総司の手があたたかかったためか、あたしは病室で眠ってしまったようだ。
理事長先生が家まで送り届けてくれたのだと、後から親に聞いた。
今日もまた学校に来ていたあたしは、
意識を手放す前に総司が言った言葉を、思い出していた。
私立薄桜鬼学園――八時間目 ひとつ、解ったこと
今日も、生徒会活動は無い。
だが、あたしは図書室ではなく生徒会室に居た。
「…………」
『決まってるでしょ。君のことが、好きだからだよ』
あれは、夢だったのではないか。
そう思ってもみたけれど、やはり夢ではない。
あたしの中には、確信があった。
「好きだから、か…………」
誰に言うでもなく、あたしはつぶやいた。
「…………はぁ」
まさか、あの二人の仮説が結果的に当たってしまったなんて……。
なんだか無性に恥ずかしい。
総司の言葉を思い出すたびに、顔が熱くなっている気がする……。
「…………でも、あたしも一つ解ったよ」
あたしも、一つ解ったことがある。
総司の言葉を聴いて、思い出してみて、なるほど、って思った。
「先輩?」
また考え込んでいたからなのだろうか。
生徒会室の扉が開かれたことにも、
そして千鶴がそばに来ていたことにも全く気が付かなかった。
「千鶴……おはよう」
「あ、お、おはようございます、先輩」
なんとなく気まずかったのか、千鶴はどもっていた。
『えーと……あっ! 私、ちょっとお花の水を取り替えてきます。
平助君、手伝って!』
思えば、あれは千鶴なりの気遣いだったのだろう。
「千鶴……昨日はありがとう」
「え?」
「わざと、総司の病室から出てってくれたんだよね」
「え、えーと、それは……」
どう答えていいのか解らないといった感じで、千鶴は目を泳がせた。
ただの後輩ではないことは明らかだが、やはりこういったところは
年下なんだなぁ、なんて思ってしまう。
「あのね、千鶴。あたし、解ったことがあるんだ」
「解ったこと……ですか?」
「うん」
前に、あたしは千鶴に自分で自分が解らない、と相談した。
でも、それももう解決したから。
「千鶴には、聴いてほしいんだ」
「先輩……」
相談に乗ってくれた彼女には、話すべきだと思う。
「聴いてくれる?」
あたしの問いかけに対し、千鶴は黙って頷いてくれた。
「あたし……千鶴の言った通り、自分で自分が解らなくて、
どうすればいいんだろう、って焦ってた」
何か……何かやらなくては。
そんな思いばかりがあった気がする。
「だけど、千鶴に言われて、ただ自分のやりたいようにすることにした。
まだ気恥ずかしい感じもするけど、
やっぱり総司と一緒に居るのって楽しくて」
あたしが一番、笑っていられるような気がして。
「総司の隣に居たいなぁって、思うようになったんだよ」
四六時中一緒に居たいわけでもなくて。
ただ、ふとしたときに、一緒に居られたらいいなぁって思ったんだ。
「総司に好きな人が居るって聞いて、気になった。
……総司と目を合わせて話せない。二人きりで居ると落ち着かない。
何かを話そうとすると、つっかかってうまく話せない。
無意識のうちに、総司を目で追っている」
それから…………
「総司の好きな人が誰なのか、知りたくなった」
どうして、だなんて。
本当は今さらのことだったのかもしれない。
「あたしは……総司のことが、好き…………」
理由を問われれば。
好きだから、と答えれば簡単なことなのだ。
好きだから気になる。好きだから知りたい。
好きだから、何だか気恥ずかしい。
「いつの間に好きになったんだろうって、ちょっと不思議に思う」
だけど、重要なのはそこではないのだろう。
「…………あたしね、昨日、総司に好きだって言われた」
「えっ!」
その事実に驚いたのか、
ずっと黙って話を聴いてくれていた千鶴が声を上げた。
「でも、あたしは総司が無事だったことに安心して、
何か言う前に寝ちゃったみたいなんだよね」
苦笑しながら説明すると、千鶴も少し笑ってくれた。
そうやって相手を気遣い、話を聴ける彼女は、本当に、
後輩という言葉で片付けられない人物だと思う。
「それで、気が付いたら家に居た。
だから、それ以来総司とは話をしていないの」
そう、だから。
あたしがすべきことは、一つだろう。
「あたし……総司に、言わなきゃいけない」
自分の想いを。
きっと、それが最も重要なことなのではないか。
あたしはそう思った。
「先輩……先輩がそう思うなら、そうしてください」
彼女は前と同じように、どこか諭すような口調で話し始めた。
「焦って何かをする必要なんてありません。
特別なことをする必要だって、ないんです」
そして、彼女は優しい笑みを浮かべて、言った。
「先輩がそうしたいなら、そうするのが一番ですよ」
あのときと同じ言葉を、千鶴はあたしにもう一度言ってくれた。
「うん……あたしは、自分のやりたいようにやってみるよ」
「はい」
彼女は変わらず笑みを浮かべたまま、返事をしてくれた。
「先輩、ちょっとここで待っていてもらえませんか?」
「え?」
「さっき、学園長先生に会いに、沖田先輩が学校に来ていたんです」
「……!」
総司が学校に……?
確か、大事をみて明日までは入院をするという話だったはずだ。
それなのに、どうして学校に……。
「学園長先生が心配しないように、会いに来たみたいですよ」
あぁ、なるほどと思った。
所用で総司の居る病院まで行けなかった学園長先生は、
総司のことをひどく心配していたということだったから。
だから総司は、わざわざ顔を見せに来たのだろう。
「先輩がやりたいことを決めたなら、早い方がいいと思うんです」
あたしは千鶴のその言葉に、ただ頷く。
「私が沖田先輩を呼んできますから、先輩はここで待っていてください」
後輩である彼女に頼りっぱなしでどうかとも思ったが、
その提案をあたしは受けることにした。
「総司…………」
あたしはしばらく、その名を持つ人物を、生徒会室で待っていた。
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