「と沖田くんってさ、い〜〜〜っつも一緒にいるよね」
「付き合ってるの?」
「…………はぁ?」
友人たちが言い出したその言葉に、
あたしはまた間抜けな声を出してしまったのだった。
私立薄桜鬼学園――三時間目 訪れた転機
夏休みに入ってから数日後、あたしは今日も朝から学校に来ていた。
今日の生徒会活動は午後からのため、まだメンバーは誰も来ていない。
……あたしが早くから学校に来ているのは、ただ単に冷房が完備されていて涼しいから。
家にも冷房くらいあるけれど、家だとだらけるのが目に見えている。
だからあたしは、早くから学校に来ていたのだった。
12時過ぎになって、生徒会メンバーが来る前にお昼を済ませようと思い
カフェテリアに向かうと、一年の頃から仲良くしている友人たちと出くわした。
彼女たちは今まで部活だったらしく、
それが終わってお昼にするところだったと言うので一緒に食べることになった。
……それで、色々と話しているうちにたどり着いた会話が、冒頭のそれである。
「ね、そうなんでしょ?」
「いや、そうなんでしょ、と言われても……。
あたしと総司は、別にそんな関係じゃないし」
「えーっ、嘘〜!」
嘘と言われたって、どうしようもない。
本当に、あたしと総司はそんな関係ではないのだから。
「その前に、なんでそんな話になったわけ?」
友人たちは確かにおしゃべりやうわさ話が好きだが、
根拠もなしにそんなことを言う人間ではない。
そう思ったから、あたしは事のいきさつを聞きだそうとした。
「それがさー……後輩から仕入れた情報なんだけど」
後輩とは、彼女たちの部活の後輩だろう。
だけど、いったい何の情報を仕入れたというのだろうか……。
そんなことが気になったが、あたしはとりあえず聞き手に回ることにした。
「だって解ってると思うけど、沖田くんってモテるのよ」
「そりゃあ、そうでしょう。学校のレベルを上げた奴らの一人だからね」
もう解りきっていることを言われたものだから、
当たり前だという風に返すと、友人はそうじゃない、と言った。
「だからね、やっぱり女の子としては沖田くんと付き合いたいって思うわけ」
「ふーん」
「って、自分から聞いてきたくせにどうでもよさそうね、」
友人たちは呆れてしまったようだけれど、
その手の話は、あたしの専門外だからこれ以上何とも言えないんだけれど。
「それでね、女の子たちが沖田くんに告るシーズンってのが、
夏休み前に集中するのよ」
「なんで?」
夏休み前じゃないといけない理由でもあるのだろうか。
「夏休みって、しばらく会えなくなるじゃない?
だから、その前に沖田くんの彼女になれば休み中も会えるっていう考えよ」
「夏休みならいろんな場所に出かけられるしね。
それを狙って、告る女の子が急増するの」
「なるほど……」
女の子って、色々と先まで見据えて計画してるんだな……
なんて、自分も女なのに他人事のように思ってしまった。
「まぁ、総司がモテてるのは知ってたし、
夏休み前によく告られるってことも解った」
だけど、まだあたしの疑問は解消されていない。
「それが、なんであたしと総司が付き合ってるっていう結論に至ったの?」
そう、問題はそこだ。
「それがね……
沖田くん、どんなに可愛い子に告られても絶対OKしないのよ」
「ふーん……」
総司とそんな話したことないから解らないけれど、
女の子に興味が無いとか?
「1、2年のときはね、“僕は部活で忙しいからダメ”って言って
断っていたんだって」
「そう」
まぁ、総司らしいと言えばらしいけれど。
短い返事しかしないあたしに、友人は声を大にして続ける。
「違うわよ、問題はこの先よ!」
「今年の沖田くんはね、別の理由でいくつもの告白を断ったらしいの!」
「別の理由?」
部活以外の理由が、出来たということだろうか。
「な・ん・と! “好きな子が居るからダメ”って言ったんだって!」
「学年問わず、告った子はみんなそう言って断られたそうよ」
好きな子が居るからダメ?
そっか、総司に好きな人が出来たのか。
「この手の話は、あたしは全くしないからね。
総司に好きな人が出来たなんて知らなかったよ」
淡々と答えるあたしに友人たちはもどかしくなったのか、
少し勢いをつけてその先を続けた。
「そんなはず無いって!
あたしたちは薄桜鬼学園の情報通って言われてるけど、
沖田くんに好きな人が出来ただなんて情報入ってないし!」
「そうそう、全くそんな素振りがあったなんて話も聞かないし!」
まぁ、確かに二人の言う通りだ。
彼女たちは、学園の情報を、
何処から仕入れたのだと聞きたいくらいに持っていると思う。
事実、その情報にあたしも生徒会会長として助けてもらってきた。
その二人でさえも知らない情報、か……
確かに気がかりなことかもしれない。
「で、あたしたちは仮説を立てたのよ」
「仮説? どんな?」
「あんたよ、!」
びしぃっ! という効果音が付きそうな勢いで、二人はあたしを指差した。
「思えば、1年の頃から沖田くんの一番近いところに居る。
生徒会も一緒だし、それ以外のときでも一緒に過ごすことが多い」
「まぁ、確かに生徒会メンバーで動く流れがあるから、
一緒に居ることは多いかもしれないけれど」
それで、結局は何が言いたいのだろうか。
「だーかーらー! 沖田くんが好きなのは、なんじゃないかって、
そういう仮説を立てたのよ!」
「…………はぁ?」
あたしは、本日二回目である間抜けな声を出してしまった。
「沖田くんの性格からして、きっと自分が気に食わない人間は
そばに置かないと思うのよね」
「まぁ、確かにそれはあるかもね」
「特に女の子だと尚更よ」
あぁ、そういえば総司に女友達って居ないかもしれない。
あたし以外では、千鶴くらいしか一緒に居るところを見ない……
ような気もする。
「千鶴ちゃんっていう線も考えたんだけどさ、なんかしっくり来なくて。
だから、きっと沖田くんはあんたのことが好きなんじゃないか!」
「っていうことなのよ。 解った?」
「うーん……」
まぁ、二人の言っていること全部が全部間違っているとは言わないけれど。
それでも、総司があたしを好きだなんて、飛躍しているんじゃ……?
「でね、その仮説を検証してみる意味で、
に沖田くんと付き合ってるのか聞いたのよ」
「あー……なるほど」
これでやっと、冒頭部分に繋がったわけだ。
「でも、と沖田くんが付き合ってないとなると、
仮説も仮説のまま……ってことかしら」
「まだ解らないでしょ、もしかして沖田くんの片想いかもしれないし!」
「えー、あのモテまくりの沖田くんが片想いって!」
「「可愛すぎ!!」」
それから勝手に盛り上がっていった友人たちに一言告げて、
あたしは一足先にその場を離れることにした。
「これ以上付き合ってたら生徒会活動に遅れるし……」
『な・ん・と! “好きな子が居るからダメ”って言ったんだって!』
「総司に好きな人、ねぇ……」
まぁ、総司だって色々と問題はあるけれど、ごく普通の高校生だし。
恋愛してたって大して問題じゃないと思うけれど。
『沖田くんが好きなのは、なんじゃないかって、
そういう仮説を立てたのよ!』
「…………まさか」
あたしにするんだったら、絶対に千鶴の方がいいだろう。
可愛いし、気も利くし。
『千鶴ちゃんっていう線も考えたんだけどさ、なんかしっくり来なくて』
「…………しっくり来ないってどんな感じだよ」
総司があたしを?
……いや、あるわけがない。
友人たちのせいで変なことを考え始めていたあたしの前に、人影が出来た。
「やぁ、。考え事しながら歩いてると危ないよ」
「……!」
総司に声を掛けられて、必要以上に焦ってしまった。
今の今まで考えていた人物だったから……なんだろうけれど。
「どうしたの?」
「べ、別に、何も」
「ふーん。 それより生徒会室に急がなくていいの? もう時間だよ」
「わ、解ってるよ」
なんだか上手く話せない……妙にどもってしまう。
あたしは、こんなキャラでは無かったはずだ……。
『沖田くんが好きなのは、なんじゃないかって、
そういう仮説を立てたのよ!』
…………そうだ、彼女たちがあんなことを言ったからだ。
だから、変に総司のこと意識して身構えてしまうんだろう。
あたしはそうして冷静さを失っていたから、気付けなかった。
総司が、あたしをじっと観察していたことに。
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