「……朝だ。一日が始まる。
――最後の、一日が」
私の心に呼応するかのように、鈴の音が聞こえた。
「とうとうこの日が来た……今日で、何もかも終わる。
今までこの京でやってきたことの結果が出るんだ」
京が助かるか、滅びるか……全部、今日にかかってる。
「頑張らなくちゃ」
そう気合を入れ直したところで、紫姫がやって来た。
「おはようございます、神子様。
今までお仕えできて、紫は嬉しゅうございました」
感慨深いように、紫姫は話し出す。
「神子様は私の、そして京の希望……
暖かく美しく、そして優しいお日様ですわ」
「そ、そんなことないよ。でも、今日は頑張るね」
少し大げさな感じで照れくさくなってしまったけど……
紫姫だって、この小さな身体で今日まで一緒に頑張ってきてくれた。
紫姫のためにも、今日は頑張らないといけないよね。
「神子様……
今日はどうか、私もお連れくださいませ」
今日はきっと深苑くんも来るから、行かなければと紫姫は言う。
「それに、最後まで神子様ばかりに頼っていては
一族の名折れですもの」
「名折れというのはないと思うけど……いいよ、一緒に行こう」
「ありがとうございます、神子様」
紫姫の肩に力が入りすぎている気がしたので、
私は努めて柔らかく笑って答える。
すると紫姫の緊張も少しほどけたようで、
いつもの笑みを浮かべてくれた。
「百鬼夜行が京を滅ぼさんとするのを止められるのは、
神子様と……様だけ。どうぞ、よろしくお願いいたします」
「うん」
そこで、紫姫の話は終わりと思ったんだけど……
なんでも、八葉のみんながどうしても挨拶をしたいと
言ってくれているらしい。
「お通しいたしますので、どうぞお言葉をお交わしくださいませ」
そう言い残して、紫姫は退出してしまった。
「私と挨拶?」
一体、誰だろう……。
「おはようございます、神子。ご気分はいかがですか?」
そう言って部屋に入ってきたのは、泉水さんだった。
急なことでびっくりしたけれど、それよりも嬉しさのほうが勝っていた。
「あの……もし宜しければ、あなたをお守りする役目を、
私に与えてくださらないでしょうか」
「え……?」
「私は、自分で出来ることの全てを、あなたのために行いたいのです。
いえ……あなたのそばにいたい」
泉水さんは、私の目をじっと見つめながら言葉を続ける。
「ただその気持ちだけが、私を突き動かすのです。
どうか、考えて頂けませんでしょうか。お待ちしておりますので……」
そこまで言い終えて、
泉水さんは微かに微笑んでから部屋を出て行った。
「泉水さん…………」
「……神子様、よろしいですか?」
退出した泉水さんと入れ替わるように、紫姫が戻ってきた。
「あの……私、こう思うんです。
この最後の戦いは、あまりに大きなものを相手にせねばなりません」
「うん……そうだね」
「だから、強い心の絆こそが、
最後に神子様をお助けするのではないでしょうか」
心の絆……?
「互いを信じ、想う気持ちがきっとお力となりましょう」
片方が信じているだけでは駄目……
お互いが、お互いを信じ想っていればこそ力となる…………。
「共に戦う方のうちお一人は、
今ご挨拶にいらした方をお選びになったらよろしいかと」
「……そうだね。信じる人、想う人と一緒に行くのがいい。
紫姫、もう一度泉水さんを呼んできてくれる?」
「ええ、かしこまりましたわ」
まもなくして、さっき退出したばかりの泉水さんが再びやって来た。
「あの、神子……」
「泉水さん、私と一緒に行ってください。一緒に、頑張りましょう」
そう言うと、泉水さんは誰が見ても解るくらい
嬉しそうな顔をしてお礼を言った。
「私は、ずっと考えていました。
あなたのために出来ることが、私にあるのだろうか、と」
「そんな……もう泉水さんは十分すぎるくらい、
私の力になってくれています」
「神子……ありがとうございます。
自らの思念にとらわれ、身動きしようともしていなかった私ですが……
今は、あなたを守る力を強く自覚しています」
そうして泉水さんは、そっと私の手を取って言う。
「この気持ちが、私を強くします。
参りましょう、神子。大切なあなたのために、きっと力を尽くします」
「はい……行きましょう、泉水さん」
私も、同じように泉水さんの手をぎゅっと握りしめて答えた。
「神子様、今すぐ出かけられますか?」
「……ううん、みんなに挨拶するよ。最後かもしれないから」
「良かった。
皆さま、神子様のことをお待ちですわ」
「……あ! 遅せぇぞ、お前ら!」
紫姫に通された部屋に入ると、開口一番イサトくんがそう言った。
そこにはもう他の八葉が全員揃っていて、
あたしと勝真さんが最後みたいだ。
「ごめん、みんな……ちょっと、考え事してて」
「考え事、ですか?」
「うん」
(責める感じではないけど、)彰紋くんが不思議そうに問いかけてくる。
考え事の内容を話し出すと長くなるので、
そこは省略させてもらうことにした。
「まあ、色々と考えたくなるのも解りますが……
一刻を争う状況ですから、
勝真殿も殿をきちんと連れてきてくださらないと」
「そうは言うがな、幸鷹殿。
こいつは言い出したら聞かないから、ちょっとやそっとじゃ動かないぜ?」
「はは、勝真もには形無しのようだね」
「一言多いんだよ……ったく」
「それは、そうと……お二人も、
神子にご挨拶をしてきてはいかがでしょうか?」
幸鷹さん、勝真さん、翡翠さんのやり取りがひと段落してから、
泉水がふとそう言った。
「ああ、その方が良いだろう」
「そうですね。
神泉苑に行けば、そのような時間も無いでしょうから」
泉水の言葉に、泰継さん、頼忠さんが同意する。
「ああ、それもそうだな。
じゃあちょっと行ってくるか、」
「……はい!」
最初は敵対していた八葉のみんなが、
今はこうして普通に会話していて……
言葉にしてるわけじゃないけど、お互いを気遣ってるのがよく解る。
それを感じ取ったあたしは、なんだか嬉しくなってしまった。
「なんでそんなに嬉しそうなんだ?」
「秘密です!」
花梨ちゃんの部屋に行く途中そんなことを言われたけど、
曖昧にしておいた。
「いよいよですね、さん」
「うん」
花梨ちゃんの部屋に来て、
勝真さんは簡単に挨拶を済ませ早々に退出してしまった。
『お前のほうが、積もる話もあるだろう』
どうやら、あたしに気を遣ってくれたらしい。
その想いをありがたく受け取り、今はこうして花梨ちゃんと二人で話をしていた。
「さん……今まで本当に、ありがとうございました。
正直なところ、最初は八葉のみんなが私を神子だと信じてくれなくて
毎晩落ち込んでいたりもしたんです」
「花梨ちゃん……」
「でも、『牡丹の姫』だっていうあなたが、一緒に頑張ってくれた。
だから私は、自分が『白龍の神子』だときちんと自覚し、
やってこれたんだと思います」
……それは違う。
あなたが神子としてやってこれたのは、あなたが、あなただからだよ。
「こんなことを言っていいのか解らないんですが……
さんは、私にとってはお姉さんみたいな感じで。
いつも進むべき道を、指し示してくれました」
「そんな大層なことしてないよ。
あたしは……自覚してるけど、好きなようにやってきただけだし」
自分がこうしたいから、こう動く。
そればっかりだったよ。
「でも、そんな風に思うまま動いていたあなただからこそ、
私は一緒に頑張りたいって思いました。
きっと、八葉のみんなや、紫姫も同じ気持ちだと思います」
「うん……」
そうだと、いいな……。
「ねえ、さん……
私の物忌みのとき言ってたこと、覚えていますか?」
「物忌みのとき……」
『花梨ちゃんの言う通り、あたしは勝真さんに伝えるよ。
でも……それは全てが終わった後にする』
「あのときの言葉を実行するためにも……
百鬼夜行を祓って、京を平和にしないとですよ」
「うん……そう、だね」
確かに、あたしは花梨ちゃんにそう言った。
口にしたからには、ちゃんと実行しなきゃ。
それが、神子とか姫とか関係なく……
あたしを「姉みたいだ」と言ってくれた花梨ちゃんへ、
あたしが示すべきことだと思うから。
「頑張りましょうね、さん!」
「うん! 頑張ろう!」
そう言ってお互い気合いを入れたあたしたちは、
みんなが待っている部屋に向かった。
「……――神子様、この戦い、必ず勝って帰りましょう」
「うん」
「では、戦いに御一緒される方を、お選びくださいませ」
紫姫のその言葉に対し、花梨ちゃんは迷わず答えた。
「今日は泉水さんと……さん、勝真さんに来てもらいます」