『組長……どうして、私が人を斬ると哀しそうな顔をするんですか』



『…………お前には、人を斬ってほしくないからだ』






















…………!





「夢……?」



夢なんて、しばらく見ていなかったのに……










「どうして……」



…………いや、私が考えたいのはそんなことではない。















『…………お前には、人を斬ってほしくないからだ』



そうだ、確か……
組長はある日、問いかけた私に対し、そんな風に答えた。







『人を斬ってるときより、何気ない話をして笑ってるときの顔の方が何倍もいい』



そうして、何故だと言う私にそう答えたのだった。










『だから、浪士を斬っているときも苦しそうだった。
隠しているつもりだったかもしんねぇけどな……俺には解ったよ』
















「永倉組長…………」



あなたが、私が人を斬るたび哀しそうな顔をしていたのは、
私が人を斬るとき苦しそうにしていたから?


だから、私は人を斬るような女じゃないと……?










『何気ない話をして笑ってるときの顔の方が何倍もいい』



だから、あんなことを…………?















「…………解らない」



考えれば考えるほど、深みにはまるだけだった。
だが、どうしても考えてしまう。
私自身のこと、永倉組長の言葉…………














さん?」



障子の向こうから、ふと千鶴の声が聞こえた。










「千鶴?」

「はい、あの……
 朝ごはんの支度ができたので、呼びに来たんですが……」



どうやら、もう皆も集まっているようだ。










「そう……遅くなって申し訳ない。急いで支度して私も向かうから」

「解りました、じゃあ私は先に行ってますね」



そう言った千鶴の足音が、遠ざかっていく。















「…………いつまでもこうしてはいられない」



いつまでも、考え込んでいるわけにはいかないのだ。
私はそう思い直して、手早く支度を済ませた。



















「遅せぇぞ、

「飯が冷めちまうだろ!」

「申し訳ありません、原田組長、藤堂組長」



二人が本気で怒っているわけではないと解っているから、
私も一言謝るだけにした。



そこでふと永倉組長の方に目を向けると、
一瞬目が合ったのだが、すぐにそらされてしまった。


















「じゃ、いただきまーす!!」



藤堂組長が元気よくそう言うと同時に、
他の面々もそれぞれ朝食に手を付け始める。















、今朝はやけに遅かったみてぇだが……寝不足か?」



隣に居る副長にふと声を掛けられた。
私は視線を手元に向けたまま、答える。










「おっしゃる通りです。
 昨夜は、妙に寝つきが悪かったもので……
 お待たせしてしまって、申し訳ありませんでした」

「いや、別にそこまで待ってねぇよ。
 平助と原田が大げさなだけだろ」



気にしなくていい、と副長は続けた。
どうやら、気を遣ってくれているようだ。










「……ありがとうございます、副長」

「あ?別に礼を言われるようなことなんて、してねぇよ」


そうは言うが、やはり副長は気を遣ってくれたのだろう。
だから私は、もう一度心の中で副長にお礼を言った。










『平助、そいつはなんだ』



初めて会ったときの、あの刺々しさが嘘のようだ。
それだけ私が、新選組の面々に受け入れられるようになったと
そういうことなのだろう。



永倉組長を追ってここまで来て……
私は、ようやく欲しかった場所を手に入れた。





これならば、何も疑われずにそばに居られる。
これならば、組長を守れる……


…………だけど。












『俺は、前のお前の方がいいってことだよ』



永倉組長……
私は、どうすればいいのでしょうか…………。







































その夜、久しぶりに討ち入りをすることになった。
しばらく大人しくしていた攘夷浪士が、何らかの動きを始めるらしい。
そのような情報をつかんだ新選組は、ある宿屋に来ていた。





「それじゃ、さっき出した指示通りに頼むぞ」

「おう!」

「了解だぜ」



私たち二番組は、表から宿屋に討ち入る。
そうして、それに気を取られた浪士たちを
裏口から入ってきた別働隊と挟み撃ちにして一気に叩く作戦だ。
とてもさっぱりとして、解りやすい策だった。










「行くぞ」



いつものように、笛の音のような合図を受け、
私たちは刀を手に宿屋へ押し入った。














「新選組だ!
 ここに攘夷浪士たちが潜伏していると聞いて、討ち入りに来てやったぜ!」



副長がそう叫ぶと、辺りに居た浪士らしき男たちがうろたえ始める。










「なっ……新選組だって!?」

「くそっ、どうしてここが解ったんだ!」



その言葉からするに、やはり新選組がつかんだ情報は当たっていたようだ。
しかし、私たちが向かっていくと慌てふためいていた奴らも気を取り直し、
刀を抜いてこちらに向かってきた。















「こんなところで新選組なんかにやられるわけにはいかねぇ!!」



そう言った浪士の一人も、次の瞬間には床に転がっていた。










「無駄な時間を使うつもりはない。一気に終わらせる」



斎藤組長が言い放った。
どうやら、先ほどの浪士を切り伏せたのは斎藤組長らしい。
手を緩めることなく、周りの浪士を切り伏せていく。










「俺も行くぜ!」



同じく表から討ち入った藤堂組長が、勢いよく走り出す。
その後ろに目を向けると、永倉組長の姿があった。















「組長…………」



朝と同じように、永倉組長と目が合った。
だが、やはり組長は、すぐ目をそらしてしまう。










『戦場で迷いは禁物だ。それは死を意味する』



そう言ったのも、永倉組長なのに。
それなのに、どうしてあなたは……










『人を斬ってるときより、何気ない話をして笑ってるときの顔の方が何倍もいい』



『……そう思ってるからだろうな、
 お前が人を斬るとき、俺が哀しそうな顔をしているとするなら』




『俺は、前のお前の方がいいってことだよ』











解らない……
あなたと話していると、私は私が解らなくなる…………。



私が人を斬ると永倉組長は哀しそうにする。
だけど、私は新選組の隊士として人を斬らねばならない立場にある。
私自身も組長のためと思いそれを望んだ。
だけど、そんな私にあなたは人を斬っているときより普段の方がいいと言う……










「解らない…………」



私はここで剣を握っていていいのか?
私がここで……永倉組長の横で人を斬ることは、
本当に組長のためになっているのか…………?










「解らないです……永倉組長…………」



討ち入りの最中だというのに。
私はかつてないほど、混乱していた。
様々なことを考えているうちに、何が何だか解らなくなってしまったのだ。







『戦場で迷いは禁物だ』



それだけは、言われる前から解っていたこと……だったはずなのに。














、危ねぇ!」

「……!!」



しまった……!



私はまた……同じことを…………!











第十三話

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