「……朝、かぁ」
ふと目を覚ますと、
障子越しに日の光が差し込んでいるのが解った。
……実はいろいろと考え込んでしまってあんまり眠れてないんだけど、
不思議と頭は冴えている。
これなら大丈夫そう……かな。
「いよいよ今日だよね……」
今日……要の御霊を封じれば、京の結界を崩せる。
「明日は大晦日だし、がんばらないと!」
穢れを新年に持ち越すのは良くないってことだったしね。
そんなことを考えながら、あたしは支度に取り掛かった。
「……、起きてるか?」
ちょうど支度を済ませたところで、障子越しに声を掛けられる。
この声は間違いなく勝真さんのものだ。
「はい、起きてます!」
言い終わるか終わらないかのところで、あたしは障子を開ける。
すると、勝真さんがちょっと驚いたような顔をしていた。
「……? どうかしました?」
「ああ、いや……
まだ時間には余裕があるのに、もう支度を済ませてるんだな」
ここぞというときに寝坊するから、心配してやって来たんだが。
からかうような口調で、勝真さんが楽しそうに言う。
「ちょっと待ってくださいよ、勝真さん!
こんな大事なときに、さすがにそんなことしませんからね!?」
確かに前科があるからあんま強く言えないけど、
でもそれだって一回だけじゃなかった!?
(あ、でも、寝坊じゃないの合わせたら遅刻は二回かも……)
「冗談だ。そうムキになるな」
「いや、完全に楽しんでるようにしか見えないんですけど……」
全くもう……。
「まあ、なんだ……
今日は大変な一日になるかもしれないが、お互い頑張ろうぜ」
「はい……そうですね!」
最後のひと踏ん張りなんだから、気を抜かずいかないと!
「お前のことは、絶対に俺が守る。
だから、お前は花梨と共に前だけを見据えていてくれ」
「勝真さん……」
「まあ、お前が守られるだけの女じゃないってのは、
重々承知してるがな」
「もちろんです!」
あたしは牡丹の姫として、神子を、八葉を、京を……
あなたを、守るよ。
「……そろそろ朝餉も用意できているだろう。行くか」
「はい!」
そうしてあたしたちは、
朝ごはんを済ませて紫姫の館に向かった。
「おはよう、花梨ちゃん!」
「おはようございます、さん、勝真さん!」
「ああ、おはよう」
花梨ちゃんの部屋に入ると、他の面々の姿はまだ無かった。
きょろきょろするあたしの心中を察したのか、
花梨ちゃんが「お二人が一番です」と言ってにこっと笑った。
「そっか……
あ、でも、ここに案内してもらう途中、
他にお客さんが来たとかで紫姫と別れたんだよね」
「ということは……八葉の誰かが来たのかもしれませんね」
「うん」
そんなことを言い合っていると、
タイミングよく紫姫に連れられた泉水が姿を現す。
「皆様、おはようございます」
「おはようございます、泉水さん」
「おはよう、泉水。いよいよだね」
「ええ」
あたしの言葉に答えてくれたあと、
泉水は花梨ちゃんのほうに向きなおった。
……そこであたしは、なんとなく「ピン」と来たので、
勝真さんを連れだってこっそり部屋を抜け出そうとする。
「おい、……お前、一体何を……?」
「いいから! ちょっとここは席を外しましょう、勝真さん!」
なるべく小声で音を立てないよう、あたしは勝真さんと部屋を出た。
(と言っても、部屋を出たすぐそばで待機している感じ)
「神子……今まで、どうもありがとうございました。
あなたがいてくださったこと……心から感謝しております」
しみじみと言った泉水は、そっと花梨ちゃんのそばに寄る。
「私に出来ることがいかばかりかあるならば、
お役に立てるよう頑張ります。
あなたの聡明さが、私の心を照らしてくださいます。
だから……そばに置いてください」
「泉水さん……ありがとう!
私も……
泉水さんがそばに居てくれると心強いし、安心できます」
「神子……」
「いやー!
なんかあの二人、いい感じだと思いませんか!?
勝真さん!」
「解ったから、あまり大きな声を出すな」
いや、これでも小声のつもりなんですけど!?
そう言い返すと、呆れ顔の勝真さんに
「どうどう」なんて言われてしまった。
(って、あたしは馬じゃないんですけど!?)
「……あら?
様、勝真殿、お部屋の外でどうかされました?」
勝真さんとそんなやり取りをしているところに、
再びお客さんを迎えに行った紫姫が戻って来ていたらしく声を掛けてきた。
その後ろには頼忠さんの姿があり、
訪問者は彼だということが解る。
「あ、ゆ、紫姫!
えっと、その……何でもないんだよ……あはは」
「さようでございますか?」
「う、うん!」
笑ってごまかすと、案の定紫姫は不思議そうにし、
後ろに居る頼忠さんは訝しげにし、
隣に居る勝真さんは引き続き(?)呆れ顔をしていた。
「神子様、失礼します。頼忠殿がいらっしゃいましたわ」
ちょうど花梨ちゃんと泉水の話もひと段落していたらしく、
頼忠さんがやって来たことでみんなして挨拶を交わした。
「今日は崇道神社の御霊を祓う日ですね」
泉水のその言葉に、その場に居る全員がしっかりと頷く。
「京の気を元に戻して龍神様をお呼びになれば、
きっと京も元の通りになります。
どうぞ、よろしくお願いいたします」
紫姫が一人ずつみんなの顔を見ながら、そう言った。
あたしは少し、
「龍神を呼ぶ」ということについて気になってたんだけど……
それを口にすることはしなかった。
「ねえ、泉水……院と帝のほうはどう?」
自分の中の疑問は、ひとまず置いといて……
みんな気になっているであろうことを、あたしは質問してみた。
「はい、殿……先日、院とお話させて頂きました」
なんでも、院も今後のいろんなことについて
帝と相談すると言ってくれたらしい。
……ただ、今回ある意味で一番重要な立ち位置に居る和仁親王は、
ずっと閉じこもってて誰とも会ってないって言うんだけど……。
「宮もおつらいと思います。
早く傷が癒えることを祈るばかりです……」
「その――謀反については、どのような扱いになったのでしょうか」
やはり気になっていたらしく、今度は頼忠さんが問いかけた。
「未然に防げたことですから、
どうか内々にして頂きたいとお願いいたしました。
……もう、たくさんの人が大変傷ついたのです。これ以上は……」
「……左様でございますね」
泉水を意思を汲み取ったのか、
頼忠さんもそれ以上つっこんで聞こうとはしなかった。
「えっと……泉水自身は、どうするの?」
「私の今後も、
とりあえず御霊を祓えたら考えようと思います」
まだよく解らないものですから、と言った泉水だったけど……
なんとなくその表情はふっきれてる気がして、
もう大丈夫だな、なんて思った。
「ですが、彰紋様が東宮であることは変わりません。
法の示す通り、理の示す通りにしていければよいですね」
「左様でございますね」
頼忠さんがそう答えたとき、誰かの足音が聞こえてきた。
次いで、「失礼する」と声がかかり、足音の主が部屋に入ってくる。
「神子、先日来こちらに来なかった詫びを言いに来た」
部屋に入ってきたのは、泰継さんだった。
「具合、悪かったんですか?」
「眠っていたのだ」
「眠ってた?」
「ああ」
あたしの問いかけに頷いたあと、泰継さんは説明をしてくれた。
……なんでも、前に話してもらった通り、
泰継さんは三月ごとに眠りと目覚めを繰り返していたわけだけど。
でも、四方の札を全て集めた晩に突然眠りが訪れたとか。
まだ目覚めの周期のはずだったし、こんなことは今までなくて……。
「そして今朝初めて目覚め、
こうしてこちらに来ることが出来たのだ」
「一体どういうことなんでしょう?」
同じくあたしも疑問に思っていたことを、
今度は花梨ちゃんが問いかけてくれる。
「――私が人になったと、安倍家の者は言う。私にはよく解らない。
だが、もしそうならば、それは神子、お前のおかげなのだろう」
「泰継さん……」
「話を中断させて、悪かった。今は控えている。では」
言いたいことを言い終えたのか、
そこまで言って泰継さんはさっさと退出してしまった。
「神子様、様……今のお話は……」
「――ううん、何でもない」
事情を知ってる泉水以外は紫姫と同じく気になったみたいだけど、
それ以上は聞かないでくれて……
「泰継さん、嬉しそうだったね」
「はい……良かったですよね」
あたしは、花梨ちゃんとこっそりそう言い合うのだった。
「では、神子様、様……これで最後になりましょう。
京はきっと、救われますわ」
みんなの話がひと段落したところで、
紫姫の言葉により今日の本題に入る。
「神子様は今までに東の札、北の札を手に入れ、
青龍、玄武のお力が増しました。
今日は青龍か玄武の八葉とご一緒するのが良いのではないでしょうか」
そして花梨ちゃんの選択で、泉水の玄武の力を借りることになり……
さらにあたしと、勝真さんも一緒に同行することになった。
「…………」
シリン、和仁親王の件は、
ひとまず落ち着いたと言っていいと思う。
となると、残るは黒龍の神子――平千歳…………