「アクラム、私のために来てくれたのだな。

 こいつらは、私が親王でないと、
 東宮になる資格がないと言うのだ。

 お前は言ってくれたな。
 私こそが東宮に相応しいと。だから、力を貸すと」


和仁親王が必死にそう言ったが、
アクラムは「そのようなことを言ったか」なんて答えている。

変わらず必死にアクラムに力を求める和仁親王だったけれど、
アクラムは「お前はもう用済みだ」と言ってその願いを聞き入れなかった。





「お前には、力などない。もともと無力なのだ。
 わずかな力を与えられて、お前は舞い上がっていたようだがな」


少なくとも京を混乱させることは出来た、と続けた。





「わ、私を裏切ったな!」

「裏切ってなどいない。
 お前が勝手に、力があると思い込んでいただけだ。

 お前が望む力を与え、私は望む代価を得た。正当な取引だったぞ」

「正当な取引なんて言っても、結局、和仁さんを騙してたんじゃない」


花梨ちゃんの言う通りだ。





「確かに和仁親王がしたことも許されないけれど……
 だからって、そうやって誰かをいいように使っていいわけない」


無闇に誰かを傷つけていいわけ、ないんだよ。





「そうだ、それ以上、和仁様を愚弄することは許さん」

「時朝、今のお前に何が出来る?」


呪詛と怨霊に穢され、ろくに霊力も残っていないお前に、と
アクラムが嫌な感じで笑った。

その直後……時朝さんが急に苦しみ始める。











「これが……四方の札の、呪詛の穢れか……。
 だが……この身はどうなろうとも、お前だけは許せぬ。アクラム!」

「見上げた忠誠心だな。

 だが……私の授けた力で未来の霊力をすり減らしたお前は、
 和仁と同じく無力だ」


確かにあれだけの怨霊を操っていたんだから、
その代償も少なくないはず……。






「力はなくとも……お前を許すわけにはいかぬ」


時朝さんは、決して退こうとはしなかった。















「……このままここに居たら危ないと思うんですけど、どう思う?」

「おっしゃる通りです、殿。
 神子、お下がりください」

「ここにいては、
 アクラムの邪気と時朝の穢れに巻き込まれる」


だけど、花梨ちゃんはやっぱり花梨ちゃんだ。
こんな状況でも、時朝さんを心配している。






「泉水さん、泰継さん、さん……時朝さんを助けて!」





「――泉水と泰継さんに、花梨ちゃんを任せてもいいかな?」

「お前一人では危険だ、
 神子は泉水に任せる、邪気と穢れから神子を守れ」


一歩前に出たあたしに続き、泰継さんも前に出る。
そして、泉水に花梨ちゃんを託した。





「はい……必ず、神子をお守りします」


泉水の返事を確認したあたしと泰継さんは、
アクラムのほうに向き直る。














「アクラム、お前の邪気は神子の害となる」

「さっさと立ち去ってくれると、ありがたいんだけど?」

「八葉ごときと牡丹の姫が、何をするつもりだ?」


その好戦的な言葉に、あたしと泰継さんが構える。
だけど、アクラムがそれに応える素振りはない。






「だが、今日は神子と姫の力を確かめに来たのだ。
 争うつもりはない。

 神子が望むなら、今は退こう」


そしてそんなことを言い残して、去っていった。














「アクラムは、私の力をどうするつもりなんだろう……」


確かに、アクラムについては本当に……
何も解らない、と言っても過言じゃないだろう。

けど、今は……。












「私には……何の力も無かったのだな……。

 力さえあれば、東宮になれると思っていたが……
 それも、あの鬼が見せた幻」


時朝さんだけが怨霊を操る力を与えられ、
時朝さんが居なければ自分は何も出来なかった……

振り返ると、力なくそうつぶやく和仁親王の姿があった。

そして、そんな和仁親王の横で、
時朝さんがつらそうに顔を歪めている。





「私は院の息子ではない……もやは、親王ではない。
 力もなく、地位もなく……世界の全てが、私の敵だったのだな……」

「世界の全てが敵だなんて……
 敵を作ったのは、あなた自身だよ」


花梨ちゃんにしては厳しい言葉だな、と思った。
単に責めてるわけじゃないんだろうけれど……。






「神子の言う通り、この者は京の敵だ。

 騙されていたとは言え、呪詛を使い、
 穢れをまいていた罪は消えない」

「うん……きついことを言うようだけど、それも事実だよ」


あたしの言葉を受けて、時朝さんが頷く。






「罪を犯したことは、解っている。罰も受けよう。
 だが、今は和仁様を……そっとしてくれ」


そう言った時朝さんに、
和仁親王は「なぜかばう」と不思議そうにする。

そんな和仁親王に、時朝さんは自分の主だからだと答えた。





「私を……主と呼んでくれるのか?
 院の息子ではない、何も残されていない……この私を」


その問いには答えずに、時朝さんはこちらに向き直って言う。










「私と和仁様の処遇は、彰紋様と泉水様、神子……
 そして、牡丹の姫にお任せいたします。

 処遇が決まるまで、私たちは謹慎します」


時朝さんがそう言った後、
花梨ちゃんとあたしは揃って泉水を見る。






「私は、院や帝にご相談したいと思います。
 よろしいですか、神子、殿」

「うん、それがいいと思う」

「あたしも賛成」


ただ、と花梨ちゃんが続ける。






「私は……出来れば二人には、元気になってほしいって思う。
 だから時朝さん、和仁さんのこと、これからも支えてあげてください」


花梨ちゃんのその言葉に、時朝さん……
ううん、あたしや泉水、泰継さんもあたたかい気持ちになれた、と思う。

少し微笑んだあと、時朝さんが表情を変えた。














「そうだ……神子、牡丹の姫。

 千歳殿は、絶望を止めるために黒龍の力を使っていたと聞いた。
 何か心当たりはあるか?」

「深苑が、絶望がなんとかって言ってた気はするんだけど……」

「はい。でも、私たちには何のことだか……」


花梨ちゃんとふたりして思案する。






「そうか、神子や姫も知らなかったのだな……。
 では、私たちは失礼する」


そう言い残して、
時朝さんは和仁親王を連れて立ち去っていった。

















「あの二人……大丈夫でしょうか?」

「ちょっと気になるよね……」

「お二人の心が、
 一日も早く癒されることを願ってやみません……」


泉水がつぶやいたあと、
泰継さんが「お前はどうなのだ」と問いかける。





「私も……本当は、
 事実をどう受け止めてよいのか解らないのです」


今までは夢中だったから和仁親王にも伝えられたが、
今になって急に恐ろしく感じると泉水は言う。






「解らぬ。お前は強くあったはずだ」

「申し訳ございません。
 神子や泰継殿、殿にはご心配をおかけしたくないのですが……」


泰継さんはよく解らないみたいだけど……

でも、玄武組は割と平和に話が進んでってるから、
この先も大丈夫だよね。





「じゃあ、みんな。
 紫姫が待ってるだろうから、とりあえず館へ戻ろっか!」


そう思いつつ、あたしはみんなに言った。






























館へ戻ってくると、彰紋くんがイサトくんのところに向かったらしい、
ということを紫姫から聞かされた。





「そっか、秘密を話すって約束してたもんね」

「すごく難しい問題だけど……
 イサトくんも話してもらったら嬉しいだろうね」

「はい」


そんなことを言い合いつつ、北の札を取りに行った一連のことを
紫姫に報告することにした。












「そうだったのですか……それは、とても悲しいことです。
 アクラムとやらの策略が、これほどまでに卑劣だとは……」


ほんとにムカつくんだけど……

正直なところ想定内だったから、
それよりも今はこの先のことが心配なんだよね。

泉水も泉水で今後のことを決めなければと思っているのか、
「彰紋様ともご相談せねば」と口にした。






「後ほど、院のもとへご報告にあがるつもりです。
 うまくご説明できるか、心配ですが……」

「問題ない」


心配そうにする泉水に、泰継さんがそう言い切った。
そんな泰継さんに、泉水はちょっと焦って聞き返す。





「お前は成すべきことを、正しく行っている。だから、問題ない」

「……頑張ります」


まだ少し自信がなさそうなものの、
泉水に笑顔が戻ったようだった。











「最後の札が手に入ったのも、
 皆さまの心がこのように信頼で結ばれたおかげですわね」

「うん」

「そうじゃなきゃ、札は手に入らなかっただろうしね」


花梨ちゃんと紫姫、あたしは、玄武組を見ながら思った。






「後は御霊を祓い、
 京の気を分断する結界を完全に崩すだけですわね」


紫姫がそう言って、みんなで今後のことを確認し始める。

――枷を失って残る結界の要も明らかになり、
その要である御霊がいるのは北東の崇道神社だと泰継さんが教えてくれた。






「その御霊を祓えば、京の結界は消え、
 京の気も整えられましょう」


その御霊っていうのが、京に深く心を残した親王の霊なんだって。
強い気持ちは呪いにも祈りにもなり、それがその霊を呪縛している……

今度は、泉水が説明してくれた。





「では、造花の力がすべて神子様にたまるのを
 待った方がよろしいですね」


造花を使い切るまでは、確かあと三日……だったっけ。





「崇道神社に行くのは、十二月二十八日だね」


あと三日しかないけど……

とにかく怨霊を封印して回って、
五行の力を高めておくに越したことはないみたい。

そこまで話し合って、とりあえず今日は解散することにした。














「では、私たちはそろそろ……
 ……なんだ、今の眩暈は」

「眩暈? 大丈夫ですか、泰継さん」


立ち上がったとき、泰継さんが少しふらつく。

花梨ちゃんが声を掛けたが、
「問題ない」と返されたのでみんなそれ以上気にしなかった。





「では、そろそろお暇いたします。今日はお疲れ様でした」


去り際に泰継さんから
「アクラムに用心するように」と言われた花梨ちゃん。

何か思案していた様子だったけど、とにかく。






「アクラムは何考えてるか解らないしね。
 用心しすぎるってことは、ないと思う」

「泰継殿、様のおっしゃる通りですわ、神子様。
 お気を付けくださいませ」


あたしたちの言葉に対し、花梨ちゃんんも神妙な感じで頷いた。





「では、私たちはこれで失礼いたします。
 今日はもうお休みくださいね」








そう言った紫姫に続くように、あたしたちもその場をあとにした。