総司に避けていた理由を話してから、またさらに数日が経過していた。

          あれから総司をあからさまに避けることは無くなったものの、
          二人で話していると微妙に落ち着かない。目も泳いでいる気がする……。



          生徒会の中で一番鋭い一や、左之辺りは気付いていたとしても不思議ではない。
          だが、思いもよらぬ人物から、そのことについて問われてしまったのだ。





















私立薄桜鬼学園――五時間目 ただ、あなたの想いのままに
























          「先輩、ちょっといいですか?」


          先ほどまで黙々と仕事をしていた千鶴が、突然話しかけてきた。

          いや、話しかけられることは別に珍しくもないから、それだけでは驚かない。
          驚いたのは、その声色がとても真剣味をおびていたからだ。







          「どうかした、千鶴?」

          「は、はい」


          千鶴は、少し躊躇ったあと、意を決したように口を開いた。






          「みんながまだ来ていない今、どうしても先輩に聞きたいんです」


          千鶴はそう言った。

          今、この生徒会室にはあたしと千鶴以外は誰も居ない。
          みんな、部活の方に参加しているのだ。

          それが終わり次第、またここに寄るようにと言ってある。






          「そ、そう……。何が聞きたいの?」


          いつも可愛らしくて、同じ女から見ても好感の持てる女の子。
          その千鶴が、今までにないほどの張り詰めた空気を纏っている……気がした。














          「先輩……沖田先輩と、何かありましたか?」

          「……!」


          思いもよらぬ質問が投げかけられたことにより、あたしはまた身構えた。
          その質問をしたのがまた思いもよらぬ人物だったから、尚のことだったのだ。






          「えーと……」


          何とかごまかしたい。

          生徒会長ともあろう者が何を、と思われるかもしれない。
          だが、初めに思い浮かんだのはそれだった。


          それでも、やはりごまかすなんて出来ないことを思い知る。

          千鶴の目が、本気だったからだ。
          本気であたしに問いかけている。そして、答えを待っている。



          頼りない部分もあるだろうが、あたしだって千鶴の先輩にあたる人間だ。

          だから、見得を張りたい思いだって持ち合わせている。
          いつも、格好いい存在でありたいと思っている。





          …………しかし、だからと言って今この場でごまかすことは、違うと思った。

          先輩としてのプライド云々の前に、千鶴に対するあたしの信頼する心だとか、
          そういったものが関係してくるのだろう。

          大げさと言われてもいい、あたしにとってはとても重要なことだから。


          意を決したあたしは、考え込むのを止め、千鶴にここ数日の出来事を話した。




















          「そうですか、そんなことが……」


          あたしの話を一通り聞いた千鶴は、そうつぶやいた。
          そして、次の瞬間にはとても優しい笑みを浮かべていた。






          「でも、それなら納得がいきました」

          「……え?」


          笑顔のまま言う千鶴に、あたしは最近多い、間抜けな声を出してしまった。

          何がどう、納得できたのだろうか……。







          「自分では気付いてなかったかもしれませんが、先輩、
           最近よく沖田先輩のこと見てましたから」

          「う、うそ、」

          「嘘じゃないですよ」


          気付いてなかったかもしれない、どころか、あたしは全く気付いていなかった。

          あたしが、よく総司を見ていた…………?






          「みんなで生徒会の仕事をしているときも、
           沖田先輩が平助君とちょっとした言い合いをしているときも、
           先輩は沖田先輩を見ていました」


          気付かずに見ていた、ということは、
          無意識にいつの間にか見ていたということだ。

          でも、どうして…………。










          「時には不安そうな顔で、時にはとっても優しい顔をして、見てましたよ」


          千鶴は、笑みをいっそう深くして続けた。
          だけど、あたしはどう反応していいのか解らず黙ったままでいる。






          「先輩?」


          そんなあたしを不思議に思ったのか、千鶴があたしの名を呼んだ。


          ……こんなことを、後輩である彼女に聞いていいものか解らない。
          だが、あたしは自分の中にある疑問をぶつけてみることにした。

          千鶴は聡い子で……何か知っていると思うから。



          ……最近のあたしが総司のことばかり考えてしまう理由を、
          総司のことばかり目で追ってしまう理由を、あたしは知りたい…………。












          「…………ねぇ、千鶴?」

          「はい」

          「あたし……自分のことが、よく解らない…………」


          あたしは、少しずつ話し始めた。







          「あの二人に、総司に好きな人が居るらしいって聞いてから、
           あたしは総司のことばっかり考えてる……」


          あの二人の仮説を聞いてから、あたしは、何か変だ…………。






          「総司と目を合わせて話せない。二人きりで居ると落ち着かない。
           何かを話そうとすると、つっかかってうまく話せない」


          数日前に総司に指摘されたことを、あたしは繰り返す。






          「それに……総司のことを、目で追ってる……みたいだし」


          それは、ついさっき千鶴に指摘されたこと。
          自分では気付いていないから、みたい、と言っておいた。










          「あたし……自分のことなのに、自分がよく解らないよ…………」


          最初に言った言葉を、もう一度口にした。

          それは、取り繕ってもいない、格好つけてもいない、
          素直な気持ちだったと思う。


          千鶴は、そんなあたしの独り言のようなものまで
          ちゃんと、ときどき頷きながら静かに聴いてくれた。















          「ねぇ、先輩」

          「何……?」


          少し間を置いて、千鶴が話し出した。


          頭の中に総司のことばかり思い浮かんでくる理由を、
          目の前にいる彼女は知っているかもしれない……

          そんな、確信じみたものが、あった。
          だから、あたしはその後に続く千鶴の言葉に聴き入った。






          「先輩は、今、どうしたいと思いますか?」

          「え……?」


          また、思いもよらぬ言葉に間抜けな声を出してしまった。






          「沖田先輩のこと、妙に考えてしまう。二人きりで居ると落ち着かない。
           何か話そうとすると、うまく話せない。目で追ってしまう。それから……」


          また少し間を置いて、千鶴は続ける。






          「沖田先輩と、好きな人について話したんですよね」

          「うん……」


          そうだ。あたしは、総司をなんとなく避けていた理由を話して、
          それからその原因ともなったことについて……

          つまり、総司の好きな人について話したのだ。





          
『僕に好きな人がいると知って、どう思ったの?』






          そう聞かれて、初めはただ単に困っただけだった。

          だけど、好きな人が居るという噂は、どうやら事実だと知って。
          総司の好きな人が誰なのか、妙に気になった。













          「先輩は、自分のことが自分で解らないから、焦っているんですよね」
 
          「…………うん」


          後輩、だなんて、そんな言葉で片付けられるような子じゃない。
          あたしは千鶴に対し、そんなことを考えていた。

          これは、なんだか……悩みを相談したとき、左之に諭される感じに似ている。






          「自分を理解するために、何かやらなくちゃ、
           って思っているんじゃないでしょうか」


          そうだ。

          千鶴の言葉に、あたしの心が即答した気がする。






          「でも、そんなに焦って何かをやらなくてもいいと思うんです」

          「このままで……いいの?」


          あたしの言葉に、千鶴は首を横に振る。






          「先輩が、今、やりたいことがあるはずです。
           そんなに具体的なものじゃなくていいんです。何か、ありませんか?」

          「あたしの、やりたいこと……」


          あたしの……やりたいこと…………








          
『あぁ、おはよう


          『明日は部活が無いんだってさ』


          『ってほんと、ときどき暴君みたいなとこがあるよね〜』





          
『解ったよ、謝るから。そんなに怒らないで、













          「あたしは…………」






          
先輩は、今、どうしたいと思いますか?』






          あたしは…………














          「あたしは総司と、ただ馬鹿話したり一緒にご飯食べたり……
           今までと同じことを、したいよ…………」


          ただ、素直に。
          そうしたい、と思ったことを口にした。

          あたしの言葉を聴いた千鶴は、とても優しい声音で言った。






          「だったら、そうすればいいんですよ。
           焦って、何か特別なことをする必要なんてないと思います」


          その言葉で、あたしの心につっかかっていた何かが、取れた気がした。


          何か特別なことをする必要なんて、ない。


          あたしは、よく解らない自分をどうにかするために、
          何かやらなければ、と、どこか焦ってそう思っていたのかもしれない。

          だから、疑問ばかりが頭を占めて、息苦しかったのかもしれない……。










          「ね、先輩。先輩がそうしたいなら、そうするのが一番ですよ」


          小さい子どもに言い聞かせるように、千鶴は言った。
          だが、そのときのあたしには、その言葉が、千鶴の優しい声が強く響いた。














          「そう……だね。千鶴の言う通りかもしれない」


          あたしは、あたしのやりたいように。
          自己中心的な考えのようにも聞こえる。

          だけど、今のあたしには必要なことだと、そう思った。







          「…………ありがとう、千鶴」

          「いいえ、私は何もしてませんよ」

          「そんなこと、ないよ」


          笑顔で答えてくれる彼女を見て、あたしも自然と笑顔になっていた。


          ガラッ







          和やかな雰囲気になっていたとき、突然、生徒会室の扉が開かれた。
          そこに居たのは、今の今まで話の中心に居た人物で。










          「あ、沖田先輩っ……」


          千鶴が、少し焦っているようだった。
          きっとあたしのことを心配してくれたのだろう。


          …………でも、あたしはもう大丈夫。







          「お帰り。部活お疲れさま、総司」


          あたしの言葉に……そして、総司の目をしっかり見て話すあたしに、
          総司は一瞬目を見開いたが、すぐにいつもの顔に戻って言った。







          「ただいま、


          もう、大丈夫だ。




















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