あたしが生徒会長となってから約四ヶ月……
薄桜鬼学園は、明日から夏休みとなる。
私立薄桜鬼学園――二時間目 その手のあたたかさ
「……――というわけで、明日からの夏休みだが
怪我などすることなく有意義に過ごしてくれることを願っている!」
「起立、礼――」
明日から夏休みということもあり、今日の日程は終業式のみだった。
学園長先生のお話や学習指導・生活指導の先生方から諸注意を頂いたりと、
滞りなく式が進んでいった。
……ちなみに、こういった集会の司会進行はあたしたち生徒会役員の仕事である。
「では、三年生から順に教室に戻ってください」
一の掛け声に従い、三年生が移動を始めた。
この後は、それぞれ教室でホームルームをやって帰宅……
という流れとなっている。
「午前中だけで終わりなんて、楽でいいよね」
体育館の入り口付近に待機していると、総司が話しかけてきた。
「まぁ、普通は午前中で終わりだけどあたしたちは違うから」
「どういうことかな、それは」
「あたしたちは生徒会の仕事があるから居残りするの」
「そんなこと聞いてないよ、」
「昨日も帰る前に言いました」
あれだけ何度も言ってたのに、この男……。
「総司、あたしの話くらい聞いといてよね」
「だって僕、人の話をじっと聴いてるのって苦手だしさ。
連絡事項とか聞き逃しちゃっても無理はないよね」
「何言ってんだ、馬鹿」
総司が悪びれた様子もなくそんなことを言ってのけるもんだから、
あたしはその頭を軽く小突いた。
「、暴力反対〜」
「うるさい」
だいたい、そんなに強い力で小突いてないじゃない……。
そうは思ったが、ここでいつまでも総司と言い合いしていても仕方ないし、
その話はこの辺りで終わらせることにした。
「先輩、全校生徒が移動し終わったみたいですよ」
そこで、ちょうど千鶴があたしに声を掛けてきた。
「じゃあ、あたしたちも教室に戻ろうか」
「はい」
「一は司会、ご苦労さまだったね」
「いえ、仕事ですので」
あたしの言葉に対し、相変わらず一は淡々と答える。
「そんじゃ、ぼちぼち戻りますかね」
「さん、メシ食ったら何時くらいに集まればいいんだ?」
「うーん……14時くらいかな。
でも、平助。剣道部は部活あるんじゃなかった?」
「そうそう、そうなんだよなー」
平助は、生徒会副会長であると共に、剣道部の副部長も担っていた。
よって、平助は生徒会活動より部活を優先する場面が多いのだ。
「部活あるならいつも通り、終わり次第でいいよ」
「そっか? 悪りぃな、さん」
「気にしないで、部活に精を出すのはあたしも賛成だから」
部活に熱中できる時間は、学生の間だけだとあたしは思う。
だから、部活を優先する平助を、咎めるつもりも全く無いのだ。
「え、今日って部活もあったの?」
「総司、聞いてなかったのかよ」
「うん」
「うん、ってお前……」
本当に人の話を聞かない総司に、とうとう平助も呆れてしまったようだ。
総司も、平助と同じく剣道部に所属している。
……というより、生徒会の面々はあたしと千鶴以外、
全員が剣道部に所属していた。
だから、実を言うと放課後生徒会室にいるのはあたしと千鶴の二人だけ。
彼らは部活上がりに寄っていく、といった感じだった。
ただ、剣道部は毎週水曜日と土曜日が休みだというので、
その日は全員が集まれるのだけど。
「平助、総司のことちゃんと部活に連れてってね」
「あぁ、任せてくれよ!」
呆れつつもきちんと総司を連れて行こうとする平助は、
素直でいい子だなぁ、と思う。
総司も、少しは見習ってほしいんだけどね。
「総司のお目付け役は、生徒会で慣れてるからさ。
部活でだって、そこまで苦労せずにやれてるんだぜ」
「さすが、副部長」
「だろ?」
あたしが“副部長”という役職名で呼ぶと、平助は得意げに笑った。
「部長もそれくらい頑張ってほしいけどな〜」
新八がそんなことを言い、近くに居た総司に視線を向けた。
「そもそも、僕は別に“部長”なんていう肩書きは要らなかったんだけどさ。
近藤さんがぜひやってくれって言うから、仕方なくね」
「総司、“近藤さん”ではなく“学園長”だ」
一が律儀に訂正を入れる。
「ま、実力から言えば総司が部長っていうのは妥当なところだろ」
「ふーん……」
左之がそう補足してくれた。
……まぁ、あたしは、彼らの部活風景をあんまり見たことがないから、
何とも言えないけれどね。
「ま、とにかく、部活が終わり次第、みんな集まってね」
「了解!」
「今日は軽い練習だって理事長も言ってたから、すぐに行けると思うぜ」
「そっか、解った」
この剣道部は、女子生徒の間で“いい男だらけの部”と言われているらしい。
……学園の人気や倍率を上げた人間たちが集まっているのだから、
そう言われていても納得はいくが。
そして、その顧問はあの見目麗しい理事長・土方歳三が直々に担当している。
学園長が、頻繁に指導にやってくるとも前に聞いたことがある。
……とにかく、他の部に比べて女子生徒に人気があるのだろうということは
容易に予想できるのであった。
ちなみに、前に千鶴から聞かされた話によると、
部活の時間に剣道部の練習場を、女子生徒がぐるっと囲んでいるらしい。
……千鶴は、偶然通りかかったみたいだけれどね。
「じゃ、解散」
「はいっ」
「部活が終わった後にな〜」
何やら話し込んでしまった感が無いとも言い切れないが、とにかく、
それぞれが教室へと戻っていった。
「さてと……」
「あっ、こんな所に居た」
ホームルームを終え、教室を出ようとしたあたしのところへ総司がやって来た。
「総司? どうかしたの」
「別に何も無いけど」
あたしの問いに対し、飄々とした態度で答える。
……だいたい、用が無いならいかにも“探してました”という感じで
登場しないでほしいように思うんだけどね。
「、これからお昼でしょ? だから一緒に行こうと思ってさ」
「……だったら、“別に何も無い”じゃないでしょう」
「それもそうだったね」
そしてまた、総司は先ほどと変わらず飄々と言ってのける。
「はぁ……とにかく、お腹もすいたし行こっか」
「うん」
「先輩! 沖田先輩!」
「あ、千鶴」
カフェテリアに行くと、千鶴の声が聞こえた。
向こうの方で手招きしていたので、とりあえず近くに行ってみる。
「お二人とも、一緒に食べませんか?」
「うん、そうする」
千鶴の問いに答えた後ふと視線を隣に移すと、そこには一が居た。
「一も一緒だったんだね。三馬鹿は居ないの?」
……ちなみに“三馬鹿”とは、平助、新八、左之のこと。
ご存知の通り、この呼び名は“三馬鹿トリオ”から来ている。
別に悪いとは思わないけれど、この三人のやり取りって
ときどきすごく漫才みたいで。
まぁ、あたしはそのやり取りが好きなんだけど、
なんとなく“三馬鹿”っぽいから三人をまとめて呼ぶときはそうしているんだ。
「あの三人は、早食いをして先に道場に向かいました。
早めに行って、自主練をするそうです」
「そっか」
あの三人らしいな、とあたしは思った。
「じゃ、。 とりあえずお昼買ってこよっか」
「そうだね……千鶴、ちょっと待っててね」
「はい」
千鶴にそう言い残して、あたしは総司と一緒にカウンターの方へ行った。
「は何にするの?」
「うーん……今日は唐揚げ定食」
「じゃあ、僕もそれにする」
「…………は?」
総司が間髪入れずそんなことを言うから、間抜けな声を出してしまった。
「そんな簡単に決めていいわけ?」
「いーよ、別に。の頼むものなら、ハズレは無いだろうし」
そりゃあ、あたしは美味しいものしか頼まないけどさ……
自分の好きなものを食べればいいのに、なんてそんなことを思ってしまう。
総司はめんどくさがりなのか、投げやりなのか、
ときどきよく解らないところがあるのだ。
……まぁ、今に始まったことではないって言われてしまえば、
それまでなんだけれど。
「早く行こうよ。僕、部活に間に合わなくなるし」
「う、うん」
そう言った総司が、あたしの手を引いていく。
その手があたたかかっただなんて、
そのときのあたしは場違いなことを考えていた。
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