「はい……」
あたしと花梨ちゃんの会話に、勝真さんが割って入ってくる。
「兄弟だからって、理解し合えたり、うまくやれるわけじゃないんだぜ。
そんなのは、幻想だ。兄弟は、他人の始まりだ……俺は、そう思う。
信じる道が分かたれたら、もうそこから先はそれぞれの道を行くしかない」
「勝真さん……」
それって、千歳のことを言っているの……?
あたしはそう考えたけど、言い出すことは出来ないでいた。
「……では、お前は何を信じているんだ?」
「俺か?――自分、かな。
それが最も信じられないものだと、解っているのにな……」
勝真さん…………。
黙ったまま勝真さんを見つめていると、ふと目が合う。
「いや……自分なんかよりも、
もっと信じられるものがただ一つだけあるな……」
それって一体……?
「……時朝殿が呪詛を行ってないか、
見に来るだけのつもりだったんだがな。
――帰ろうぜ」
問いかける前にそう言われてしまったから、
あたしは何も言えなくなってしまった。
そうして、ひとまず紫姫の館へ戻ることにした。
「お帰りなさいませ、神子様、様」
「お帰りなさい、お邪魔してました」
紫姫の館に戻ると、そこには彰紋くんの姿があった。
どうやら、紫姫のおばあさんに会いに来たようなんだけど、
なんだか忙しいらしくすぐに帰ってしまう。
でも、紫姫によれば、彰紋くんの訪問におばあさんも喜んでいたんだって。
いいことだよね。
「では神子様、様。
これからのこと、おさらいいたしましょうか」
紫姫の言葉に従い、あたしたちは現在の状況を整理する。
あたしたちは既に降三世明王の課題も終えて、
あとは十二月十五日に逢坂山へ行くだけ。
そして、そこで東の札を手に入れればいいわけなんだけど……
「いつものように、怨霊がいるんだよね」
「はい……明王様がおっしゃったその怨霊は、
やはり強い力を持っております。
どうぞ心してください」
今回の怨霊は嵐龍と言って、木属性の怨霊らしい。
頼忠さんと勝真さんも木属性だから、きっと攻撃も相殺されてしまうだろう。
「仕方ねぇ、腹をくくるか」
勝真さんも同じようなことを考えたらしいけれど、
やるしかないという結論に至ったみたいだ。
とにかく京を回り、五行の力をためること。
それが東の札を手に入れる日までに出来ることだった。
「では神子殿、十二月十五日には迎えに参ります。
よろしくお願いいたします」
「じゃあ、俺たちはこれで帰るわ」
「またね、花梨ちゃん」
「はい!」
そうしてひとまず、その日は解散となった。