「ここは……最初の……」


さんと一緒に龍神様を呼んだはずだったけれど、
気付くと、京に来る前に龍神様と話をした場所に居た。










「我が神子――
 お前とお前の八葉の力、牡丹の姫の力、しかと受け止めた」


この声は、龍神様……!





「神子、お前と牡丹の姫は偏った世界の平衡を取り戻した。
 世界はあるべき姿に戻る」


そっか……
龍神様に祈りが届いたんだ……。

私は思わず、ホッと息をついてしまった。





「世界をあるべき姿に戻した神子よ……
 お前の願いを聞き届けよう。お前の三つの願いを」


直後、一度だけ鈴の音が鳴る。
私がいつも聞いていた――白龍の、鈴の音だ。










「願いの一つは、我からの感謝の分……」


ええと……





「怨霊を……京の穢れを、祓ってください」


まずは、これだよね。





「叶えよう。お前のために、京の穢れを祓おう。
 百鬼夜行は霧となり、空にとけ、京の気の流れになる」


あるべき姿に戻り、怨霊は全て浄化され
京の気は整うと龍神様は言った。

そうして、また一度だけ……鈴の音が鳴る。
千歳が力を託してくれたときに聞こえた――黒龍の鈴の音。










「願いの一つは、お前の祈りの分……」


あとは……





「じゃあ、みんなが幸せになりますように」

「それは、人が自分で決めることだ。
 我に出来るのは、それを見守ること」


京が生まれた時、人は京を守るために我を呼んだ。
だから、我は京を見守ってきた。





「じゃあ、京だけじゃなくて、もっとたくさんの場所を……
 人を、見守ってください」

「叶えよう。
 我の力の及ぶ限り、人の世を見守ろう」


三度目は……
白龍と黒龍の鈴の音が、合わさったように鳴った。










「最後の願いは、お前を守る男の祈りを聞き届けよう」

「泉水さんの、祈り……」


泉水さん…………





「我の感謝と祝福を」


我が神子よ――――…………
































……――

…………――――






「……――――泉水さん……!!」


龍神様との話を終えると、
私はまた、いつの間にか神泉苑に戻ってきていて。

すぐそばに大切な人の姿を見つけ、思わず叫んでいた。




「ああ、神子、良かった……!!」


宙に浮かぶ状態となっていた身体が、
ふわふわとゆっくり地上に向かう。

ちょうど着地したのと同時くらいに、
泉水さんが私の身体を受け止めてくれた。





「本当に良かった……」

「とても心配をかけてしまって、ごめんなさい……」

「いいえ、よいのです。
 こうしてあなたのご無事な姿を、また見れたのだから……」

「泉水さん……
 ……!」


泉水さんの肩越しに、勝真さんの背中が見えた。
動かずにじっと、空を見上げている。










「そうだ……」




『花梨ちゃん!』





さん……!










「あの……勝真さん!」


慌てて勝真さんのほうに行き、その背中に向かって呼びかける。

けれど、勝真さんはただただ空を眺めているだけで
振り返ってはくれなかった。





「勝真さん、あの……
 さんは、大丈夫だと思います」

「……も……戻って、くるのか……?」


やっとこちらを向いてくれた勝真さんは、
とても苦しそうな表情をしていた。










「はい……必ず、戻ってきます」


確か、龍神様が言っていたはず……





「私……
 戻ってくる直前まで、龍神様とお話しをしていました」


確か龍神様は、さんにも話があるって最後に言ってた。





「だから、たぶん……
 さんは今、龍神様とお話しをしているんだと思います」


それが終わったら、きっと……
彼女は、戻ってくるから。











「だから、あの……
 みんなで待ちましょう、さんの帰りを」

「…………」


勝真さんは、何も答えない。
ただ、私の言葉を信じてくれたのか……

またそっと、その視線を空へと移した。































「……あっ」


何も無い、変な空間……
もしかしてここって、最初の……?





「牡丹の姫……
 お前と神子は我を……我らを応龍となさしめた」

「……!」


この声は龍神……





「応龍、って……」


何だろ?










「世界は陰陽に満ちている。
 陰と陽、動と静、光と闇。進む力と、留まる力」

「相対する力ってわけね……
 つまり、白龍と黒龍の関係も同じこと?」

「そうだ。それらが絡み合って、世界が構成される。
 白龍と黒龍は、応龍という存在の側面に過ぎない」


そうなんだ……
つまり応龍が分かれて、白龍と黒龍になるってことなのかな。





「神子とお前が偏った世界の平衡を取り戻した。
 世界はあるべき姿に戻る」

「そっか……良かった!」


花梨ちゃんと、みんなの頑張りが。
あたしの我が侭が、今につながったんだ……。










「牡丹の姫……
 お前の願いを聞き届けよう。お前の三つの願いを」


三つの願い?





「うーん……
 京の邪気を祓って、とか、みんなの幸せを守って、とか
 色々あるんだけど」

「…………」

「それはもう、神子が頼んだみたいだね」


おそらく今あたしが龍神としているこの話は、
本来神子とだけのものなんだろう。

でも「あたし」が存在していて一緒に龍神を呼んだから、
こういうことになってるんじゃないかな。










「あたしの願いは、ひとつだけでいいよ」

「お前は、何を願う」

「うん……あのひとに会わせてほしい」


あたしに、真に加護を与えてくれている、
あの女のひとに――……



























「……――牡丹の姫」

「……!」


一度目を閉じて、再び開いてみる。
すると、さっき龍神と話した空間とは別の場所に居た。





「あなたは……」


あたしに加護を与えてくれているひと……。










「牡丹の姫……本当に、ありがとうございます。
 私からも、お礼を言います」

「い、いえ、そんな……
 あたしは本当に、自分のやりたいことをしただけで」


お礼を言ってもらえるほどじゃないはず……。





「いいえ……あなたのおかげで、
 当代の神子もその身を滅ぼさずにいられたのです」

「そう……だと、いいんですが」


花梨ちゃんの助けになれたのなら、良かった。











「それにしても、良かったのですか?
 応龍に願いを叶えてもらわずに」

「一つだけ叶えてもらいましたよ」

「それは……あなたならば、
 応龍を頼らずとも私のもとへ来られるでしょう」


確かに、そうかもしれないけど……。





「厳密には、あたしを選んだのはあなただから……
 応龍に願いを叶えてもらうのは、ちょっと違う気がして」


それをしていいのは、
やっぱり龍神の神子である花梨ちゃんだけだと思うんだよね。





「……あ!
 だからと言って、あなたに何か叶えてほしというわけでは……!」


なんだか催促した感じになっちゃったかな、と思い
慌てて否定するものの……

そのひとは解ってくれているのか、
にこっと微笑むだけだった。











「その身を危険にさらし龍神を呼んだのは、
 あなたも神子も同じです」

「ええと……?」

「あなたの願いは、私が一つだけ叶えましょう」

「えっ……!」


いいのかな……





「思い当たる願いが、あるのでしょう?」

「……!」


そのひとには、全てお見通しのようだ。

――あたしの一番の願いは……
勝真さんに、これからもずっと幸せに暮らしてもらうこと。

でも……





「あたし、は……」


あたしは……
そんな勝真さんの……そばに、居たい…………










「……選択を迫られたときは身自身を優先する……
 あなたは、そう言われていましたね」

「……!」



『人に優しくすることは、いい。
 だけど、難しい選択を迫られたときくらいは、自分を優先するんだよ』




あのとき、おばあさんに言われた……。












「…………あ、あの、それじゃあ……
 あなたに一つ、お願いをします」


これは、今まで好きなようにやって来たあたしの、
……最後の我が侭だ。






「心配しないでください、姫。

 私の力では足りずとも……
 応龍の力を借り、必ずその願いを叶えますから」


先ほどとは違い、
そのひとは少し悪戯っぽい笑みを浮かべる。





「あなたは確かに、今まで自分の進みたいように、
 その道を進んできたのかもしれません。ですが……」


それは、神子や周りの皆のために、
自分の進みたい道を選んできたということ。





「最後くらいは、あなた自身のために、
 あなたの進みたい道を行きなさい」

「あたし自身の、ため……」


つぶやいた直後、そのひとの姿にもやがかかる。
……どうやら、お別れのようだ。










「あの……!
 今まで力を貸してくださって、本当にありがとうございます!」

「いいえ、私の方こそ……
 今まで龍神と神子を支えてくれてありがとう、姫」


そう言ってまた、そのひとは微笑んだ。





「どうか、お元気で……
 私の、姫よ――……」

「……!」


そして、ものすごい光に包まれ……





あたしは思わず、目を閉じた。