さんへ




   おはようございます、さん。


   明日、残る要の御霊を封印すれば、いよいよ京の平和に近づきますね。

  今まで一緒に京のために協力してくれて、ありがとうございます。

  なんだか急にお礼が言いたくなってしまったので、手紙を書いてみました。

  もっといろんなことを伝えたいんですが、それはまた後で、直接言わせてください。



   ところで今日なんですが、お互いお休みにしませんか?

  明日は大変な一日になりそうだし、最後の休日……

  という言い方はおかしいかもしれませんが。

  でも、しっかり休むことも大切だと思うんです。




   そんなわけで、お休みにしましょう! 今日はゆっくり休んで、明日、

   ベストコンディションで御霊を封じに行きましょう。約束ですよ?



                                             花梨































「お休み、か〜……」


朝イチで花梨ちゃんから文をもらったあたしは、朝ごはんを食べたあと、
ひとり縁側に腰を下ろし庭を眺めていた。





『花梨からの文には何だって? ……は? 今日は休み?
 俺も休みだったら、どこか連れていってやれたんだがな』



勝真さんは今日もお仕事だということで……

少し残念そうにしながら、今朝お邸を出ていった。
(でも、その言葉だけでもあたしは十分嬉しかった。)





「……それにしても、いい天気だなぁ」


このまま放っておくと、京が救われないだなんて……
この青空を見る限りでは、そんなこと全然感じられない。


でも、それでも……
京のあちこちを歩き回ると、肌で感じる。

もう、残された時間が少ないことに――





「この扇にも、ずいぶん助けられたよね」


ふと、しまってあった扇を取り出してみる。












『……お前、京の人間じゃないのか?』


思えば、勝真さんとの出逢いはなんか、すごい感じだった。
あたしも最初、喧嘩腰だったしなぁ……。





『仕方がないな。俺は帝側の人間だからあまり近寄れないが、
 泉水殿がいる場所の手前まで送ってやる』



でも、勝真さんはずっと変わらない……
初めて会ったときから、ずっと、優しいひとだ。






『何言ってるんだ!
 女が一人で出歩く時間じゃないんだぞ!』



そういえばそんなことも言われたな。

今までそんな扱いをされたことが無かったあたしは、面食らったけど……
嬉しかった覚えがある。












『住む場所が無いんだな? 解った、じゃあ俺の邸へ来い』

結局、勝真さんのお邸にお世話になることになって……。

でも、勝真さんはもちろんお邸の皆さん(女房さんたち)も優しくて、
自分の家のように居心地がいい場所になっていった。






『欲しいのか? じゃあ、買ってやる』

この扇も、勝真さんが買ってくれたものだったよね。
後々これで戦えることが解ったときは、びっくりしたな……。












『…………お前には敵わないな』

勝真さんのお仕事(見回り)についていったとき……
ひと悶着あったんだったよね。

あたしはそれを笑い話にして済ませたわけだけど、勝真さんは怒らずに……
ちょっと苦笑いをして、そう言っていた。











「青龍を解放するときにも色々あったりね」






『勝真さんの馬鹿!!』


いや、確かに勝真さんの言い方もひどいと思ったけど……
さすがに、馬鹿は無かったかなぁ、なんて……。





『嫌な思いをさせてしまって……悪かった…………』

でも、勝真さんはちゃんと謝ってくれた。

そりゃあ、まあ、
あたしもすごい一方的に説教じみたこと言ったけど……












『いや……お前の言葉はためになる。ありがとな』

それでも、あたしの言葉に対してそう言ってくれたんだ。
色々と偉そうなことを言ったけれど、それも良かったと思えた。










「ほんとに……いろんなことがあったな……」


一緒に過ごしていくうちに、勝真さんの苦しみも少しずつ解っていった。

自分だって苦しいはずなのに……

あたしのことすごく心配してくれる場面も何度もあって
それがとても嬉しくて、……ありがたかった。

あたしも、そんな勝真さんの力になりたいとも思って色々伝えてきたけど……
今さらながらほんとに、とても偉そうなことばかり言っていた気がする。












『“あなたはまだ、自分の力を全て出し切ってはいません。
 それなのに諦めてしまうのは、とても勿体無いことです”』



いつか、闇に堕ちたあたしを救ってくれた言葉。

それを勝真さんにも話したけれど……
きっと、伝わったと思うんだ。
















『俺は京の身分や制度を嫌っていながら、それに縛られてきた。

 下級貴族の自分には、どうせ何も出来やしないと自分で決め付けていた。
 きっと、ずっと下級貴族のまま町の人間に恨まれて、
 一生を終えるんだろうと……』


 だが、まだ諦めたくない。





『出来ることを、やっていける……お前が、それを教えてくれた。
 あの火事のときのような無力感は、もうごめんだ』


 俺の限界は、俺にしか決められない。






『まだ何も終わっていない――
 今から始めることも、出来るだろうさ』





勝真さんがそう言ってくれたとき、あたしは本当に……
本当に嬉しかった。

今まで全てを諦めてきた人が、
本当は諦めたくないと心の底で思っていたこの優しいひとが、
そう思い直してくれたんだから……。

















「いつも、いつも……
 あたしなんかの言葉を、ちゃんと聞いてくれたよね」


改めて考えると、それってほんとにありがたいことだな……。





「……勝真さんに出逢えて、本当に良かった」


心の底から、そう、思うよ――……





























「……――? 寝てるのか?」


……?

聞きなれた優しい声がしたので、
いつの間にか閉じていた目を開く。





「勝真、さん……?」


すると、今の今まで考えていた……
大切なひとの姿があった。













「……あれ!?
 今日は、お仕事だったんじゃ……」


まだ出かけてそんなに経ってないよね?
一体どうして……。





「ああ、そのはずだったんだが……」

「……?」

「いや、京のこととか、色々考え出したらどうもな……」


どうやら、仕事に集中できなくて
切り上げてきてしまったらしい。

――でも、その気持ちもすごく解るよ。


だって、もうすぐ……
あたしたちのしてきたことが、実を結ぶんだもの。












……
 唐突だとは思うが、言わせてくれ」


少し間を空けた勝真さんがそう言ったので、
あたしは黙って言葉の続きを待つ。






「今まで……本当に、ありがとう。 

 俺はお前のおかげで考え方を変えることが出来たし、
 物の見方も変わったし、何より……」


何より、まだ諦めたくないと思えるようになった。
前に進もうと、考えられるようになった。






「たぶんお前は、自分は大したことしてないって言うだろう。

 ……でも、違うんだ。
 お前は、お前が思っている以上に、周りにいろんな影響を与えている」


俺だけじゃない。
八葉の奴ら、花梨、紫姫……

みんな、いい影響を受けているに違いない。






「だから……本当に、ありがとう。
 俺は、お前と出逢えて、本当に良かった」

「……!」





     
『……勝真さんに出逢えて、本当に、良かった』



あたしと、同じことを……。















「……っと、まあ、俺が伝えたいのは、こんなところだな」


何も言わないでいるあたしに、
少し照れくさそうにしながらそう言った。


……いや、違う。
あたしは「言わない」んじゃない、「言えない」んだ。

今、何か口にしたら、泣いてしまいそうだったから。






…………駄目だ。

泣くのは、まだ早いよ。
全てが終わったとき、うれし涙を流せたら、それがいいと思う。

きっと――……




















、今日は何かする予定があるか?」

「え? 
 いえ、別にこれといって用事は無いですけど……」


現にこうして縁側でぼーっとしてたわけだし……。






「そうか。
 なら、お前さえよければ昼餉が済んだ後、出かけないか?」

「えっ、いいんですか!」


勝真さんとお出かけできる!






「ああ。俺が、お前と出かけたいんだ」


どうだ? と再度問いかける勝真さんに対し、
あたしは二つ返事で答えた。









 ……――もうすぐ……

     もうすぐ、ちゃんと……ちゃんと京を救えるんだね。











   
牡丹ノ姫ヨ……
   自分ノ中ニアル力ヲ、ドウカ信ジテクダサイ。

   ソレガ、アナタノ進ミユク道ヲ、
   切リ開イテクレルハズデス――――…………














再び青空を見上げると、そんな声が聞こえた気がした。