夏休みも、中盤に差し掛かっていた。

          生徒会活動は無かったのだが、今日もあたしは学校に来ていた。
          例のとおり、学校で涼むことが目的である。





















私立薄桜鬼学園――六時間目 君は、僕が守るから






















          宿題はとっくに終わってしまい、今日のあたしは本を読んでいた。

          思った以上に夢中になってしまったが、
          夕方になっていたこともあってそろそろ帰ることにした。













          「…………あ、」


          昇降口に行くと、見慣れた後ろ姿を二つ見つけた。






          「総司、一」


          あたしは二人の名を呼んで、歩み寄った。

          ――総司の姿を見つけて少し気分が上昇した気がするのは、
          あたしの勘違いなんだろうか……。


          そんなことを考えつつも、部活上がりらしい二人に話しかける。






          「お疲れさま。部活上がり……だよね」

          「そうそう、今から帰るところだよ」

          「会長もお帰りですか?」

          「うん、そうなんだ」


          千鶴と二人で話して以来、総司と話すときに妙な行動は取らなくなった。
          ……ただ、少し気恥ずかしい感じがしないでもないのだけれど。






          「はまた図書室?」

          「うん、だってあそこ涼しくて静かだし」

          「本当にあの場所がお好きですね」

          「生徒会室だって好きだよ?」


          あたしが少しおどけたような、そんな感じで言うと、
          二人は一瞬だけ目を丸くし、次の瞬間には微笑んでくれた。














          「二人はこのまま帰るんでしょ?」

          「は違うの?」

          「あたしは、本屋に寄っていこうと思ってさ。
           だから、別の道から帰るつもり」


          いつもなら、こうやってバッタリ会ったとき、あたしたちは一緒に帰る。

          ……もはや、それが自然な流れとなっている気がする。
          だけど、今日は寄り道するから、一緒には帰れないのだ。






          「ふーん……じゃあ、僕も一緒に行っていい?」

          「え? あたしは別にいいけど……」


          総司は一と一緒に帰ろうとしてたんじゃ……。

          そう思って一の方をちらっと見ると、彼は静かに口を開いた。






          「会長、俺も寄るところがあるので、また別の道から帰ります。
           もう日も暮れますから、総司に送ってもらうのがいいかと思いますが」


          確かに、図書室を出た時点でもう夕暮れだった。
          この感じでは、家に着く頃には真っ暗だろう。






          「うん……じゃあ、そうするね」

          「はい。最近は物騒な事件も多いようですから……懸命な判断かと」


          一が言っている物騒な事件、とは、
          最近よくニュースや新聞でも取りあげられるもののことだろう。

          それは、日が沈んだ暗い時間帯に外を歩いている人を、無差別に襲っているという事件だ。
          犯人は金属バッドを所持していて、それで殴りかかってくるのだという。


          ……こんな事件が身近で起きているだなんて恐ろしいが、
          まさか自分が襲われるなんてないだろうと楽観視していたあたしには、
          一の提案がさすがと思えた。






          「それでは、俺はこれで失礼します」

          「うん、一も気をつけてね」

          「はい」


          そう言って、一はあたしが行く道とは反対の道へ消えていった。














          「…………」


          連続の通り魔事件、か……。

          確かに、楽観視している場合じゃないかもしれない。
          自分が襲われない保証なんて、何処にも無いし……。






          「?」


          考え込んでいたあたしを不審に思ったのか、総司が声を掛けてきた。






          「え、あ……何?」

          「どうしたの? 本屋に行くんでしょ?」

          「う、うん……」


          そうだ、さっさと用を済ませて、家まで帰ればいいのだ。
          あたしは、そう思い込むことで不安を消し去ることにした。





          「じゃあ……行こっか」


          そう言ってあたしは歩き出したけれど、総司がついてくる気配が無い。






          「……総司?」


          予想通り、総司はその場で立ち止まったまま、動いてはいない。






          「総司? 早く行こうよ」


          早く帰れば問題はない。
          そう思い込んだあたしは、自然と総司を急かしていた。















          「ねぇ、

          「何?」


          総司は、黙ったままであたしのところまで歩いてくる。






          「が襲われたら、僕が守ってあげるから。
           だから、心配しないで」

          「…………!」


          まるで、壊れ物を扱うかのように、総司の手はあたしの頬にあって。
          そして、あたしを見つめる瞳は、とても優しくて。

          優しい笑みを、携えて。



          そんなときに守ってあげる、だなんて言われたから、
          あたしは何だか無性に恥ずかしくなってしまった。

          今も、きっと真っ赤になっているに違いない……。











          「、顔が真っ赤だよ」


          ……ほら、やっぱり。






          「う、うるさい! さっさと行くよ」


          もうごまかしきれないだろうけれど、少しでもごまかしたくて
          あたしはさっさと歩き出してしまった。

          ……くすくす笑いながら、総司も後からついてきているようだ。











          「大丈夫だよ、。心配しないで」


          総司は笑うのをやめ、真剣な表情でそんなことを言う。






          「う、うん……」


          突然そんな表情をされたものだから、返答に困ってしまった。
          ただ、頷くのが精一杯で。

          だけど、自分の中から不安というものが消滅していたことを、
          あたしは理解していた。

























          「これで用事は終わり?」

          「うん、もう帰るだけ」


          あたしが本屋で用を済ませたときには、もう外は真っ暗になっていた。






          「じゃあ、帰ろうか」

          「うん」


          そうして本屋を出たあたしたちは、他愛もない話をしながら
          夜の道を歩いていた。














          「で、そういえば何の本を買ったの?」

          「文庫本。今読んでるやつは、今日読み終わっちゃったからさ。
           次のを買おうと思って」

          「図書館で借りればいいじゃない」

          「残念。これは新しいから、まだ図書室には入ってないの」

          「ふーん」


          自分から聞いてきたくせに、総司はどうでもよさそうに返事をした。






          「あのね、総司……」


          そんな総司にあたしが一言言ってやろうとした、そのとき。














          「……! !」


          ドンッ


          突然、総司があたしの名を叫び、突き飛ばしてきた。
          予期していないことだったから、あたしはそのまま重力に従って倒れ込む。






          「ちょっと、総司……!」


          突然のことに文句を言おうとした瞬間、


          ビュンッ!


          何かが、あたしがさっきまで立っていた場所に、振り下ろされた。












          「金属バッド……」


          そう、振り下ろされた何かとは、金属バッドだったのだ。

          目線をバッドからその持ち主へ移すと、
          狂ったような目つきをした同じ高校生くらいの男がそこに居た。






          「も、もしかしてこの男……」

          「どうやら、連続通り魔の犯人に出遭っちゃったみたいだね」


          総司はいつものように飄々と言ってのけるが、その目は笑っていない。
          また、手は自分が持っていた竹刀へと伸びている。






          「ちょ、ちょっと総司、まさか……」


          戦う気なの?

          そこまで問う前に、総司から答えが返ってきた。






          「どうやら逃がしてくれそうにもないし。
           降りかかる火の粉は、払わなきゃならないよね」


          口調は何処か楽しそうに。
          だけど、身に纏う空気はぴりぴりとしていて。















          「へぇ……今まで襲った奴らは、
           ただ泣き喚いて逃げるだけだったのになぁ……。
           テメェ、俺とやろうってのか?」


          バッドを持った男は、にやにやしながら挑戦的な言葉を発する。
          だが、総司はそんな安い挑発に乗るような男ではない。






          「あんたこそ、今回狙ったのがこの僕……
           …………いや、であること、後悔するといいよ」


          これで通り魔事件は解決だね、と、総司は機嫌の良さそうな声で続ける。










          「総司……やっぱり危ないよ」


          総司は、通り魔と戦う気満々だ。
          だけど、あたしはそれを止めなくてはならない。






          「総司が強いことは、あたしだって知ってる。
           だけど、こんな通り魔と戦うなんて危ないよ」


          普段の態度が態度だから、誤解されがちなのだろう。

          だけど、実力で剣道部の部長を務めるような男だ。
          弱いわけが、ない。


          でも…………。

          不安がるあたしに向かって、総司は背を向けたまま言った。






          「言ったでしょ、僕がを守るって」

          「総司…………」


          どう答えたらいいのか解らないあたしは、ただその名を口にするだけ。












          「…………は下がってて」

          「総司!」


          総司が駆け出したかと思うと、もう次の瞬間には相手の男は倒れていた。

          これが、総司の実力…………?






          「すごい…………」


          思わず、そう口に出していた。

          これで一安心だ、と思ったのも、つかの間だった。














          「ははっ! 油断したなぁ!」


          ビュンッ



          あたしの背後で、何かが振り下ろされる音がした。






          「!!」


          総司があたしの背後に回る。


          ドンッ






          「ぐっ……!」


          鈍い、音がした。






          「総司っ!!」


          総司の額から、血が流れている。

          そこにはもう一人、金属バッドを持った男が居て、
          油断していたあたしを襲おうとしたらしい。

          それに気付いた総司があたしをかばい、バッドを食らってしまったのだ。






          「総司! 総司っ!」


          膝をつき、苦しそうにする総司にあたしは声をかける。







          「……怪我はない?」

          「う、うん……総司のおかげで、ないよ」


          あたしは、総司がかばってくれたから、怪我なんてどこにも負ってない。
          だけど、総司は今も血が止まらなくて……。














          「総司っ! どうしよう、血が……!」


          焦ってどうすればいいか解らなくなっているあたしに、
          総司はあの優しい笑みを浮かべて一言だけ言った。






          「僕が、君を守る」


          その後の出来事は、一瞬のことのように思えた。
          もう一人の男も、総司はいつの間にか倒していて、そして……

          総司も、その場に倒れた。



















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