「てか、またやっちゃったんですけど……!」
一昨日の時点で明王の課題はクリアできたと言っても、
他にもやれることは色々あるはず。
そう思ったあたしは、今日も花梨ちゃんを訪ねようとしてたんだけど……
「まあ、寝坊じゃないだけまだマシ……でもないよね。
はあ……」
とりあえずこれまでの経過をまとめておこうと、
朝ごはんを食べた後にあたしは例の日記をつけていた。
そうしたら思いのほか時間が経っていて、
お邸を出るのが遅くなってしまった……というわけだ。
ちなみに勝真さんは、ちょっと急いでいたので女房さんに伝言を残し
京職の官衙に向かったらしい。
「とにかく、今からでも紫姫の館に行ってみよう」
勝真さんが残した伝言……
「出かけるときは供をつけるように」を守るため
お邸の人に同行をお願いし、あたしは紫姫の館へ向けて歩き出……
「か」
……歩き出そうとしたところに、誰かが声を掛けてきた。
振り返ると、泰継さんの姿がある。
「泰継さん! おはようございます」
「おはよう」にしては少し遅い時間のような気もしたけれど、
挨拶は欠かせないからと思ってそのまま口にする。
一方の泰継さんはそれには触れず、(気にしていないだけかも)
一緒に随心院に来てほしいと言う。
「随心院に? どうして……」
「邪気の気配がする」
お前は感じないか、と言われ、目を閉じて集中してみる。
すると、ある方向から何か嫌なものを感じた。
まだ少し地理は曖昧だけど、確かに……
この方向は、随心院かもしれない。
「急いで行きましょう、泰継さん!」
「ああ」
お邸の人に断りを入れ、
あたしは泰継さんと一緒に随心院を目指した。
「あれは……」
花梨ちゃん、泉水に……和仁親王?
随心院に着くと、あまりいい雰囲気ではない三人の姿があった。
そんな三人のもとへ、泰継さんが割って入る。
「邪気の気配は、ここか」
「泰継さんに……さん! どうしたんですか?」
泰継さんと、
その後ろにあったあたしの姿を見て花梨ちゃんが驚く。
「邪気の気配がするって随心院に向かう途中の泰継さんと
偶然会ったんだ。
それで、一緒に急いでやって来たわけなんだけど」
「だが、神子と泉水がその呪詛を消したようだな」
ここに着いたとき邪気の気配が弱まっていたことは感じたから、
あたしもそれはなんとなく解っていた。
「私の力が、泉水に消されたというのか?
私を馬鹿にするのか。このような者に、消される力ではない!」
「事実だ。目をそらしても、無駄だ」
「お前……!!」
悪気はないと思うんだけれど、
とにかく泰継さんは事実をそのまま口にする。
けどそれが気に食わなかったらしく、和仁親王は逆上した。
「あの……泰継殿、宮にそのような物言い、
あまりよろしくありません……。
お願いです、好んで争いを求めるようなことは、
おやめ頂けませんか……?」
その状況をまずいと思ったのか、遠慮がちに泉水が言った。
泰継さんはそれに対し「争いを求めてはいない」と返したしたが、
泉水の意をくみ取って「口に出すのは控えよう」と言ってくれた。
「無礼者!
お前など、私が東宮になったらきっと処罰してくれる!
泉水、衆を頼んで偉そうな口を聞くようになったな。
お前なんか、叔母上に見捨てられたくせに。せいぜい勘違いしてろ!」
そんな泉水たちのやり取りにも気に食わないところがあったらしく、
そう言い残して和仁親王は立ち去ってしまった。
ふと花梨ちゃんを見てみると何か言いたそうにしていたけれど、
どう言葉にしていいか迷っている様子だった。
「神子、ご無事でようございました。
私がこの地へお連れし、大変な目にあわせてしまいました。
すみません」
「そんな、泉水さんのせいじゃないですよ」
二人がそんなやり取りをしていると、ふいに泰継さんが泉水を呼ぶ。
「あっ、はい、すみません、泰継殿」
「なぜ、謝罪する。聞きたいことがあるのだ」
泰継さんは、どうして和仁親王をかばったのかと泉水に問いかける。
「あの……母は昔から私に、
宮を立てるようにとおっしゃっていたので。
それに、あの方が……
宮が、傷ついているように見えたからですが……」
傷ついているように見えたから、か……。
どうして泉水は、そういうことに気づけるんだろう。
そういうところ、尊敬するなぁ……。
そんなことを頭の端で考えながらも、また泉水の言葉に耳を傾ける。
「お前の母御は、和仁を東宮にと望んでいるのだったな」
「はい。宮は帝の弟宮、継承権もありますから。
私と宮は、生まれた日も近いのです」
泉水と同じ源氏の人が後見人だったらしく、昔からよく行き来があり
さらに泉水のお母さんは東宮という位にこだわっているので
和仁親王を気にかけているのだろう…と泉水は説明した。
「お前自身は、母御にどのように思われているのだ」
「人様のご迷惑になる、役に立たない者だと、お叱りを受けております。
母は私が他の方のご迷惑にならないよう、
注意するように教えてくださいました。
本当に私は、何の力も無い愚かな者で……」
「泉水さん、……」
「それは……」
それは少し違う気がして、花梨ちゃんとあたしは口を開きかけた。
でも当の泉水がさほど気にしていない様子なので、
二人して言葉に詰まってしまう。
そんな中、泰継さんは感心したように言う。
「興味深い。お前の世界は、時として他人を中心に回る。
お前はそれを自然に受け入れ、そこに無理がない。
性根が素直なのだな」
「あ、確かに性根が素直っていうのは賛成ですね!」
「え? は、はぁ……。あの、ありがとうございます……」
泉水はわけが解らないまま、お礼を言ったようだった。
「人というのは、どこまでいっても興味深い。
面白いものなのだな」
「でも、泰継さんもそうじゃないですか?」
それは、確かに……
……いや、泰継さんって何か…何か出生に秘密があったような……。
もはや遠い出来事のようにも感じられる、友人との会話。
泉水のことも、泰継さんのことも、何か教えてもらったはず。
えーと……なんだったっけ?
「私は人の腹から生まれておらず、厳密には人ではない。
だから解らない」
「えっ!?」
「どういうことですか!?」
驚きを隠せないあたしたちに、
普段と変わらない様子で泰継さんは続ける。
「私は人ではない、人に作られた者。安倍家が私を作った。
百年ほど前、安倍家には稀代の陰陽師がいた。名を、安倍晴明。
先代の地の玄武、安倍泰明の師で泰明と私の精髄を作った人物だ」
そのとき泰明さんはすぐに人型を与えられ、地の玄武となったけれど、
泰継さんは精髄の状態で保管され、晴明の死の五年後に人型を与えられたという。
「ちょ、ちょっと待ってください、
そんな大変なこと、簡単に言わないでください!」
「そうですよ、そんなさらっと言わなくても……!」
「大変なことでもない。
生まれてから九十年、存在しているだけだ」
「充分大変なことですよ!」と慌てる花梨ちゃんの言葉に同意するべく、
あたしは無言で首を思い切り縦に振った。
けど、そんなあたしたちとは裏腹に、泉水は冷静だった。
「そうだったのですか……。では、あの噂は本当だったのですね。
北山に庵を結んでいる安倍の方は、何十年も姿が変わらない、と
言われておりましたから……」
え、そんな噂あったんだ……。
「そうだ。私は三月眠らず、続く三月は眠りにある。
人と同じ生活は出来ない」
人ではない者が人のように動き回ると広く知れては、
安倍家に迷惑がかかる。
そういうわけで、泰継さんは今まで北山に庵を結んでいたらしい。
「年が明けてしばらくまでは、目覚めの時間だ。
神子の役には立てるだろう。
このような不完全な存在が、
八葉であるのはおかしなことかもしれないが……
必ずお前の役に立とう。泉水にも、にも迷惑をかける」
そんな……
「迷惑だなんて、……」
「はい、殿のおっしゃる通りです。
……お話しくださって、ありがとうございます」
あたしがうまく言葉に出来ないでいると、泉水が後に続いてくれた。
「私のような者に、そのような大切なことをお話しくださるとは……。
存在に等しく魂が与えられるのは、御仏の御慈悲だと私は思うのです。
あの、至らぬ私ですが、これからも神子のために頑張ります。
よろしくお願いいたします」
「万物に気があるごとく、とお前は言うのだな。あい解った。
こちらこそ、よろしく頼む」
本当に、なんてゆうか……
玄武の二人って、衝突がなくて平和だよね。いいことだよ。
「……あの、泰継さん!
あたしもまだまだですが一生懸命頑張りますので、
よろしくお願いしますね!」
「ああ」
こうして少し和やかな雰囲気になったところで、
そろそろ紫姫の館に戻ろう、ということになった。
「お帰りなさいませ、神子様。
あら、泉水殿と泰継殿、様もご一緒でしたのね」
「うん。ただいま、紫姫」
「紫姫、お邪魔します」
それから紫姫の提案で、
これからのことを少しおさらいすることになった。
「すでに明王様の課題も終えられ、十二月二十五日に北山へ行くだけです。
皆さまを信じております、どうぞ北の札を手に入れてくださいませ」
これが札に憑いている最後の怨霊となるんだけれど、
やっぱり今までと同様、強い怨霊らしい。
で、その怨霊というのが冥魚……水属性の怨霊ということだ。
「そうか。泉水、お前は同属性だ、心してかかれ」
「花梨ちゃんもだよね。気を付けて」
「はい」
けど、あたしも火属性だから攻撃を受けたら危険だよね。
その辺は、いつも以上に気を付けないと……。
「十二月二十五日が来るまでの間に京を回り、
五行の力をためると良いと思います。
怨霊と戦うには、五行の力と、皆さまの強いお心が必要なのです」
「じゃあ、今度もまた具現化するあたしと、怨霊を封印する花梨ちゃんで
分かれて行動したほうがいいかな?」
「そうですね、それがいいと思います」
あたしの言葉に花梨ちゃんが賛成してくれたので、
今回も札を取りに行く日まではこの流れでいくことになった。
「十二月二十五日には、必ずお迎えにあがります。
どうぞよろしくお願いします」
「今日はこれで失礼する」
「あたしも帰るね」
これが最後のお札……
どういう結果になるにしろ、
また何かしら話が進展するはずだよね。
もう少しだ……