「……千歳。
結界のことも、黒龍に教えられたのか?」
(おそらく我慢はしていたんだろうけれど、)
ずっと黙っていた勝真さんが、そう問いかけた。
その口調には、さっきまでの責めるような物言いとか
咎めるような感じはしない。
なんていうか……
ただ、お兄さんが妹に、
問いかけてるみたいっていうか……。
「……いいえ、結界のことはアクラムが」
先ほどとは違う勝真さんの雰囲気を彼女も感じ取ったのか、
(少し間は空いていたけれど)しっかり返してきた。
けど……その答えで、あたしたちには
どうも腑に落ちないことが出てくる。
「待って……
結界を壊さないと京が救われない、
と言ったのもアクラムだよ」
「怨霊が京の気を奪い、京を疲弊させているから、
京は滅びようとしてるとか言ってたよね」
ことあるごとに、花梨ちゃんとあたし、
それぞれの前に現れたアクラム。
無駄に情報をくれるから怪しいとは思ってたけど、
これは……。
「そんな……そんなことは、言われなかった。
京の絶望の気の融合を避けるには、
怨霊を使った結界しか無いって……」
先ほどまで自分の言葉に自信を持っていた千歳が、
少し焦り始める。
その横で、深苑がはっとしたような顔をして口を開いた。
「……っ、アクラムは……
あやつが、私に清めの造花の作り方を教えた」
神子が倒れたら紫姫が困るだろう、と言われ、
深苑は造花を作ったと言う。
「それすら、このためだったのか?」
深苑がそう言ったところで、この場に居る全員が気づいた。
――あたしたちは、アクラムに利用されていたのだと。
「…………」
確かにアクラムは、あたしたちを手駒だと言い続けていた。
そのときは、どういうことをもって
そう言ってるのか解らなかったけど……
まさか、こういうことだったなんて。
もっと……
もっと早く気付けていれば……!
「いかん、力が集まっておる!
千歳殿、百鬼夜行が始まる。時は来てしまったのだ!」
深苑の言葉で、その場に居た全員が空を見上げる。
すると、誰が見ても解るくらい
ものすごい邪気が集まっていた。
「どうして……どうして!?
私一人の力じゃ、もうだめなの?
もう間に合わないの!?」
「千歳、しっかりして!」
始まろうとしている百鬼夜行を目の当たりにして、
千歳が慌て出した。
そんな彼女のもとに駆け寄り、花梨ちゃんが言う。
「まだ間に合う、あなたは一人じゃない!
私がいるし、それに……さんもいる。
一緒に、立ち向かえるよ」
千歳の目をしっかり見て、そう言い切った花梨ちゃん。
次いで、あたしのほうに視線を向けた。
「……うん、そうだね。
花梨ちゃんに、あたしもいる。
あたしたちが一緒で、立ち向かえないはずないでしょ?」
「はい、さん!」
花梨ちゃんはいつもと変わらない元気な声で、
力強く返事をしてくれた。
「あなたは……あなたたちは、本当に強いのね。
だからきっと、白龍はあなたたちを選んだ」
前に進むことの出来る勇気、人に対する優しい気持ち、
諦めない心の強さ。なすべきことを見る賢さ――
八葉をまとめる、心。
「私は……
京の人が悲しみ、苦しんでいるのがつらかった」
幸せがほしかった。
「……今からでも、間に合う?
私たちが皆、一緒に立ち向かうことは出来る……?」
――花梨ちゃんとあたしの言葉が、やっと千歳に届いた。
そう思って、彼女の言葉に応えようとした、そのとき……
「それは、どうかな」
皮肉たっぷりな声が聞こえてきた。
その直後、激しく雷鳴が響き渡り、花梨ちゃんが驚きの声を上げる。
「野郎、どこだ!?」
勝真さんが叫んだけど、
アクラムは姿を見せようとしない。
「…………」
でも、いつもの嫌な気配は感じる。
近くに居るのは、確かなはずだ……
「だめ、穢れが……!
やめて、アクラム!」
あたしたちが奴の居場所を見つける前に、
千歳がそう叫び……
「うっ……」
彼女はアクラムの術を受け、負傷してしまった。
「千歳!」
崩れ落ちる千歳を、花梨ちゃんが慌てて抱きかかえる。
花梨ちゃんと一緒に彼女を支えるべく、
少し遅れて紫姫も駆け寄った。
「私たちは、利用されていたのね。
龍神の神子の力を高め、
最後に穢すのが目的だったのね……」
「フフ、もう少し早く気づいても良かったのだぞ。
少しは楽しませてもらったがな」
こいつ……。
「そもそも我ら鬼の一族の亡霊を
利用しようとしたのは、黒龍の方。
何故シリンが最初、お前に力を貸していたと思う?
黒龍に意識を操られ、
お前の力になるよう命じられたからではないか」
「……シリンが百年前の牡丹の姫を覚えていなかったのは、
黒龍に意識を操られたことが原因なの?」
あたしは、ずっと疑問に思っていたことを
アクラムにぶつける。
「おそらくはな。
さすがの黒龍も、気を急いていたのであろう。
だが、その程度で私を操ろうなどと思ったのが間違いだ」
「…………」
確かに黒龍は、
鬼の一族を利用しようとしたかもしれないけど……
でもそれは、きっと大切な神子のためだと思う。
シリンの記憶から「百年前の牡丹の姫」のことが
誤って抜け落ちてしまったのだとしたら……
黒龍でさえ、大切な神子のためにと
焦ってしまったからじゃないかな。
『牡丹の姫……
私があなたを陥れるようなことは、絶対にありません。
安心して、その力を使ってください』
あたしに加護を与えてくれたあのひとは、
あたしのことを大切に想ってくれていて。
そして白龍も、花梨ちゃんのことが大切で。
だったら、きっと……黒龍も同じはずだ。
それはただの勘でしかないけど、間違いではない自信があった。
「シリンは従わされたが、私は従うつもりはない。
京を守るつもりなど、ないのでな」
「あんたにそのつもりが無くても、あたしたちにはあるけど」
「守る必要はないのだよ、牡丹の姫。
京は滅びを願った。ならば、それを叶えてやるだけ」
京が滅びへ向かっていたのは、否定できないよ。
でも……
本当に願っていたのは、きっと滅びじゃないはずだから。
「京を滅ぼしたくなんかない……」
だからきっと、千歳も思わずそうつぶやいたんだ。
「私は滅ぼしたいのだよ。
百年前に滅びているべきだった。
愚かな『人』は、滅びる価値しかない」
「アクラム!」
好き勝手言うアクラムに、
さすがの花梨ちゃんも限界らしい。
咎めるようにその名を叫ぶが、
思った通り奴には効いていなかった。
「神子は穢された。その血が、最後の穢れだ」
「…………」
「今や、黒龍の力も白龍の力も必要ない。
龍神は京を守れぬ。
京を滅ぼすために――
京の負の意志を強めるだけでよい」
そう言ったアクラムの周りに、
先ほどから集まってきていた怨霊や邪気が
吸い寄せられるように近づいてくる。
「アクラム、あんた一体何を……!」
何をするつもり……!?
「京の負の意志――生への絶望を留めるために、
黒龍の神子は京の気をとめた。
それを、白龍の神子は力ずくで動かそうとした」
そのひずみが、怨霊となる。
最大の力に。
「歪みに力を……形を与えよう。
この身を、供物として」
そう言ったアクラムに、全てが吸い込まれ……
……いや、違う。
アクラムを媒体としてひとつの大きな存在となり……
百鬼夜行が現れた。
「百鬼夜行を生んだのは、他ならぬ龍神の神子。
京の滅びは、龍神の神子の意志」
たくさんの怨霊と一体化してしまったためか、
その姿は既にない。
けど、雷鳴と共に声だけが聞こえてきた。
「百鬼夜行が始まってしまった……
もう、終わりが来たの……?」
「まだ、まだ終わりじゃない!
滅びなんて来ない、来させない!」
絶望した表情の千歳がそう言ったけれど、
花梨ちゃんはそれを全力で否定し……
立ち上がって、真っ直ぐあたしを見た。
「そうですよね、さん……
私とあなたが居れば、まだ間に合いますよね」
今までで一番力強い光を込めた瞳が、あたしを射抜く。
そしてその言葉は疑問形ではなく、
しっかりと言い切っていた。
「……もちろんだよ、花梨ちゃん。
あたしたちが一緒に立ち向かって、今まで負けたことある?」
「いいえ……ありません。
危ないときは、何度かあったかもしれないけど、それでも」
最後には、必ず勝って……
京を救うために前へ進んできました。
「なら、最後の戦いと行こうか」
「はい!」
千歳をかばうように立ち、百鬼夜行を見据える花梨ちゃん。
その隣に、あたしも並んだ。
「白龍の神子……牡丹の姫……」
背後で、千歳がそうつぶやくのが微かに聞こえた。
「……千歳、そこでよく見てろ。
本気を出したあいつらは、いろんな意味で強いぞ」
「兄上……」
「だが、さすがにあいつらだけじゃ心配だからな……
俺も行ってくる。紫姫、千歳を頼んだ」
「ええ、お任せください」
「泉水殿」
「はい、勝真殿」
花梨ちゃんの隣に泉水が、あたしの隣に勝真さんが立ち、
四人が並んで百鬼夜行と対峙する形となった。
「私は、」
「あたしたちは、」
「「まだ、諦めない!」」