「鹿の奥さんって言われても、
 どうやって探したらいいんだろう」

「これといって思いつかないけど……」


そこで悩み始めたあたしたちだったけれど……

泉水の「少し探してみましょう」という言葉を受け、
ひとまず辺りの様子を探ってみることにした。





「誰もいないですね……」


きょろきょろと辺りを見回しながら、花梨ちゃんが言う。
未だに決定打はないけれど、とにかく……





「もう一度、よく考えてみようか」

「そうですね、
 私たちが見落としていることがあるのでしょう」


あたしの言葉に泉水が頷いてくれた。










「こっちは泉水さんが探したんでしたっけ?
 もう一度行ってみましょうか」


そうして歩き出したとき、あたしはふと明王の言葉を思い出した。
……確か明王は、玄武の二人は霊力が強いと言っていたはず。

だったら、その霊力を使うことで「証を立てる」ことに繋がるのかも。

その考えを伝えてみると、花梨ちゃんが賛同してくれて。





「だったら、気配とか探したらどうですか?」

「それいいね!」


闇雲に探し回るよりは、よっぽどいいと思う。





「気配……ですか。
 ――あの……何か聞こえませんか?」


泉水のその言葉に、泰継さんは何も聞こえないと答えたけど、
泉水は何か妖しの気配があると続けた。











「えーと……ほんのちょっとだけど、怨霊の気配?」

「はい、そしてそれ以外に……
 清らかな、そして淋しげな……」


怨霊の気配までは解ったけれど、
泉水の言う「清らかな」というのはあたしには解らなかった。

やっぱり「霊力が強い」とは、そういうことなのだろうか。

そんなことを考えているうちに、泰継さんも気配を探ってくれていた。
すると、少し先に萩の株があり、その辺りから気配がするという。





「萩の株から、ですか? どういうことなんでしょうか」

「もしかして、あの方のご令室は
 怨霊によって姿を変えられてしまったのでは……」


泉水によれば、萩は別名「鹿の妻」というらしい。





「なるほど、そっか!」

「ええ、おそらくは……。
 ひとまず、私は見て参ります」


泉水がこの場を離れてまもなく、
図書寮の役人の姿を借りた鹿が現れた。

奥さんの行方を問う鹿に、
泉水が向かった場所に行ってみるといいと泰継さんが答える。





「ありがとうございます。
 妻が見つかればいいのですが」


そう言って鹿は、
泉水の向かった場所へ続くようにして歩き出した。

















――しばらくしてから、泉水だけが戻ってきた。
その表情からすると、やはり予想は当たっていたらしい。






「やっぱり萩の株が奥さんだったの?」

「はい、殿。
 運悪く怨霊に会い、萩の株に姿を変えられていたそうです」


二人は山に戻るそうで、
花梨ちゃんにすごく感謝していたらしい。

……けど、解決できて良かったはずなのに、
泉水の表情は冴えない。





「……私は、何を見ていたのでしょう。
 神子に言われるまで、何も気づきませんでした。

 妖しの気配が萩から発しているとも、気づきませんでした……」


そっか、それで落ち込んでいたんだ……。





「でも、最初に気づいたのは泉水でしょ?」

「そうですよ、泉水さん!
 落ち着いて周りを見れば、それでいいんじゃないかな」


花梨ちゃんのその言葉に、
泉水ははっとなったように顔を上げる。





「あなたの素直なお心が、
 私の心を澄んだ泉に変えていくようです。

 その水面に映ったものを、あるがままに受け止める……
 私には、それが必要だったのですね」


泉水がそう言った直後、辺りが光に包まれ鈴の音がして。
まもなく、金剛夜叉明王が現れた。






「天の玄武よ、受け入れる素直さは、賢さの一つだ」

「じゃあ、これで泉水さんは課題をなし遂げたんですね!」

「その通りだ」


やったね、と、花梨ちゃんと言い合う。






「天の玄武よ、これから訪れる試練の時……
 真実をありのまま受け容れることの大切さを、もう一度思い出すがよい」


ということは、これから泉水に何か起こるのだろうか……
よく解らないけれど、あたしも何か力になれるよう頑張らないとね。














「あなた方のおかげで、大切なことを得ることが出来ました」

「真実への道は、私の前にも示された。
 神子と泉水、そしてのおかげだ」

「え、あたしは何もしてない気がするんだけど……」


そんなことはない、と二人は言うけれど、正直自分ではよく解らなかった。

でも、明王が泉水を認めてくれたってことは、
あたしも少なからず何かして認めてもらえたということだろう。






「次は、地の玄武の心のありようを確かめさせてもらう。
 今回のように、伏見稲荷を訪れるがよい。待っているぞ」


そう言い残して、明王は去っていった。





「次は私の番だな。行くとしよう」


そうしてあたしたちは、昨日と同じ流れで
そのまま伏見稲荷へ向かった。






























「これから、狐のお母さんを探すんですよね」

「うん……けど一体どこにいるのかな」


心当たりがあるというわけではなかったけれど、
泰継さんの言葉を受け、ひとまず探してみることにした。





「誰もいないですね」


しばらく辺りを歩いてみたけれど、それらしい姿は見当たらない。





「神子、お疲れではないですか? 少し、休みましょうか」

「うーん、確かにちょっと疲れてきたけど……
 探せばきっと見つかるよ」


花梨ちゃんは笑顔でそう言ったけれど、
確かにけっこう歩き続けている。

あたしは牡丹の姫の力もあってか、
前より体力があるし平気なんだけれど……

花梨ちゃんは少し休憩したほうがいいかもしれない。





「ここは八葉に任せて、お前は少し休め」


泰継さんもやはり同じように思ったのか、そんなことを言った。












「やれやれ、すっかり遅くなっちまった。
 あの子は、もう帰っちまったかねぇ」


すると間を空けずして、おばさん……
……いや、おばさんの姿を借りた何かがやって来た。

それを見た泉水が、はっとなった顔をする。






「神子、殿。

 ひょっとしてこちらの方が、
 あの狐の子の母君ではないでしょうか?」

「そっか!」

「じゃあ、聞いてみますね」


そう言った花梨ちゃんが、
預かった文を見せながらそのおばさんに声を掛ける。





「すみません、私たち、この文を預かっているんですけど」

「文? ……あぁ、本当だ。これは、あの子の書いた字だよ。
 あんたたち、うちの子の文をわざわざ届けてくれたんだね」


おばさん――狐のお母さんは、嬉しそうに文を受け取った。






「あの子は元気にしていたかい?」

「はい! とても元気そうでしたよ」

「そうかい、それは良かった。あたしも安心したよ」


どうもありがとうね、と言い残し、
狐のお母さんは去っていった。











「狐のお母さんに文を届けることが出来て、良かった」

「母子の情愛というのは、美しいものですね。
 ……私には、羨ましく思えます。
 心があるのは、人も狐も同じことなのですね」


「羨ましく思える」と言った泉水の表情が気になったけれど、
あたしはあえて口にしないでおいた。





「……心か」


そんなとき、ずっと考え込んでいた泰継さんが口を開いた。
どうしたのかと問いかける花梨ちゃんに、泰継さんは答える。





「私には、心ということがよく解らないのだ」

「今の狐の親子のことですか?
 でも、万物に魂魄が宿るのは、あなたもご存知でしょう?」

「魂魄か……。
 だか、それと心とは異なるものではないか」


魂魄、心……。






「そういう風に言うと、
 何か堅苦しい見方になっている気がするんだけど」

さんの言う通りですよ、二人とも。
 あんまり難しく考えなくていいんじゃないでしょうか?」


花梨ちゃんのその言葉に、泰継さんは黙り込んでしまった。

変なことを言ってしまったのかと焦った花梨ちゃんだったけれど、
どうやらそうではなかったらしい。











「お前はひどく真っすぐなものの見方をする。

 ありのままに受け止めている。お前の理解は、理屈ではない。
 あるがままを自分の中に蓄積しているのだな」


泰継さんがそう言った直後、また辺りが光に包まれ鈴の音がする。
次いで再び金剛夜叉明王が現れた。






「地の玄武よ、汝は魂のありようを探し始めたようだな」

「じゃあ、これで泰継さんは課題をなし遂げたんですね」

「その通りだ」


先ほどと同じように、
あたしは花梨ちゃんとやったねと言い合った。






「それは達成であり、始まりでもある。

 地の玄武よ、神子や姫から学び取ったことをありのまま受け入れよ。
 それが、汝をして見えていなかったものに気づかしうるであろう」


とにかく、二人とも課題をこなせてよかったよね。






「課題をまっとう出来たのは、お前たちのおかげだ。
 礼を言う」

「あなた方は、まさしく私たち八葉の導き手なのですね。

 今日は、泰継殿のこともまた少し解りましたし……
 ご一緒して良かったと思います」


そうして金剛夜叉明王はあたしたちを認めてくれて、
北の祠への道を開くことも約束してくれた。





「十二月二十五日に、もう一度北山へ来るがよい」


あとはその日に札を手に入れるだけ、か……。
これが最後の札。心してかからないとね。






「じゃあ、十二月二十五日に北山へ行きますね」

「待っているぞ、龍神の神子、牡丹の姫……」


そう言った明王は、姿を消した……ように見えたんだけれど、
またあたしにしか聞こえないように話しかけてくれる。













「牡丹の姫よ、此度の汝に与えられた課題は
 『共に進むこと』であった」

「共に、進むこと……ですか?」

「神子や八葉と共に考え、共に課題をこなすため歩みを進めること。
 それが、課題であったのだ」


そうだったんだ……。






「少し不安ですが……
 とにかく、あたしも課題を成し遂げたんですよね?」

「その通りだ。
 神子や八葉は汝を信じておるし、汝もまた同じ。

 もっと自信を持つがよい」

「はい……ありがとうございます!」


ではまた十二月二十五日に、と言って、明王は今度こそ姿を消した。










「よし……」


                                                                          




もうあと一歩だね!