物忌みの日から札を取りに行く日――二十五日までは、
花梨ちゃんと打ち合わせていた通り、
あたしは京の各地で具現化をしていった。
特に大きな問題もなく具現化は進んでいったんだけど……
物忌みの日以来、勝真さんが前にも増して
あたしを気遣ってくれているような気がする。
けど、あの日のことについてはそれから全く触れないので、
あたしもなんとなく口に出さないでおいた。
そして、十二月二十五日……
とうとう最後の札・北の札を取りに行く日となった。
「最後の札か……
本当は、俺もついていってやりたいんだが」
「それは……」
「解ってる。玄武の二人が、いかなきゃならないんだろ?」
「……はい」
あたしが言うまでもなく、勝真さんはちゃんと理解してくれている。
それが、なんだか嬉しかったし、ありがたくもあった。
「俺は待っていることしか出来ないが……、気をつけろよ」
「はい!」
大丈夫ですよ、勝真さん。
花梨ちゃんや玄武の二人が、負けるはずないんだから。
そんなことを考えつつ、
あたしは紫姫の館の前で勝真さんと別れた。
紫姫の館に入ると、ちょうど泰継さんと……
彰紋くんが来たところみたいだった。
「おはようございます、さん」
「おはよう、彰紋くん。 でも、どうしたの?
今日は北の札を取りに行く日だけど……」
あたしの言葉に同意するように花梨ちゃんが頷き、
泰継さんも「天地の玄武で祠に向かう」と付け加えた。
「もちろん、今日、北の札を取りに行くことは存じています。
だからこそ、伺ったんです」
だからこそ?
ということは、今、話しておかなきゃならないってことだよね。
もしかして、彰紋くんがずっと話せずにいたこと……?
「泉水はまだ来ていない、話があるなら済ませてしまえ」
泰継さんに促され、彰紋くんは少しずつ話し出す。
この間、泉水が自分のところを訪ねてきて、
花梨ちゃんが心配していると伝えてきたこと。
自分でよければ力になる、と言ってくれたこと……。
「……今日が最後の札。きっと、兄上が来ると思うんです。
もう、自分だけでこのことを解決するには、時間がありません」
全てを解決するいい方法は見つからなかったけれど、
だからこそ言わなくてはいけない、と彰紋くんは言う。
……けど、その後の言葉が続かない。
やっぱり、すごく言いづらいことのようだ。
「言う必要があるなら、言えばよい。
そうでないなら、黙っていればよい」
再び泰継さんに促された彰紋くんが、
「ようやく心を決めることが出来た」というような顔をした。
「…………言います。
この話は、どうぞ龍神の神子と八葉、
そして牡丹の姫の胸の中に納めておいてください」
真剣そのものの彰紋くんの言葉を、あたしたちは黙って待つ。
「僕が今まで抱えてきた秘密――
それは、泉水殿と和仁親王のことです。
院の息子で帝の弟であるのは、本当は泉水殿なんです」
「――ええっ!? ど、どういうこと?」
彰紋くんから告げられた事実に、
花梨ちゃんが驚きを隠せずに言う。
あたしももちろん驚いたけれど……
ようやく合点がいった、という感じだった。
『そもそも、違うんだよ。泉水と和仁は――……』
ゲームを貸してくれた友人が言っていたこと……
遙か2の内容に詳しくなかったあたしは、
何を言っているのかいまいち理解できていなかったけれど……
そういうことだったのか。
「子の取替えか。仕組んだのは、誰だ?」
冷静に話を聞いていた泰継さんが言う。
彰紋くんによれば、仕組んだのはやはり……
泉水の母――女六条宮だった。
「ご自分の子を、東宮と……ひいては、帝とするために」
「そんな……」
帝の異母妹であった女六条宮は、
自分の血族を帝にしたいと願っていた。
皇位をめぐる争いで、
自分の同腹の兄弟が敗れたことを恨みに思っていたんだって。
でも、臣籍降嫁した彼女の子どもは、皇位継承権を持たない。
「そこでご自分の息子と、
ほぼ同時に生まれた院の皇子をすり替えたのです。
女六条宮の兄上への執着、そして泉水殿への冷たい応対……
これは、重罪です」
けど、この一連のことはすごく大きな問題で、
明らかにすれば簡単に解決、というわけにはいかない。
だからこそ、彰紋くんはずっと言えなかったという。
「――……。神子、泉水が……」
少しの沈黙を置いたあと、ふいに泰継さんが言った。
その目線の先を追うと、さっきまで話の渦中にあった泉水の姿がある。
「泉水さん!?」
「あ、あの、立ち聞きをするなど、
たしなみの無いことをするつもりは……。
私は……」
言動、様子からするに、泉水は今の話を聞いてしまったらしい。
そんな泉水に向き直り、彰紋くんは言う。
「泉水殿……今まで隠していて、すみませんでした。
ちゃんとご説明しようと思っていたのですけれど……」
「では、やはりそれは事実なのですね。
私は、母上の子では……」
そこまで口にした泉水は、何を言えばいいか解らない様子で
先に北山に行くと言って立ち去ってしまった。
「私たちも行くぞ、神子、。いつまでも話してもおれぬ」
「……そうだね」
確かに彰紋くんの抱える問題、泉水と和仁親王のこと……
考えなければならないことは、たくさんある。
けど……とにかく、まずは北の札だ。
泰継さんも、そう言いたいんじゃないかな。
「泉水殿……傷ついた顔をされていた。
僕、やはり言わない方が良かったのでしょうか。
僕が黙っていれば、
あの心優しい方はあんな風に傷つかずに済んだ……」
先に立ち上がっていた泰継さん、あたしの背後で、彰紋くんがつぶやく。
花梨ちゃんは、そんな彰紋くんに向き直って言った。
「……そんなことないよ。前に泰継さんが言っていたもの。
『事実は変わらない』って。
本当のことは、消えたり無くなったりしないよ」
確かに、そうだね。
どんなに目を背けたって、事実は変わらないから。
だったら、いつかは向き合わなくちゃいけない。
「花梨さん……」
不安そうな顔をする彰紋くんに、
花梨ちゃんは微笑んで頷いた。
「とにかく、北山に行こう。
彰紋くんは……今日は、戻ってて」
「の言う通りだ、彰紋。
泉水は心を乱している。落ち着くまで、待て」
あたしと泰継さんの言葉に、彰紋くんは頷く。
「どうか泉水殿と兄上を、兄上たちを、よろしくお願いいたします」
その言葉に頷き返し、
あたしたちは北山へ向かうため館を出た。
「……いた! 泉水さん!」
花梨ちゃんの声に従ってその先を見てみると、
先に館を出た泉水の姿があった。
その近くには、和仁親王の姿もある。
「気をつけろ、神子。弱いが邪気が集まっている」
泰継さんの言葉を受け、注意しながら泉水のもとへ行くと、
泉水もあたしたちがやって来たことに気がついた。
「お前たち、このクズのことをもっとしっかり面倒を見ろ。
祠への道も開かず、私の邪魔をしようとしているのだぞ」
そんなことを和仁親王が言ったとき……
「鈴の音……」
いつも聞こえる鈴の音がした。
花梨ちゃんにも聞こえたらしく、そっとつぶやく。
「祠への道が開けた」
「本当ですか?
やっぱり、天地の玄武がそろってこそ……ということなんでしょうか」
あたしの問いかけに、泰継さんは頷いてくれた。
「祠への道さえ開けてしまえば、お前たちに用はない。
どけ、泉水」
「いいえ……」
「何だと?」
泉水が真っ向から和仁親王の言葉を拒んだ。
それが珍しかったのかは解らないが、和仁親王は目を見開く。
「いいえ、あなたをお通しするわけには参りません。
母に孝を尽くすことが、子としての務めだと思っていました」
本当は和仁親王の行いが神仏の意に叶わないことも知っていたのに、
恐ろしくてそれを口に出すことが出来なかったという。
泉水はおそらく……和仁親王に言うつもりだ。
彰紋くんから聞かされた、秘密のことを。
「神仏の示す正道を得ること、そのために事実を受け入れる。
それを避けることは、出来ません」
宮、帝位を目指すのは、もうおやめください。
揺るぎない声で、泉水が言った。
「法に照らしても、東宮になるべきなのは彰紋様です。
帝に御子がいない場合、
帝の同腹の親王が優先されるのはご存知でしょう?」
そんな泉水の言葉に対し、
和仁親王は彰紋くんが居なければ自分が東宮だったと言い張る。
でも、怨霊を使って、京の人々を苦しめてまで東宮になること……
そんなこと許されるはずない、と泉水も言い切った。
「それに、あなたは……あなたは……!!」
おそらく核心に触れることを泉水が口にしようとしたとき……
突然時朝さんが現れ、それを口にしないでほしいと言ってきた。
「……それは、だめだよ。
これ以上秘密にしておけないよ」
「それは……」
花梨ちゃんの言葉にやはり思うところがあるのか、
時朝さんは言葉を濁した。
「泉水さんは、もう知ってる。私たちも。
それに、やっぱり怨霊なんかを使って東宮になるなんてだめだよ」
「それに、真実は……真実は変わらない。
誤魔化されることは、ない」
「うん、そうだね。
和仁親王は、この事実を受け入れなきゃいけないと思う」
和仁親王自身のためにも。
意味が解らないといったような顔をする和仁親王に、
少し間を空けて……ようやく、泉水が真実を告げた。
「あなたは……院のお血筋ではありません。
彰紋様がいなくても、東宮にはなれないのです」
その言葉を、和仁親王は冗談だと言って受け流した。
だけど、女六条宮の和仁親王に対する態度、
親王と認められるための宣旨……
今までのことを思い返して、「自分は女六条宮の子だ」という事実に
思い当たることがないわけでもなさそうだった。
「私が叔母上の子だというなら、ではお前は何だ。
叔母上の子のお前は……」
「宮様、もうおやめください」
黙っていられなかったのか、時朝さんが言った。
けれど、混乱しているらしい和仁親王には届かない。
……と同時に、
泉水こそが院の子どもだということを悟ったようだった。
「お前が逃げても、真実は変わらない」
泰継さんの言う通りだ。
目をそらして逃げても、真実は変わることはない。
「嘘だ! 嘘だ、嘘だ、嘘だ!! そんなことが、あるはずがない。
泉水は、自分が帝になるために嘘を言っているんだ!
そうだろ、時朝……そうだと言え!」
「…………」
時朝さんは何も言えないらしく、
つらそうに顔を歪ませただけだった。
「この男も、泉水の言葉が事実だと認めている。
事実を認められないのは、お前だけだ」
混乱したままの和仁親王は、もう一度「嘘だ」と言い残し、姿を消す。
時朝さんが慌ててその後を追い、同じように姿を消した。
「……二人は、祠に向かったんでしょうか」
「おそらくは」
あたしと泰継さんは、そう言い合ったあと泉水のほうを見た。
「私たちも行きましょう。……札を得なければなりません」
そう言った泉水の瞳は、強い意志を秘めていた。