以前の討ち入りの情景が、頭に浮かんだ。
私をかばって組長が斬られてしまう、あの情景が。
組長がまた私をかばって斬られてしまう、という恐怖からか、
私はいつの間にか目をつむっていた。
だが、すぐにそんなことをしている場合じゃないと気付き、目を開ける。
「……!」
そこに倒れているのは、先ほど私に斬りかかってきた浪士。
そして私をかばうようにして立っているのは、永倉組長だった。
「組長…………」
良かった……
私のその想いを察したのか、組長は言う。
「……俺は二度も同じ状況で斬られちまうほど、馬鹿じゃないぜ」
「あ、……」
永倉組長……
「組長……私は……」
私は……
「私はここで……人を斬っていていいのでしょうか……」
本当はずっと気になっていたのだろう。
だけど、それを口にしてしまえば、
何のために永倉組長を追いかけ、新選組に入ったのか解らなくなる。
だから、確かめるのが怖かったのかもしれない。
「私のしていることは……組長のためになっているのでしょうか……?」
それでも、一度口にしてしまえば。
数え切れないほどあった疑問は、止まらずにあふれ出てくる。
「……」
組長は私の名をつぶやく。
そっと組長を見ると、とても哀しそうな、切ないような表情をしていた。
――私が苦しそうにしているから、あなたはそんな顔をするの?
そう、問いかけようとしたときだった。
「なに余裕ぶってんだぁ!」
一人の浪士が、私たちに向かって斬りかかってきた。
「…………うるせぇ」
しかし、次の瞬間にはその浪士もそこに倒れていた。
斬ったのは……もちろん永倉組長だ。
「新八っつぁん、、大丈夫か!?」
二度も斬られそうになった私たちに気付いたのか、
藤堂組長が駆け寄ってきてくれた。
「なんか二人とも、調子悪いんじゃねぇか?
さっきから集中してねぇし……」
藤堂組長はそんな私たちを怒るわけでもなく、
とても心配そうにそう言ってくれた。
「……平助、俺とこいつ、この討ち入りから抜けてもいいか」
「え!?」
「組長、何を……!」
その言葉に驚いたのは、私と藤堂組長。
状況が理解できない私とは反対に、冷静になった藤堂組長が言う。
「オレは別にいいけど……
一応、こっちは一君の指示に従う流れだからさ。
一君にも聞いてからの方がいいんじゃねぇの?」
「……ああ、そうだよな」
少し笑って言った藤堂組長に、永倉組長も苦笑してそう答えた。
「おい、斎藤!俺とはこの討ち入りから抜けるが構わないか!」
少し離れたところで斬り合っていた斎藤組長だったが、
永倉組長の言葉をきちんと聞き取ったようだ。
こちらを見ずに、少し声を張り上げて答える。
「俺は構わんが、副長に咎められるのはお前だぞ」
「ああ、覚悟できてるよ!」
斎藤組長の言葉に、今度は自然に笑ってそう答えた永倉組長。
そして、私の方に顔を向けた。
「行くぞ」
そう言った組長に、私は「はい」とだけ答えた。
「組長……永倉組長!」
あの宿屋からどのくらい離れただろうか。
組長に手を引かれながら、私はただ歩き続けていた。
「どうした?」
「我々は……何処まで行くのでしょうか」
全く後ろを振り返らなかった組長に、私は問いかける。
「……そう、だな。この辺でいいか」
そんな私の言葉を受け、永倉組長は足を止めた。
しばらく聞こえていた討ち入りの喧騒も、次第に聞こえなくなった。
そして町の中心からも離れたこの場所には、かすかな明かりしかない。
そうして、ふと宿屋があった方を見る。
「あいつらが心配か?」
「当たり前です」
組長の問いに、私は迷うことなくそう答えた。
そんな私に一瞬面食らったような顔をした組長だが、すぐ笑顔に戻る。
「はは……やっとお前らしくなってきたな」
「え……?」
言葉の意味が解らず、私は組長を見つめる。
すると、それに気付いたのか、組長も話し始めた。
「俺が言った『前のお前』に戻ってきてるってことだ」
前の、私……
『俺は、前のお前の方がいいってことだよ』
あのとき永倉組長が言っていた、「前の私」…………。
心を無に出来ていなかった頃の、迷いのある私。
その私に、今の私は戻りつつある……?
「それは……それでは困ります。
私はまた、あなたに怪我をさせてしまう……」
それだけは嫌だから……
「……お前はそうやって、前の自分を嫌ってるよな。
けど、俺は……前のお前の方が好きなんだ」
「え、……」
好き、とは……。
…………いや、違う。
その言葉について考え込もうとしてしまった頭を、なんとかして切り替える。
「前にも言ったが……お前は、人の命の重さを知っていて、優しさも持ってる。
俺はそんなお前がいいと思ったし、尊敬もしていた」
組長…………。
「あーくそっ、なんかはっきりしねぇなぁ……
よし!ちゃんと言うぞ」
何かを決意したような組長は、真剣な顔をして私に向き直った。
「俺は、お前が好きだ」
耳を、疑った。
「心を無にして、人斬りをするお前じゃない。
心から笑わないようなお前じゃない」
俺は、
「俺は、そのままのお前が好きなんだ」
まさか、その言葉が聴ける日が来るだなんて。
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