二人目の通り魔を倒し、そして総司も倒れてしまった後のことは、
あたし自身ですらよく覚えていない。
ただ、いつの間にか警察と救急車を呼んでいたようだ。
私立薄桜鬼学園――七時間目 理由は単純で
翌日、学校では臨時集会が開かれた。
先生方が昨日のうちに緊急連絡網を回し、生徒に呼びかけ、
夏休み中にも関わらず生徒たちは全員登校していた。
「くんは、昨日の現場で警察の方に状況を説明してくれ。
トシがついていってくれるから」
学園長先生がそう言ったので、あたしは集会には参加せずに
昨日の事件が起こった現場まで来ていた。
昨日は暗かったし、あたしが取り乱していたこともあって、
現場検証は翌日行う……と、警察と先生方の間で決まったそうだ。
「…………平気か?」
現場に向かう途中、理事長先生がそんなことを言った。
それは、あたしの心のことを言っているのだと、なんとなく解った。
「……昨日よりは、大丈夫です」
「そう、か」
そんなことより、総司はどうなったのだろう……
あたしの頭の中には、それしかなかった。
「総司の奴は……心配いらないそうだ」
あたしの思考を読み取ったかのように、理事長先生は唐突に話し始めた。
「救急車で運ばれた後、ちゃんと止血もできたようだしな。
幸い、そんなに大量の血を流したわけじゃねぇ。
しばらく安静にしていれば、心配いらないそうだ」
そう、なんだ……
「良かった…………」
なんだか、久しぶりに笑った気がした。
昨日、通り魔に襲われるまでは自然にやっていたことなのに、
総司が倒れてからは、笑えなくなっていた。
……だから、久しぶりに笑った気がしてしまったのだ。
「考えてもみろ。アイツが、そう簡単に死ぬわけないだろ」
「…………それも、そうですね」
理事長先生が言ったことがおかしくて、
でも納得もできたから、あたしはまた笑ってしまった。
その後は、理事長先生にも付き添ってもらって、
警察の人との現場検証に立ち会った。
総司は怪我を負っていることもあって、
警察の人もあたし一人が来てくれればいい、と言っていたそうだ。
現場検証も終わり、帰ろうとしたときに理事長先生が言った。
「総司の居る病院……寄ってくか?」
「……!」
言われた直後は、思ってもみなかった言葉だったので少し驚いたが、
あたしは迷うこともなく頷いた。
トントン
病室の扉を、ためらいがちにノックする。
「どうぞ」
返事は、すぐに返ってきた。
「あっ、先輩! 理事長先生!」
ここは、総司が居るはずの病室。
だが、最初に耳に入ってきたのは、総司ではなく千鶴の声だった。
「よぉ、。現場検証っつーのは終わったのか?」
「うん」
「そっか、お前も大変だったな」
次に声を掛けてきたのは、新八と左之。
「さんは、怪我はないのか?」
「大丈夫だよ」
そして平助も、あたしを気遣ってくれた。
言葉は発していないが、一からも心配する表情が読み取れた。
「現場検証はもう終わった。
帰るついでに、ここに寄っていこうと思ってな」
理事長先生が、端的に説明してくれる。
「総司……平気なの?」
「全然問題ないけど?」
また飄々とした態度でそんなことを言ってのける。
だが、総司の頭には痛々しく包帯が巻いてあるのを、あたしは見た。
「総司…………」
次に続く言葉が見つからない。
あたしは、名を呼んだきり黙ってしまった。
「えーと……あっ! 私、ちょっとお花の水を取り替えてきます。
平助君、手伝って!」
「え、あ、あぁ」
千鶴が突然、そんなことを言い出す。
「俺も学校に戻るわ。
集会が終わったあと、片付けせずにここに来ちまったし」
「そうだな、片付けしてくるか〜」
「斎藤も行くだろ?」
「……あぁ」
千鶴と平助に続いて、左之、新八、一まで病室から出ていった。
最後に残った理事長先生も、やることがあるからと学校に戻っていった。
最終的に残されたのは、あたしと総司だけ。
「総司…………」
あたしはまた、その名を呼んだ。
そして、総司のそばまで歩み寄る。
その痛々しい包帯に、触れた。
「…………痛い?」
「痛くないよ」
総司は笑顔のまま答えてくれる。
だが、それが逆にあたしを苦しめた。
痛くないはずないのに、どうして笑っていられるのか。
あたしのせいで自分が怪我を負ったのに、どうして怒らないのか……。
「なんで……あたしをかばったの…………」
口から出たのは、ただ一つの疑問。
「君を守るって、約束したからね。
そう約束したからには、には無傷で居てもらわなきゃ」
総司は、未だ笑顔のままだ。
……もうやめて。笑わないで。
あたしのせいだって、怒ってよ…………。
「のせいじゃないよ」
総司は、あたしがほしかったものとは正反対のことを言った。
「もう一人の男の気配に気付けなかった、僕の落ち度だ」
「そんなこと……!」
ない、と言いたかったのに。
泣くのをこらえるのが精一杯で、うまく言葉に出来ない。
「総司は、なんで……なんでそんなに
あたしのこと守ってくれるの……?」
もう涙をこらえきれなくなってしまったあたしは、泣きながら問いかける。
そんなあたしを見て、総司はまたあの優しい笑みで言った。
「決まってるでしょ。君のことが、好きだからだよ」
総司はそう言って、あたしの涙をぬぐってくれる。
そして、しばらくしてあたしを抱き寄せた。
総司のその手があたたかかったから、なのだろうか。
あたしは妙に安心し、そこで意識を手放してしまった。
「…………土方さん、居るんでしょう?」
が眠ったのを見届け、病室の扉の方に向かって総司は声を掛けた。
扉は唐突に開かれ、その先には呼ばれた人物が立っていた。
「…………気付いてたのか」
「えぇ、まあね」
総司はまた、いつもの飄々とした調子で言ってのけた。
「……を、家までお願いします」
「…………解った」
次の瞬間、真剣な表情になっていた総司の言葉に、理事長はただ頷いた。
冗談を一つ、加えて。
「けど、コイツを俺に任せちまっていいのか?」
「に何かしたら、そのときは土方さんを斬りますよ」
「斬るってお前……竹刀じゃ斬れねぇよ」
「理事長室に飾ってある立派な真剣なら、斬れるじゃないですか」
やれやれ、と思いながら、理事長はを抱えて病室を出て行った。
それを見送って、総司はつぶやく。
「……君が無事で、本当に良かった…………」
それは、年相応に見える笑顔だった。
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