千鶴が生徒会室を出て、しばらく経っていた。
まだ、総司の姿は、無い。
私立薄桜鬼学園――九時間目 願わくば、この想いよ君に届け
千鶴が総司を呼びに行くと出ていって、どのくらい経っただろうか。
ほんの数分しか経っていないかもしれないし、
実はけっこうな時間が経っているのかもしれない。
そんなことも解らなくなるほど、あたしはまた考え込んでいた。
「…………やっぱり、少し遅い気がする」
総司を探すのに、手間取っているのかもしれない。
そう思い、なかなか戻ってこない千鶴を追いかけようとし、
扉に手をかけた、瞬間。
ガラッ
その扉が、あたしではない誰かの力によって開かれた。
「?」
目の前に居たのは、あたしがずっと待っていた総司だった。
何故か、不思議そうな顔をして立っている。
「千鶴ちゃんに、が待ってるから生徒会室に行くようにって
言われたんだけど……何処かに行くところだった?」
そうか、と思った。
総司は、あたしが部屋を出ようとしていたから、不思議に思ったのだ。
「あ、えーと……別に、何処かに行く用は無いけれど」
あたしは、ごまかすようにそう答えた。
「ふーん、そう。それならいいけど」
総司は、普段と変わらない様子で言った。
だけど、その視線がとても優しいものであることに、あたしは気づいた。
――――あたし……総司に、言わなきゃいけない。
先ほど千鶴に言った自分の言葉を、心の中で繰り返す。
「で、どうしたの。 何かあった?」
なかなか話し出そうとしないあたしに、総司は問いかける。
だけどあたしは、まだ黙ったままでいた。
「…………総司」
今さら、考えることなんてない。
『焦って何かをする必要なんてありません。
特別なことをする必要だって、ないんです』
そうだよね。
今さら考えてどうこうすることじゃ、ないものね……。
「総司、ちょっと窓の方に行ってくれる?」
「窓?」
「そう」
生徒会室に入ったあと、総司は近くにあった椅子に座っていた。
その総司に、窓の方に行くように言うと、
不思議に思ったのか聞き返してきたけれど、
あたしが頷くとそのまま窓の方に移動してくれた。
「それで、外を見ていて」
言われるがまま、総司は窓から外を見ている。
あたしは、その後ろに立った。
「総司……そのまま聴いてほしいの」
総司は、無言だ。
……それはおそらく、了承の意を表しているのだろう。
「前にも話したけれど、あたしは、
総司に好きな人が居るらしいって聞いて気になった」
その相手があたしなんじゃないか、なんて言われて、さらに気になった。
「総司にも言われたね……その後のあたしは、総司を避けた」
総司と目を合わせて話せない。二人きりで居ると落ち着かない。
何かを話そうとすると、つっかかってうまく話せない。
無意識のうちに、総司を目で追っている。
「そして、総司の好きな人が誰なのか、気になった」
自分で自分が解らないほどに、悩んでいた。
「千鶴に相談して、あたしが今やりたいことをやればいいって言われた。
だから、あたしは総司と、馬鹿話したりご飯食べたりしたいって思って……」
避けたいわけじゃ、なかったんだ。
「総司と一緒に居たいって、思ってた…………」
本当は、一緒に居たかったんだよ。
「総司……あたし…………」
あたしは。
「あたしは……総司のことが、好き…………」
好きなんだ。
「総司のことが、好きなの…………」
ねぇ、だから。
だから変な態度を取ってしまったのだろう。
総司の好きな人のことが、気になっていたのだろう。
「そ、うじ…………」
自分が妙な行動を取る理由が、やっと解ったからなのか。
それとも、伝えることが出来て安心したからなのか。
あたしの頬をいつの間にか、涙が伝っていた。
部屋にあたしの嗚咽だけが響く。
総司は、何も言わない。
……しばらくして、総司がこちらを振り返った。
その顔には、苦笑が浮かんでいるように見える。
「…………はずるいなぁ」
「え……?」
参った、という感じでそんなことを言われたから、
あたしは夏休みに入って何度目か解らない
間抜けな声を出してしまった。
「僕、は昨日話の途中で寝ちゃったから、覚えてないと思ったんだ。
僕が、君のこと好きだって言ったこと」
確かに、一瞬夢だったのか、とも思った。
けれど、あたしの中には確信があったから。
……その確信がどこから来るものだなんて、
聞かれても答えられないのだけれど。
「だから、後でもう一度君に言うつもりだったんだ。
それなのに、先に言っちゃうなんてはずるいよ」
あたしは、ちゃんと聴いていたよ。
「あたしは……ちゃんと、聴いていたよ…………」
総司の言葉を、聴いていた。
その優しい笑みを、見ていた。
「うん……言ってくれてありがとう、」
そう言って、総司はまた昨日のようにあたしを抱きしめた。
…………やはり、その手はあたたかい。
「僕だって、君のことが好きだよ…………
一年のときから、ずっと、ずっと」
ずっと、好きなんだよ。
言い聞かせるように、総司は何度も言ってくれた。
好きだ、と。
「僕は、君をかばって怪我しちゃうくらい君のことが好きだからね」
泣き止まないあたしを笑わせるためなのか、
総司は冗談じみたようにそう言った。
総司の思惑通り、あたしは泣きやんだ。
……けれど、笑ってもいない。
「…………ごめん、そんな顔しないで」
「…………」
あたしは無言のまま、総司を睨みつける。
「解った、もう怪我するような無茶はしないよ。だから笑って、」
「…………冗談でも、そんなこと言わないで」
あたしのためなら、怪我することも厭わないと、そう聞こえた。
だからあたしは、総司を睨みつけたのだ。
「ごめん、…………」
その声が、本当に反省しているようだから、あたしは一言だけ言った。
「…………許して、あげる」
「なんか上から目線な言い方だなぁ。
やっぱりって、ときどき暴君みたいなところがあるよね」
総司は、笑いながら言った。
いつもと変わらない総司が目の前に居ることで、あたしも安心できた。
「、やっと笑ってくれたね」
総司はまた、あの優しい笑みを浮かべる。
あたしもそんな総司に、笑い返した。
「好きだよ………………」
「あたしも……総司が、好き…………」
そう言った総司とあたしの影が、一つに重なった。
→十時間目:この道を共に、歩いてゆく
→戻る