「……あっ、ごめん! お待たせ!」
――長い春休みが終わって。
久しぶりに大学に来たあたしは、授業が終わった後、
友達と待ち合わせをしていた。
遙か2を貸してくれていた……例の友達と。
「ごめんね、次も授業あるのに」
「ううん、少しなら大丈夫だよ」
あたしは今日の授業は全て終わりなんだけど、
友達はまだあと1コマ残っている。
でもどうしても会いたくて……
合間の休み時間に、待ち合わせしてもらっていたのだった。
『花梨ちゃん、あたしはね……
自分が元いた世界へ帰るよ』
『えっ! どうしてですか!?』
『向こうで……どうしても、やりたいことがあるから』
『そんな……でもさんには、勝真さんが……』
最後までは言わず、
花梨ちゃんは勝真さんのほうに視線を向けた。
あたしもそれに倣うように、勝真さんのほうを見る。
『……それが、お前の決めた道なんだな』
『はい』
『なら、……俺も共に行く』
やっぱり……
あたしが帰ると言ったら、そうくると思ってた。
『それは駄目です』
『なんでだ?』
『何でもです』
詳しいことは言わず、あたしは勝真さんの申し出を断る。
……けど、まぁさすがに納得はできないようで。
『……俺は、お前のそばに居たいんだ』
『あたしも同じですよ』
『だったら、』
この世界に残るか……もしくは、俺がお前と共に行く。
『それは、駄目なんです』
『、』
『勝真さん』
追及される前に、あたしはその言葉を遮って言う。
『今まであなたに、いろんなことをお願いしたり
無理を言ってきたりしました。でも……』
これは、あたしの、最後のお願いです。
『どうか、あたしを信じてください』
『……』
『この世界に残れないし、
あなたと一緒には帰れないけど……でも、』
――どうか、あたしを信じていてください。
今のあなたになら、難しいことじゃないから。
『…………その言葉に、偽りはないな?』
『もちろんです』
少し間を空けて言った勝真さんに、あたしは迷わず答えた。
『解った……俺は、お前を信じる』
『はい!』
ありがとう、勝真さん……
あたしを、信じてくれて。
『それじゃあ……みんな、今までありがとう。
元気でね!』
『さん……!』
『花梨ちゃんも、体に気を付けて!』
『!!』
勝真さん……
どうか、お元気で――……
「それでさ、これ……
遙か2、ありがとう!」
そう言いながら、あたしは
貸してもらったゲームと攻略本を友達に渡す。
「いえいえ、どういたしまして。
それで、どうだった? 誰が良かった?」
「え? えーと……」
あれから日常に戻り、春休みも始まったばかりで
時間はそれなりにあったものの……
さすがにあんな内容の濃いルートを体験したら、
今さら他の人ルートをやれる気にはなれなかった。
「実は、一人しかやってないんだけど……」
「えっ、なんで?」
「いやぁ、うん……
ちょっと、他にやりたいことが出来ちゃってさ」
春休み中は、ずっとそれをやってたんだよね。
「そうなんだ。
でも、それだったらまだ貸しててもいいよ?」
「あ、いや……
ありがたいけど、やっぱいったん返すよ」
「いいの?」
「うん。そのやりたいことが落ち着いたら、
また貸してもらおうかなって思っててさ」
そう言ったら、友達は深くは考えず
素直に納得してくれたみたいだった。
「でも……一人しかやってないけど、すごく良かった。
貸してくれて、本当にありがとう!」
「いいよいいよ、これくらい」
友達は笑ってそう言ってくれる。
けど、本当に……
あの場所に行って、いろんな出会いをして……
素敵な時間を過ごせたのは、きっとあなたのおかげだから。
本当に、…………本当にありがとう。
「……あっ、ごめん!
そろそろ教室に移動しないとだよね」
「あ、本当だ。じゃあまた今度、
その一人だけクリアした人の話でもしようよ」
「うん……そうだね」
また、話ができればいいけど……
でも……その約束は果たせないかもしれない。
「……ありがとう! バイバイ!」
最後にそう伝えて、あたしは彼女を見送る。
「…………さようなら……本当に、」
ありがとう――…………
「…………――。……――!」
「……――殿!」
「…………」
「勝真殿!」
「……!」
紫姫の声にハッとなって顔を上げる。
すると、八葉の連中や花梨、深苑が揃ってこちらを見ていた。
「ああ、悪い……聞いていなかった」
百鬼夜行を祓い、京が救われてから……
無事に新たな年を迎え、正月も終わり数日が経った今日。
紫姫の館に八葉が集結し、
その後の状況を互いに話している最中だった。
そんな中、気もそぞろだった俺を気にして
紫姫が声を掛けてくれたらしい。
「いえ、それはよいのですが……」
「あの……大丈夫ですか、勝真さん」
続けて問いかけたのは、花梨だった。
他のやつらも口には出さないが……
どうやら気にしてくれたらしい。
それぞれ何か言いたげな顔をしている。
「心配するな、俺はどこも悪くない」
「いえ、そういうことじゃなくて、その……」
「勝真殿、神子は……
殿のことをおっしゃっているのでしょう」
言いよどむ花梨の代わりに、泉水殿がそう言った。
その言葉で俺も「そういうことか」と納得する。
「ああ、大丈夫だ……
俺はあいつを……を、信じることにしたから」
今まで散々信じてほしいと言われてきたのに、
正直なかなか信じきることができていなかった。
けど、そんな俺のことを……
あいつはいつも信じてくれていて。
だから、今度こそは……
俺も、あいつをちゃんと最後まで信じようと思う。
「勝真さん……
そうですね、さんを信じましょう!」
「ああ」
花梨の言葉にしっかり頷くと、
他の面々もそれ以上は追及してこなかった。
「……それより、話を中断させて悪かったな。
どこまで話していたんだ?」
「えーと……院と帝の様子を、
彰紋くんと泉水さんから教えてもらっていたところですね」
あれから院と帝、泉水殿に彰紋を加えた面々で
様々な事柄について話し合っているらしい。
院側も帝側も関係なく協力し合った花梨や八葉の連中を見て、
あの二人も考えを新たにしたそうだ。
「あとは……千歳の様子も気になるかも。
勝真さん、あれから千歳はどうしていますか?」
「いや、それなら……
俺より、彰紋のほうが詳しいだろう」
百鬼夜行が現れたあの日、
アクラムによって怪我を負った千歳。
今は内裏で、腕の立つ薬師に面倒を見てもらっている。
彰紋が手を回してくれたおかげだ。
「あ、そうでしたね、今は内裏で……。
彰紋くん、千歳の様子って解るかな?」
「ええ、もちろんです。
彼女が負った傷も幸い深くはなく、
もうしばらく療養すれば癒えるとのことです」
「そっか……良かった」
彰紋の言葉に、花梨が安心したようにつぶやいた。
……きっとあいつも、今の話を聞いたら
同じように安心するんだろうな。
――時として敵も味方もなく、己の信じた道を突き進む。
そんなところが花梨と似ているあいつを、
俺はまた思い出していた。
「……――と、報告は以上のようですね」
「ええ。では、私はこれで失礼致します」
幸鷹殿の言葉に頼忠がそう返し、
他の面々もそれぞれ紫姫の館をあとにする。
それに漏れず俺も、自分の邸に向かって歩き出した。
――どうか、あたしを信じていてください。
今のあなたになら、難しいことじゃないから。
「…………」
あれは……
あの言葉は、どういう意味だったんだ……?
俺はまた、お前に会えるのか?
それとも…………
「…………いや、心配ない。
俺はあいつを……を信じると、決めたから」
いつの間にか足を止めていた俺は、空を見上げる。
「そうだ……何も不安に思う必要はない」
何も……
『勝真さん!』
こうして思い起こしてみれば……
俺を呼ぶあいつの声が、
変わらず聞こえてくるような気がしてくる。
『勝真さん!』
あの声を、俺は鮮明に覚えているんだ。
強い意志を秘めた、あの声を……
「勝真さん」
「……?」
…………いや、違う。
この声は、俺が思い起こしているものじゃない。
この声は……すぐそばから……?
「……!」
声が聞こえてきたほうを、慌てて振り返ってみる。
「勝真さん」
「っ………………」
すると、そこには……
俺の名を呼び、微笑むの姿があった。
「お久しぶりですね、勝真さん」