泉水と泰継さんの先導により向かった先に、北の祠はあった。
「ここが北の祠……和仁さんたちは、どこに?」
花梨ちゃんの声を受け、みんなで辺りを見回してみると、
完全に冷静さを失っている和仁親王の姿があった。
「宮……」
「うるさい……!!
お前たちは、私から全てを奪うつもりだろう!」
時朝さんが遠慮がちに宥めたが、
当の和仁親王は言葉を止めようとはしない。
「お前たちも、私を避けてきた貴族どもと一緒だ。
私がいなくなればいいと、思っているんだ!」
そんな風に言うってことは、
今まで和仁親王は、
少なからずそんな風に扱われてきたってことかな……
花梨ちゃんもまた同じようなことを考えたらしく、
何か思案しているような表情だ。
けど、すぐに前を向く。
「いらない人なんて、どこにもいないもの!」
そう叫んだ。
でも、和仁親王は「何を言っているのか解らない」と
頑としてその言葉を受け入れようとしない。
「いらない人間など、世の中にはたくさんいるんだ。
みんなクズばかりだ!」
「そのような言葉は、他人も自分も傷つきます。
どうぞおやめください!」
泉水が必死に言葉を掛けるも、
それすら届いていないように見える。
「……はぁ。なんだか、
『このまま押し問答を続けるよりは、放っておいたほうが……』
なんて、一瞬考えちゃいそうなんですけど、」
「だが、そうも言っておられぬ」
「ですよね」
あたしの冗談交じりのつぶやきに答えてくれた泰継さんが、
「神子がお前を認める限り、お前に神子を拒ませぬ」と続けた。
「泰継殿……。
そうですね。
宮は疑心暗鬼という鬼を、身の内に持っておられるも同じ」
「それを祓ってあげるのも、あたしたちの役目じゃないかな」
「ええ、殿」
あたしの言葉に、今度は泉水が同意してくれた。
……けど一方で、向こうは完全に頭に血が上っている状態だ。
時朝さんも、そんな和仁親王を最後まで守る道を選択した。
「やめて、話を聞いて!」
花梨ちゃんの本音はきっと、戦いを避けることだろう。
だからこその言葉だったんだろうけど、
二人がそれを聞き入れる様子はなかった。
「……泉水、泰継さん、」
「はい、殿……。
泰継殿、皆で神子を……」
「あぁ、守る。あの清き魂を。
私たちを導く、あの光を……」
そのとき、あの何度も聴いた鈴の音がした。
そして、辺りが光に包まれる。
「な、なんだ、これは……!」
「――四神が現れました。彼らに、力を与えるために……」
「何だと!?」
和仁親王と時朝さんがそんなやり取りをしているなか、
花梨ちゃんの前に玄武の札が現れる。
「その清らかな魂を守るため、玄武がその力を強める。
我らに守る力を与える」
そう言った泰継さんの横で、
泉水が迷うそぶりを見せながら口を開く。
「……私は力が恐ろしかった。
他人を従わせようとする、強い意志が恐ろしかった。
私には、他のものが目に入ってなかったのです。
……愚かでした」
でも今は違う、変わろうと思う、と続ける。
「どうか宮、あなたも……
そのように周りを恐れずに、多くの声に耳を傾けてください」
和仁親王に向けてそこまで言うと、泉水が今度はこちらを振り返る。
「神子、泰継殿、そして殿……お三方に感謝します。
私を真っすぐに見てくれたこと、共に歩いてきてくださったこと。
今度は、私がお返しをする番です」
「お前には、事実を受け止める強さがあった。それだけだ」
確かにそうだ、と思った。
泉水には、強さがある。そこが和仁親王との大きな違いだった。
「改めて言うと照れくさいんだけど……あたしからもお礼言わせて。
……ありがとう。
みんなで一緒の目線に立ってここまで来れて、良かったよ」
そう言ったあたしに、みんなが微笑んで頷き返してくれた、そのとき。
また鈴の音がして、辺りが光に包まれる。
「最後の札が……北の札が、祠から……」
祠から、北の札が現れたのだった。
「よくぞここまで来た、龍神の神子、天地の玄武、そして牡丹の姫よ。
汝らの絆、確認させてもらった。
その心の絆の力を受け、札に宿る力を解放しよう」
そしてもう一度鈴の音が聞こえ、光が溢れ出すと。
「胸の奥から、何かあたたかい力が……」
花梨ちゃんがつぶやいた通り、
自分の内に何かあたたかい力を感じる。
これは……。
「今、四方の札全てが汝らに力を託す。天地の理を正すために。
そのまばゆい光が、正しい道を照らすだろう。
その光は、汝の心の輝き……」
「心の、輝き……」
「四神が、明王が――奪われていく。私の手には入らない。
……時朝。怨霊を呼べ」
そんな花梨ちゃんと明王のやり取りを見ていた和仁親王が、
そんなことをつぶやいた。
命令された時朝さんも、さすがに戸惑っている。
「宮、おやめください。
そのようなことをして、何になりましょう!?」
泉水が慌てて止めようとしたが、泰継さんは無駄だと言った。
「我らを拒絶し、世界を拒絶し、自分を拒絶した。
己も制御できぬ欲望があるのみ」
「それはちょっと、……」
哀しいんじゃ、ないのかな……。
あたしは最後まで言わなかったが、
泰継さんは理解してくれたのだろうか。
少し頷いてくれた気がする。
「時朝、怨霊を呼べと言った。
あやつらを倒すのだ!
泉水も、神子も八葉も、牡丹の姫もみんな消してしまえばいいのだ!!」
そうすれば、秘密も消える。
自分は親王でいられるし、帝になれると和仁親王は続けた。
「時朝さん、やめて、もうそんなことしないで!」
戦わずに済む道を望む花梨ちゃんが、そう叫んだけれど。
「――宮様の、御意のままに。
……覚悟! 怨霊・冥魚よ。神子と八葉、牡丹の姫を倒すのだ」
つらそうな顔をした時朝さんが、そう言い放った。
「やった……怨霊を封じることが、出来たんだ」
あれから、時朝さんが召喚した怨霊と戦い……
あたしたちは無事、その怨霊を封じることに成功した。
「神子、よくやった。怨霊を札として浄化できる」
「……神子の優しさに触れて、怨霊も救われるでしょう」
ピキィィン
「この音は……」
「呪詛が崩れた音、だっけ?」
「そうだ。これで、結界の要が姿を現す」
そうしてまた鈴の音が聞こえる。
でもあたしは、次の瞬間また何か嫌なものを感じた。
この気配は、十中八九……
「ついに四方の札を手に入れたのだな、神子」
「「アクラム!!」」
そいつが目の前に現れた直後、花梨ちゃんとあたしの声が重なった。
こいつ、また……。