花梨ちゃんの物忌みの後、
          数日はみんなで京を回り五行の力を高めることに専念した。

          主に怨霊を封印していく花梨ちゃんたちと、具現化をしていくあたし。
          効率よく行動していくことにより、いい状態で十二月十五日を迎えた。





          「今日は東の札を取りに行く日だよね……」


          ……さすがに、寝坊することはもう無いか。

          あたしはいつかの失敗を思い出しながら、そんなことを考える。





          「……! この気配は……」


          そんなときだった。
          ときどき感じる、あの嫌な気配を今もまた感じたのだ。

          間違いない、これは……。





          「…………ごめんなさい、勝真さん。
           ちょっと行ってきます」


          今はまだ自分の部屋に居るであろう勝真さんに、
          申し訳なく思いながらも……

          あたしはその嫌な気配を追って
          何度か行ったことのある空地に向かった。
 













          「お前は相変わらず気づくのが早いな、牡丹の姫よ」

          「……そりゃどうも」


          なんかもういちいち反応するのも嫌だな、なんて
          ちょっと失礼なことを考えながらあたしはそう返した。





          「お前も神子も、だいぶ力の扱いに慣れたようだな」

          「あたしも神子も、って……
           ちょっと! あんたまた花梨ちゃんに会ってきたわけ!?」


          こいつほんと、何回言っても解んない奴だな!!

          あたしはなんだか腹が立ってきて、そのままの勢いで話す。





          「またこんな朝から花梨ちゃんのところに行って……
           あんた一体何してたの!?」


          まさか、「もう手駒は必要ない」とか言って、
          何か危害を加えたりなんてことは……!





          「安心しろ。
           お前や神子には、まだ私の手駒として動いてもらわねばならない」


          あたしの心の声を読み取ったのかは知らないけれど、
          アクラムはそんなことを言った。

          ……とにかく、花梨ちゃんは無事みたいだね。
          良かった……。










          「神子は、私がなぜ宮に力を貸すのかと
           不思議に思っているようだな」

          「宮って……」


          和仁親王、だよね。
          確かに、なんでこいつは和仁親王に力を貸すのかな……。





          「まさか、退屈しのぎとか?」


          あたしの言葉に対し、
          アクラムは「確かにあれは面白い男だな」と言う。





          「満たされぬし、欲も深い。そして、それだけの器ではない」

          「まあ、最後のはちょっと賛同できるけど……」


          ……って、賛同してどうするあたし!









          「と、とにかく、なぜかあんたは和仁親王に力を貸しているけど、
           実際に大きな力を授かってるのは時朝さんでしょ?」

          「その通りだ。さすがだな」


          いや、だって……
          今までの話の流れで、それくらいは解るでしょ。

          こいつ馬鹿なのか、なんて、あたしはまた失礼なことを考えた。





          「神子にも言えることだが……
           今は宮のことを気にしている暇はなかろう」

          「どういうこと?」

          「シリンがお前たちを倒しに来るぞ」

          「シリンが……?」


          この間の青龍組とのいざこざもあったし、
          やっぱりシリンはまだ関わってくるんだよね。

          考え込むあたしに、アクラムは一つ忠告してやろう、と
          なんとも上から目線で話し始める。
          (本当に腹が立つ!)





          「わずかな量の毒でも、数を浴びれば猛毒となる。
           それを忘れぬことだな」

          「わずかな量の、毒……?」


          確か、同じようなことをどこかで……





          
『ただね、覚えておおき。
           毒はじわじわと回るんだよ、少しずつね』





          ……あ、そうだ!
          例のいざこざのとき、確かシリンが同じようなことを言ってた!









          「でも……毒ってどういうこと?
           シリンが何か、あたしたちに“毒”を浴びせてるの?」


          たぶん、「毒」って例えのような使い方で言ってるんだと思うんだけど……
          でも、それでもよく解らないな。





          「いずれにしろ、シリンくらい倒せねば京を救うことは出来ぬだろうが。
           ここでお前たちが倒れれば、これまで……ということだ」


          こいつは、あたしたちにシリンを倒してほしいの?
          それが、あたしたちを「手駒」とするこいつの望み……?





          「……シリンは、あんたのためにっていつも言ってるよね。
           でも、実際は千歳のために動いている」


          それはなんで?と聞くと、
          「シリンは黒龍の命令で千歳に従っている」とアクラムは答えた。





          「そして、あれは千歳の目的を助けるのだ」

          「千歳の目的?
           ……その言い方だと、あんたの目的とは別物ってことか」

          「そうだ。一緒にしてもらっては困る」


          アクラムにはアクラムの目的があるってことだよね。
          でも、それって一体……?

          なんだか解らないことだらけだけど、とにかく、
          注意するに越したことはないはず。










          「……最後に一つ聞くけど、
           あんたはシリンみたいに、黒龍に操られてはいないんだよね?」
 
          「もちろんだ。

           私は黒龍には服従しない。黒龍の神子である千歳にもな。
           龍神は憎しみの対象でしかない」


          憎しみの対象……
          それって、あかねちゃんのときのことを、言っているの……?





          「先ほど神子に、『自分』というものを消してしまいたくなければ、
           龍神に心を委ねてしまわないことだ……と忠告してやった」


          神子は不思議に思っていたようだが、
          お前ならどういうことか解るだろう。





          「それは……」


          それは…………


















          「……!」


          あたしが言いかけたとき、突然背後から名を呼ばれた。
          振り返ると、案の定勝真さんの姿がある。





          「勝真、さん……!」


          あたしが勝真さんを呼ぶとほぼ同時に、
          ものすごい風が吹き抜けた。

          まさかと思いまた正面に向き直ってみると、
          予想通りアクラムは既に姿を消していたのだ。





          「…………」


          あいつ……。










          「おい、……お前、大丈夫か?
           今そこにアクラムの姿があったように見えたが……」


          勝真さんは、息を切らしながらあたしに問いかけてくる。

          ……お邸から、走って捜してくれたのかな。


          ひとりでお邸を抜け出したことは何度かあったけど、
          今さらながらすごく申し訳ないような気がした。





          「……あたしは大丈夫です、勝真さん。
           勝手にお邸を抜け出してごめんなさい」


          帰りましょう、とあたしが言うと……

          何か聞きたそうな勝真さんは「そうだな」とだけ言い、
          その場は何も聞かないでくれた。










          「あ、そうだ」


          言い忘れてた。





          「勝真さん、迎えにきてくれてありがとうございます!」

          「あ、いや……気にしなくていい」


          一瞬面食らったような顔をした勝真さんだったけれど、
          すぐ笑顔になってそう言ってくれた。

          ――ありがとうと思ったときに、伝えなきゃ。
          そう言ったのはあたしだから。





          「早めに戻るぞ。
           女房たちが朝餉を用意して待ってるからな」

          「はい!」























          朝ごはんを食べて支度を整えたあと。

          勝真さんとあたしは花梨ちゃんたちと落ち合うため、
          紫姫の館に向かっていた。

          もう館がそこに見えてきた……
          というところで、突然勝真さんが「先に行ってろ」と言う。



          どうしてですか、とあたしが問いかけても「いいから」としか答えてくれない。

          このまま押し問答を続けていても……と思ったあたしは、
          仕方なく勝真さんの言う通り一人で先に館へ入った。






          「おはよう花梨ちゃん、紫姫、頼忠さん」

          「おはようございます、さん」

          「様、おはようございます」

          「おはようございます」


          最後に挨拶してくれた頼忠さんが、
          あたしの後ろの方に目を向けたあとに言う。







          「……勝真は、一緒ではないのですか?」

          「あ、……はい、ここに着く直前で先に行くように言われて」


          あたしの言葉に、頼忠さんは眉を寄せる。
          もしかしたら、何か疑っているのかもしれない……。

          そう思ったあたしは、慌てて言った。





          「あ、あの、もしかして何か忘れ物かもしれません」


          すぐに来ると思います、と言うと、
          頼忠さんは表情を戻して「そうですか」とだけ言った。










          「ね、ねえ、それより……さっき、何の話をしていたの?」


          あまりいい感じじゃなかったような気がしたので聞いてみると、
          アクラムと会ったこと、あいつの言っていたことについての話だったらしい。





          「アクラムか……
           実は、あたしもさっき会ったんだ」

          「えっ……本当ですか!?」

          「うん」


          大事はありませんでしたか、と問いかけてきた頼忠さんに、
          危険なことは無かったと伝え、本題に戻る。





          「たぶん、あたしがアクラムとした話は、
           花梨ちゃんがあいつとした話とだいたい同じだと思うんだ」


          千歳が黒龍の神子だということ、
          シリンが自分の言葉とは裏腹に千歳の目的のため動いていること、

          その目的とアクラムの目的とは別のもとだということ……


          詳しく聞いてみたら、
          やっぱり花梨ちゃんも同じような話をしていた。





          「神子殿、殿、出すぎた物言いをご容赦ください。
           影とはいえ、あの者、何を企んでいるか知れません。

           どうぞ、お気をつけください」

          「頼忠殿のおっしゃる通りですわ。
           神子様、様、お気をつけくださいませね」


          うん解った、と花梨ちゃんやあたしが頷いた直後、
          足音がひとつ部屋に近づいてきた。

          この足音は……。









          「すまない、遅くなった」








やっぱり、勝真さんだった。