「今日はこの酒屋に討ち入りする」
京の地図を広げ、とある酒屋のある場所を差しながら副長が言った。
話によれば、ここで攘夷浪士たちが京で何か事を起こそうと
計画を練っているらしいとのことだ。
「それにしても、彼らも暇なんですかね」
副長の説明を受け、沖田組長が言った。
毎日倒幕に向かって様々な計画を練っている攘夷浪士について、
そんなことを感じたようだ。
沖田組長らしい発言だと思いながらも、私は黙って副長の話の続きを聞く。
「奴らも奴らなりに必死なんじゃねぇのか?
そんなことより、だ」
適当に沖田組長をあしらいながら、副長は続きを話していく。
「今回攘夷浪士たちは大したことないみてぇだが、数だけは一流らしくてな」
こちらも戦力を大きく割いて討ち入りにあたる。
副長の言葉に、全員が黙って頷いた。
「」
「はい」
「戻ってきたばかりで悪いが、お前にも参加してもらうぜ」
「承知しました」
副長の言葉に、私は迷わず答えた。
「話は以上だ。
討ち入りに参加する奴は、時間までに準備しといてくれ」
そうして、広間に集まっていた隊士たちが散り散りになった。
「!」
一度自室に戻ろうとした私に声を掛けてきたのは、永倉組長だ。
「」と呼ばれ一瞬戸惑ったが、どうやら辺りには誰も居ないらしい。
「永倉組長……どうかされましたか」
「えーと……ほらお前、昨日戻ってきたばっかだろ?
疲れもあるだろうし、今夜の討ち入りはやめといた方がいいんじゃねぇか?」
土方さんには俺から言っとくからよ、と永倉組長は言う。
だけど、私は首を横に振った。
「いいえ、今宵は私も参加いたします」
「だけどよ、」
「参加させてください、組長」
「……」
刀を振るわないのならば、私が修行に出た意味はない。
……すなわち、討ち入りに参加しないのでは意味がないのだ。
永倉組長が心配してくれたことはありがたかったし嬉しくもあったが、
私は断固として討ち入りに参加すると言い張った。
「…………はぁ」
……そんな一歩も引かない私に、やがて永倉組長も諦めてくれたようだ。
ため息をついた後、仕方がないという風に言った。
「そこまで言うなら止めねぇが……無理はするなよ」
「はい、解っております」
それは重々承知しております、組長。
私は心の中で、永倉組長に続けてそう言った。
「私が修行に出たのは、あなたのためだから」
――――私がこの新選組に入ったのは、あなたを守るためだから。
「だから、この剣を使わなければ意味がないのです」
遠ざかる永倉組長の背中に向かって、私はつぶやいた。
そして、その夜。
支度を整えた私たち新選組は、
副長の指示で先ほど話にあった酒屋に向かった。
それほど大きな酒屋ではないが、出入りする場所が二箇所あるという。
よって、私たちも二手に別れることになった。
「一番組、二番組、八番組は裏へ行ってくれ。
残りは俺と表から攻めるぞ」
副長の言葉に全員が頷き、行動を開始する。
「行くぞ、」
「はい」
酒屋の裏に回り位置についた私は、刀の柄を強く握る。
「修行の成果ってやつを見せてよね」
「期待してるからな、!」
共に裏から攻める沖田組長、藤堂組長がそんなことを言った。
「…………はい、任せてください」
私も、それだけを口にして。
『、危ねぇ!』
もう、あの日のようなことは起こさない。
私はもう……揺らいだりはしない。
「私は……もうあのときとは違う」
直後、辺りに笛のような音が鳴り響く。
――――これは、合図だ。
「行くぞ!!」
その場に居た隊士たちが、一斉に酒屋へと飛び込んでいく。
「新選組だぁ!新選組が攻め込んできたぞぉ!!
早く、早くこちらも対応を……ぐあぁっ!!」
仲間に知らせるためなのか、攘夷浪士と思われる男の叫び声が響く。
だが、その男の声も、途中で消え去った。
「しゃべってる暇があるなら、刀を抜けばいいのにね」
至極楽しそうにそう言ったのは、沖田組長だ。
やはりこの人は、普段と変わらない。
この人も、揺るぎない心を持っている。
「俺だって負けねぇからな!」
そう言いながら、藤堂組長は刀を振り回していた。
彼らしい、勢いのある太刀筋で。
「俺らも行くぞ、!」
「はい、組長」
永倉組長に続いて、私も浪士に向かっていく。
「なんだ、随分細っこいのが来たもんだな」
「剣の腕に、体格は関係ない」
「さあ、どうだろうな」
余裕を見せるこの浪士……
どうやら、完全に私に勝てる気でいるようだ。
「お前は、私には勝てない」
「なんだと!?」
私の一言で、怒りをあらわにする浪士。
そのまま感情に任せ、私に斬りかかってきた。
だが、私はそこから一歩も動かず、ただその場で目を閉じたのだ。
「随分余裕だなぁ!」
斬り合いの場で目をつぶるなんて、と浪士は高らかに叫ぶ。
だが、次の瞬間、その男は大量の血を流して床に臥していた。
「お前は、私には勝てないと言ったはず」
今の私は、一切揺らいでいなかった。
「な、何だよ、今のは!」
「あいつ、一瞬で斬ったぞ!?」
周りに居た浪士たちの、そんな声がした。
――――だが、彼らの声も、もう聞こえない。
「敵は全て、私が斬る」
もう動かなくなった浪士を見下ろし、私は言った。
「…………」
人を斬っているときの私の目にはもう、永倉組長の姿さえも入っていなかった。
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