遅れてやって来た勝真さんに、
頼忠さんが「何をしていた」と問いかけた。
「近くまで来たら、あの白拍子がうろついていたんだ。
捕まえようとしたが……」
「……取り逃がしたか」
憂いは断っておきたかっただが、と、
複雑そうな表情で勝真さんは言う。
「でも……一人でシリンに立ち向かって、
もし何かあったら大変だったじゃないですか」
「さんの言う通りですよ、何もなくて良かったです」
妙な空気を吹き飛ばすかのように、
花梨ちゃんは明るい声で「じゃあ、そろそろ出かけましょうか」と続ける。
そして紫姫の言葉に従い、
あたしたちは準備をして逢坂山へ向かった。
「逢坂山か。ここから祠への道が……」
「開くはずなんだよね」
花梨ちゃんとあたしがそう言いながら二人で辺りを見渡していると、
どこか一点を見ていた勝真さんが「あれじゃないか」と言う。
「今まで見えなかった道が、見えているが……」
「見えていなかった道?」
確かに、今までもそんな感じで
急に祠への道が開けていたような……?
「じゃあ、さっそくその道を……」
行きましょう、と言いかけたとき。
何か、嫌なものを感じた。
この感じは……。
「何だ、気が揺らぐ……祠への道が――」
頼忠さんも何か異変を感じとったようだ。
勝真さんが見ていた「一点」を見ながらそう言った。
「またこの感じ……」
一体何が……と、思ったとき。
勝真さんが、「祠への道が見えなくなった」と言った。
その事実を聞いた花梨ちゃんは、
またシリンの妨害なのかと言い出す。
「どうしてあの白拍子が関係してるんだ。
……なんでお前、それを知ってるんだよ。
誰から聞いたんだ?」
「え、そ、それは……(うわ、怒られる!?)」
「ちょ、ちょっと勝真さん!」
なんでシリンの名前を出すとそんなにイライラするの!?
……ま、まあ、勝真さんは青龍を解放するときも、
シリンに利用されそうになったから敵対するのは解るんだけど……
……って、そうじゃなくて!
脱線しかけた考えを本題に戻すため、あたしは首を振る。
そんなあたしをよそに、勝真さんの物言いを頼忠さんが注意していた。
「……まぁ、いい。勘弁してやる。
俺は八葉であると同時に、京職だ。
相手が誰だろうが、叩きのめすだけだからな」
あーもう……これは勝真さんの悪い癖だ。
今日という今日は、本当にあたしがお説教する番じゃないのかな。
そんな(今は)どうでもいいことを考えていると、ふと勝真さんが言う。
「京の治安を守ること……
本来なら、和仁様もその役目のはずなんだがな。
その筆頭が、時朝殿を使って好き放題しやがる……。
嫌な世の中だぜ」
確かに、そうか……。
次期帝である東宮という位には彰紋くんが就いているとは言え、
和仁親王だって「親王」っていう立場なんだもんね。
今日の治安や秩序を守ることは、義務……なんじゃないかな。
「時朝さんは、和仁さんの命令なら何でも聞きますものね」
困った顔をしながら、花梨ちゃんはそう言った。
花梨ちゃんの言葉に対し、勝真さんは、
シリンや和仁親王は自分のためだけに動いているけど、時朝さんは違う……
そんな時朝さんについて「理解に苦しむ」と続けたのだった。
「…………」
勝真さんの言葉に対し、
一方の頼忠さんは何か考え込んでいるようで。
……勝真さんもそれに気づいたんだろう、
少し気に食わないというような顔をして言う。
「……何だよ、頼忠。ああいう生き方、お前なら解るのか?」
「……解る、と思う」
頼忠さんは、「解る」と言い切ることはしなかった。
それでまた勝真さんはいらついてしまったのか、
ちょっとした言い合いになってしまって。
「二人とも……」
花梨ちゃんも困ってるし……
このままじゃ駄目だよね!
「勝真さん、言い過ぎですよ!
頼忠さんも、何か思うことがあるのなら言葉にしないと」
言葉にして伝えなければ、
伝わらないこともたくさんあるだろうから。
「特にございません。勝真の意見は、私と異なるだけです。
私のような者の意見も求めてくださって、ありがとうございます」
「頼忠さん……」
……本当に、そうなんだろうか。
「意見が異なる」って言って、そんな簡単に片づけられるのだろうか。
心の奥底には、何か思うことがあるんじゃないかな……。
そんなことを考えながら頼忠さんを見つめてみるけど、
何か言う素振りはない。
「……これだけ言っても、お前は何も感じないのか」
勝真さんのその言葉にも、頼忠さんは何も返さなかった。
「結局、だんまりを決め込めば済むんだ。
源氏の武士も楽だよな」
「一族への侮辱は、やめてもらおう」
「はいはい。神子殿が一番、一族が二番、か。
もう理解しようとも思わないぜ」
「(ど、どうしよう……)」
って、また花梨ちゃんが困ってるよ!
この二人、どうやったって話がこじれてくるな……
一体どうしたら……と考えていると、ふと勝真さんが言う。
「ここで突っ立ってても仕方ないな……。
東の祠への道がないか、探してくるぜ」
そう言って、あたしたちの返事も聞かず
すたすたと歩き出してしまう。
「ちょ、ちょっと、勝真さん!」
単独行動は駄目ですよ!!
「すぐに戻る、そこで待ってろ!」
あたしの呼びかけに答えてはくれたものの、
勝真さんはそう言い残して立ち去ってしまった。
「行っちゃったね……」
「はい……」
あたしと花梨ちゃんがやれやれと顔を見合わせている横で、
頼忠さんは神妙な面持ちをしながら
勝真さんが去っていった方を見ていた。
「もしかして、勝真さんのことを怒ってます?」
花梨ちゃんの問いに、「いいえ」と答える頼忠さん。
「ただ、解らぬところは多々あります。
勝真はあなた方のことを高く評価している。
それは、素晴らしいことだと思う」
「……頼忠さん」
頼忠さんだって、勝真さんを全否定しているわけじゃないんだ。
「あの男は、きっとあなた方をお守りするだろう。
あの傲慢な名誉にかけて」
でも、その言葉には何か棘のようなものが感じられた。
花梨ちゃんも同じように思ったのか、少し間を空けて言う。
「頼忠さん、私、勝真さんは仲間だと思ってるの」
「ええ、神子殿……あなたはきっと、勝真をお信じになる。
だから私も、あなたが勝真を信じろとおっしゃるなら、信じましょう」
「……私が、頼忠さんに『勝真さんを信じて』って言えば?」
主の命に忠実ってことかな……。
あたしはふと、和仁親王と時朝さんのことを思い出していた。
「じゃあ……頼忠さんはどうして私を信じるの?」
「それは……」
それは?
「それは……言葉では、言い表せません。
あなたという清らかな方が私の主だと、
私はそう安堵いたしましただけで……」
頼忠さんが言いかけたところで、
祠への道を探してくると言った勝真さんが戻ってきた。
そしてなんと、勝真さんは祠への道を見つけ、
ついでに東の札も取ってきたという。
……――でも、何か変だよ。
四神の札は、神子や八葉、そして牡丹の姫の絆を確かめた明王たちが、
託しても問題ないと判断した上でやっと授けてくれるものだ。
それが、八葉たった一人で手に入った?
いくらなんでも、それはおかしい……。
あたしと同じように何か変な感じがしたのか、
頼忠さんが「そんなはずは……」とつぶやいた。
「……同じ青龍だってのに、どうしてお前はいつも頑ななんだ。
そんなに、俺が一人で札を手に入れたのが不満か?」
「私は……神子殿のご命令を受けたのに、
どうして勝真を信じられないのだ」
頼忠さんの態度が気に食わない勝真さんと、
自分には八葉の資格がないのかとショックを受ける頼忠さん。
その場に流れ始めた嫌な空気を吹き飛ばすように
あたしは勝真さんに声をかける。
「あ、あの、勝真さん!
それで、東の札は一体どこに?」
先ほど勝真さんは「東の札も取ってきた」と言っていた。
だったら、今すでに手にしているはずなんだけど、
それらしいものが見当たらないんだよね……。
「あ、あぁ、札は――ここにはない。千歳に渡した」
「ええっ!? ど、どうして?」
思いがけない勝真さんの言葉に驚いて声を発したのは、
あたしではなく花梨ちゃんだった。
「……どうしてですか、勝真さん」
あたしがそう問いかけると、
勝真さんは 「千歳の方が信用できるから」と答えた。
「千歳の方が信用できるなんて……本当に?」
花梨ちゃんの問いかけには、勝真さんは答えない。
黙り込んでしまって、どこか様子が変だった。
頼忠さんもそれに気づいたのか、
後ろへ下がるようとあたしたちに言う。
「ちくしょう……やめろ、ちくしょう!」
「あっ、勝真さん!?」
叫んだ直後、勝真さんは走り去ってしまった。
……と、そのとき。
見えなくなっていた祠への道が、また開けたという。
そんな頼忠さんの言葉に従い、
あたしたちは急いで勝真さんを追いかけた。
勝真さん…………!