紫姫も加え、全員総出で
神泉苑の手前までやって来たあたしたち。


ここから先は、花梨ちゃんと……

彼女に指名された泉水、勝真さん、あたしと
紫姫の五名で進むことにした。









「この風は……」


……これは、ただの風じゃない。





「花梨ちゃん」

「……はい、さん」


なんとなくそう感じたあたしは、
花梨ちゃんに声をかけた。

すると、彼女もあたしの意図を汲み取ってくれたのか、
神妙な面持ちで答えてくれた。


――そしてその直後[……鈴の音が聞こえる。

でも、この音はいつも聴いている、
あの透きとおった音じゃない……。











「神子、殿、あれを……」

「……千歳か」

「ええ。
 彼女が力を振るう前に、止めなければ……」


泉水と勝真さんの言葉を受けて視線を向けると、
その言葉通り……そして予想通りの、千歳の姿があった。
















「白龍の神子に牡丹の姫と、八葉か……」

「千歳殿、急がないと時間が無い」


一度こちらに視線を寄こした千歳を、
そばに居た深苑が急かす。

それによって千歳は気を取り直したのか、
いったん深苑のほうに向き直った。

そして再びこちらに視線を寄こし、口を開く。






「どうか、この場から立ち去って。

 あなたたちが京を滅ぼすなら、
 私たちも引き下がれないけれど」

「千歳!」


未だにあたしたちが京を滅ぼすと思っている千歳に、
勝真さんが激昂する。






「……兄上は、白龍の神子の八葉。
 気安く名を呼ばないでくださいませ」

「そうだな、お前は敵――
 家族でもなんでもない、京に仇なす者だ」

「異なことをおっしゃいます。
 何が京を滅ぼすか、兄上はご存知ない」


ああもう、この兄妹って
実は一緒に居たら喧嘩ばっかしてそうじゃない?

そんなことを考えつつも、
あたしは勝真さんをなんとか宥める。


そして、花梨ちゃんのそばに居た泉水に視線を向けた。






「お任せください、殿」


ここは泉水に冷静な対応をお願いしたい、
という意味だったんだけど……

どうやらそれを理解してくれたらしく、
しっかりと頷いてくれた。












「千歳殿……先ほど立ち去れとおっしゃいましたが、
 そのようなことがどうして出来ましょうか。

 それでは、京は守れない」


あたしの思った通り、
泉水が冷静に千歳と話をしようとしてくれる。





「末法の世とはいえ、
 全てが無くなったわけではないでしょう。

 仏の教えは世界に生きており、私たちもまた、ここにおります。
 それを、無くすなんて……」


泉水の丁寧な話し方がそうさせたのかは解らないけど……
千歳も一応は、その話に耳を傾けている。





「末法の世に入って、人々は深く絶望したのです。
 救いは遠い、果てしないと。その絶望が、今浄土を求める。
 苦痛に満ちた動乱よりも、その痛みの無い静寂を」

「痛みの無い静寂……
 ですが、そこには喜びもありません。

 あなたの言う今浄土には、生は無い」


確かに、そうかも……。










「ただそこに居ることが、
 生きるってことじゃないんだよね」


もしかしたら、
つらいことの方が多いのかもしれないけど……





「それでも、少なからず嬉しいことや
 楽しいこともあったりするし」

「ええ。おっしゃる通りです、殿。

 正しい道を、苦しみながらでも歩いていくこと……
 それがまさしく、正道ではないかと私は思うのです」


泉水の言葉をあたしなりに解釈してみたんだけど、
どうやら見当はずれではなかったらしい。

……ただ、千歳にとっては、
それは賛成しかねる言葉だったようで。





「その苦しみに耐えかねて静寂を求める人を、
 あなたは避難なさいますの」


いつものように淡々と冷静に……
でも、揺るぎない声でそう言った。










「人が人を非難するのは、おそらく最も簡単なこと。
 だからこそ、してはいけない。
 人は皆自分自身で、正しい道を探さなければならない」

「私は、私の正しい道を自分なりに探しました。
 京を守るために。

 あなた方の意には、添わぬようです……」


泉水のおかげで、なんとか話が出来ているものの……
千歳は、自身の考えを変えるつもりは無いらしい。

その様子に我慢できなくなってきた勝真さんが
口を開こうと……










「それじゃあ教えて、千歳。
 あなたの正しい道って、いったい何?

 千歳、あなたはどうして
 百鬼夜行を起こそうとするの!?」


勝真さんが口を開こうとしたその直前に、
おそらく同じように我慢できなくなってきた
花梨ちゃんが口を開いた。

勝真さんのほうに視線を向けると、
何か言いたげだったけど……





「…………」


さすがに神子の言葉を遮るのは、と思ったのか、
小さくため息をついてから再び口を閉じた。










「私が百鬼夜行を起こすのではないわ。
 あなたが起こすのよ。

 言ったでしょう、私はそれを止めにきた。
 京を守るために……」


泉水から花梨ちゃんのほうに視線を移し、千歳が言い放つ。





「私は百鬼夜行を起こしたりしない」


対して花梨ちゃんも、揺るぎない声でそう答えた。





「いいえ、起こすわ。
 ――私は、百鬼夜行を起こしたりしない」

「あなたは、何を言っているの?
 私が百鬼夜行を起こすだなんて……」















「…………」


薄々感じていたことだけど……

花梨ちゃんを始めあたしたちが言っていることと、
千歳や深苑が言っていることって全然かみ合ってない。

ここに来て、それが色濃くなっている気がする。





「でも、なんで……」


お互いがお互い、
自分の主張は正しいと思って行動しているわけで。

やり方は違えど、百鬼夜行を起こしたくない、
京を守りたいという想いは全く同じものだ。





「でも、実際に百鬼夜行は起ころうとしている……」


どうして……。

千歳と対峙し話をする一方で、
あたしは状況を冷静に分析しようとしていた。














「京の気の流れが正されれば、人々の心も……
 思念も動き出してしまう。

 人が絶望している……絶望が、京の気を歪める」


最も強い気は、人々の心。





「末法の世に入ったと絶望し、
 災害が何度も起こったと絶望した。

 それが、京の大多数の人の強い思い……絶望」


そんな中……
死んで浄土に行けば、幸せになれると人は思った。





「知っているでしょう?
 京の意識は、絶望へ――死へ、滅びへ向かっていた」


歪みが歪みを招いて出来た滅びの歩みを止めなければ、
京は滅びてしまうのが見えた。





「滅びたくないという気持ちが、滅びを生むの。
 だから、止めたかったの」

「だから、京の気の流れを止めようとしたのですか。
 気が止まれば、滅びへの歩みが止まる。
 ……そういうことなのでしょうか」


いや……それは、違う。










「それだと、その場しのぎになるってだけで
 根本的な解決にはならないよ」

「ええ、おっしゃる通りです、殿。

 気の流れを止めれば、
 世界そのものが止まってしまいます」


もう何度目か解らないけれど……
泉水がまた、あたしのつぶやきに賛同してくれた。

そしてその流れのまま、言葉を続ける。





「調べは、流れるから聞こえるもの。
 止まってしまっては、世界そのものも止まってしまう」


そして、世界そのものが止まってしまえば、
京は絶望に支配されたままの状態を保つことになってしまう。

そんな状況で滅びを止められるとは、全く思えなかった。















「でも、どうやってそんな……」


「…………」




『千歳が黒龍の神子だという可能性は
 大いに高い……』





どうやってそんなことが出来たのか、
という花梨ちゃんの言葉で、
あたしは前に自分が予想したことを思い出す。












「黒龍の力で。
 それは、留まる力、留める力――静寂の力。

 善でも悪でもない、ただ、
 お主の龍神の力とは、相対する力なのだ」


そしてその予想は……やはり当たっていた。





「神子様の龍神様は白龍、進む力、変える力……。

 黒龍が陰なら、白龍は陽。
 お二人は、陰陽の龍神の神子とも言えるでしょう」


八葉抄のときから、確かそうだったよね。
それぞれの神子は、相対する力を持ってた。





「気を交わらせれば滅びへ進むから、
 交わらせない結界を作った。

 そうすれば、百鬼夜行は起こらない、と教わったから」


結界を保つために怨霊と四神を使って、
気を集めなければならなかった。

千歳はそう言った。
そして……




二人の龍神の神子のうち八葉がつくのは、
後に選ばれた神子だけだということ……

彼女はそれを、
黒龍から教えてもらったらしいことが解った。


だから、彼女の自分の味方となるのは、
怨霊と四神だけだったという。






「だから私には、先に選ばれた神子には、
 八葉はいないのだと。

 そして……牡丹の姫も」

「……!」


牡丹の姫も、
八葉がつくほうの神子につくってことなの?





「確かに……わずかに残っていた記録にも、
 そのようなものが見られましたわ」





あたしが抱いた疑問には、紫姫が答えてくれた。