「おはようございまーす!」


          いつかと同じように、昨晩手紙をもらったあたしは、
          朝早くから紫姫の館に来ていた。





          「おはようございます、様」

          「おはよう、紫姫。花梨ちゃんは?」

          「もうお目覚めだと思いますので、ご案内いたしますわね」

          「うん、お願い」


          今日は花梨ちゃんが物忌みの日で、またあたしを呼んでくれたんだ。

          いつも八葉のみんなと一緒に歩き回っているから、
          こういう風にゆっくり話す時間があたしも欲しかったんだよね……。










          「おはよう、花梨ちゃん!」

          「おはようございます、さん。
           今日は来てくれてありがとうございます」

          「どういたしまして!」


          前のときに気になって聞いたんだけど、
          物忌みって家の中で大人しくしていれば別段危ないことは無いらしい。

          見たところ花梨ちゃんも元気そうだし、良かった……。





          「それで、さん。
           私、この前の話の続きをしたくてさんを呼んだんです」

          「話の続き?」


          って言うと……




          「さんが勝真さんのこと好きっていう話です!」


          やっぱりそっちかー!





          「花梨ちゃんと泉水の話ではないのね……」

          「はい」


          やっぱり若い女の子はこーゆー話、好きだよね……
          (って、あたしもそんなに年とってないけどさ!)










          「それで、さん!
           あの後、勝真さんと何か進展はあったんですか?」


          きらきらとした目をして、あたしにそう問いかける花梨ちゃん。

          なんとか話をそらそうかとも思ったんだけど、
          どうやらそれも難しいようだ……。

          観念したあたしは、仕方なく花梨ちゃんの問いに答えることにした。





          「何か、って言われても難しいけど……
           あたしのこと、前より信じてくれるようになったかなぁ」


          あまり人には話したくないであろうこと……
          過去にあった火事、そして今まで溜め込んできた自分の想い。

          色々なことを、勝真さんはあたしに話してくれた。





          「勝真さんも、過去に色々あったみたい。

           未だに頼忠さんと衝突したり、
           人の意見を聞き入れなかったりするけど……」


          でも、勝真さんは、本当に優しい人なんだ。
          だからあたしは、そんな勝真さんに惹かれている。





          「勝真さんの心には、闇があるの。
           それを、あたしは取り払ってあげたい」


          その心にある闇は少しずつ無くなってきたけれど。

          これから先もっと笑って歩いていけるように、
          その心からもっと闇をなくしてあげたい……。













          「……あの、さん」


          ずっと黙ってあたしの話を聞いてくれていた花梨ちゃんが、
          少し間を空けて口を開いた。





          「昨日、伏見稲荷で……

           頼忠さんが勝真さんに、
          『お前は何を信じているんだ』って聞きましたよね」

          「う、うん」


          勝真さんは、自分だと答えていた。
          でも、実際はそれが最も信じられないって……。





          「自分よりももっと信じられるものがただ一つある、って、
           勝真さんは言い直していました」


          確かに、そう言ってた……

          問いかけるタイミングを失ってしまったから、
          そのまま黙っておいたけれど。










          「私、思ったんですけど……

           その『ただ一つ信じられるもの』というのは、
           さんじゃないでしょうか?」

          「え……?」


          あたし……?





          「まさか……」


          確かに、勝真さんはあたしのこと、
          前よりちゃんと信じてくれてるけど……

          ただ一つ、だなんて。
          そんな言い方をしてもらえるほどなのかな……。





          「信じられるものがただ一つあるって言ったときの勝真さん、
           さんのことを、すごく優しい瞳で見ていました」


          だからきっと、さんのことなんだと思います。

          にこっと笑って、花梨ちゃんはそう言った。





          「本当に……」


          本当に、そうなのかな。


          そうだと、いいな…………。














          「……それでですね、さん」

          「うん?」

          「もう告白しちゃった方がいいんじゃないですか?」

          「…………は?」


          花梨ちゃんの言葉に、
          あたしは間の抜けた声を出してしまった。





          「な、何言って……!」


          てか花梨ちゃん、今までの話の流れでどうしてそうなる!





          「だって、勝真さんもさんのこと
           絶対特別に思ってますよ!」


          もう告白するしかないですよ!
          と、楽しそうに話す花梨ちゃん。
          (って、またもや負け越しなんですけど、あたし……!)





          「確かにあたしのこと、信じてくれてるみたいだけど……
           それで、イコール好きってことにはならないし!」


          たぶん、早とちりだと思うんだよね!

          あたしが慌ててそう言うと、花梨ちゃんは残念そうな顔をする。





          「そうですか……」


          うん……きっと、そうだよ。
          勝真さんが、あたしのこと好きだなんて…………。














          「……でも、さん」

          「ん?」

          「今日この後! ……とはさすがに言いませんけど、
           やっぱり、近いうちに告白した方がいいかと思います」


          想いは溜め込んでいるだけじゃ、駄目だと思う。

          その後どうなるかは確かに解らないけれど、
          伝えるべきことは伝えなきゃ。

          さっきまでとは違い、真剣な表情をして花梨ちゃんは言った。





          「伝えるべきことは、伝えなきゃ……か」


          うん……やっぱり、花梨ちゃんはすごい。
          本当に、尊敬できる人だ。





          「そうだよね……伝えた方がいいよね」

          「はい」


          それでも……
          やっぱり今は、伝えてはいけない気がするんだ。














          「花梨ちゃんの言う通り、あたしは勝真さんに伝えるよ。
           でも……それは全てが終わった後にする」


          全てが終わり、京が救われた後に、
          あたしは勝真さんに伝えようと思うんだ。

          自分の、この想いを。





          「今はまだ、言わないの」


          まだ、言わないでおきたい。
          今は、まだ…………。





          「……さんがそう思うのなら、
           そうするのがいいんだと思います」

          「うん……ありがとう、花梨ちゃん」


          あなたの思う通りにしてください、と、
          花梨ちゃんは最後に言ってくれた。





          「ね、それより花梨ちゃんの話も聞かせてよ」


          泉水とはどうなの、と聞くと、
          花梨ちゃんも照れながら色々な話をしてくれた。














          
『あの、勝真さん……』

          『ん?』

          『そろそろ帰りましょうか……一緒に』

          『…………そうだな』



          この手を迷わず取ってくれたあなたに、いつかきっと伝えるから。
          だから、もっと……自分を、信じてください。






花梨ちゃんとの話を思い出しながら、あたしはそんなことを考えた。