「俺は、そのままのお前が好きなんだ」
私の目をしっかり見て、そう言った永倉組長。
私はというと、何も言えずに組長を見つめるだけだった。
「今までは……お前にもそれ相当の事情があるんだと思って、
あんまり強くは言わねぇようにしてた」
組長の瞳は、ずっと私を捕らえたまま。
「けどよ……やっぱ言うことにする」
一体、何を……
「もう新選組を抜けろ。 お前は、こんなところに居るべきじゃない」
「……!」
どう、して……
「……言っとくが、お前が邪魔なわけじゃないぜ」
私が一瞬考えそうになったことを、永倉組長はすかさず否定した。
「『新選組の二番組組長』から言わせてもらえば、
戦力としてお前は新選組に必要な存在だ」
努めてそうしているのか、組長の声音はどことなく優しい。
「けど……ただの『永倉新八』から言わせてもらうなら、
やっぱりお前には新選組を抜けてもらいたい」
「何故、ですか」
組長は少し笑って、「決まってるだろ?」と言う。
「好きな女に、戦場になんか出てほしくないんだよ」
「組長……」
「俺はな、好きな女には笑顔で帰りを待っててもらいたいんだ」
笑顔でそう言った永倉組長は、ふいに私の頭をなでた。
「組長…………」
――ああ、この優しくて大きな手は。 あの頃と、全く変わっていない…………
そんなことを考えながら、私はそっと目を閉じた。
『見て、お母さま! きれいなお花が、いっぱい咲いてるよ』
『本当ね。綺麗に咲いているわ』
まだ、私が幼かった頃……
そう、あれはまだ、私が江戸で暮らしていた頃のこと。
『何だろう、あれ……』
お母様と、町に買い物に出た帰りだった。
季節の花が咲き誇る広場を抜けた辺りで、私は向こうにある大きな建物を目にした。
『お母さま、お母さま!』
『まあ、そんなに慌ててどうしたの?』
『あそこにある大きな家には、だれが住んでるの?』
『家……?』
私が問いかけると、お母様は丁寧に答えてくれた。
『、あれはね。お家じゃないのよ』
『じゃあ、あれは何?』
『あれは「試衛館道場」と言って、みんなで剣を学ぶところなの』
『しえいかんどうじょう……』
そのときの私には、はっきり言って「剣術」というものに
全く興味を持っていなかった。
けれど、何故か。
その「試衛館」という道場に、何かあるのではないかと
子どもながらに感じていたのだった。
『あれ?ここじゃないのかな……』
その数日後。
私は、お母様には言わずにこっそりとその「試衛館」を訪ねた。
……とは言っても、誰かに会いに行ったわけではない。
ましてや剣術を学びに行ったわけでもない。
ただ、数日前に感じたもの……
それが一体何だったのか、確かめたかったのだ。
しかしながら、一人では歩いたことのない道だったためか、
私は試衛館に辿り着くことが出来ず、迷ってしまったのだった。
『どうしよう……』
途方に暮れ、徐々に心細くなってきたとき。
その人は、現れた。
『……ん?お前、こんなところで何してんだ?』
『え……?』
その頃の私から見れば、「お兄ちゃん」と言うほどの人だったか。
まだ少し幼さの残る笑みを浮かべ、その人は私に問いかけた。
『わたし……』
『なんだなんだ、迷子か?』
泣きそうになる私の頭を、その人はくしゃっとなでてくれて。
その優しくて大きな手に、心細かった私は安心できたのだ。
『そうだ! ちょっと俺たちの家に寄っていかねぇか?』
『家?』
『おう!今、町で饅頭買ってきたからよ。
おいしい茶ぁ飲みながら、一緒に食おうぜ』
『おまんじゅう……うん、食べる!』
そのときの私は、ただ饅頭につられてしまったけれど。
今思えば、その人は私を励ますつもりでそんな話をしてくれたのだろう。
そういった気遣いが、出来る人だから。
『じゃあ、俺についてきな』
『うん!!』
そうして、その人に手をひかれていくと。
『ここ……』
その人が連れていってくれた「家」とは、数日前に見た試衛館だった。
『知ってんのか?』
『ううん、来たことはないけど……
こないだ、大きな家だねってお母さまに言ったの』
そうしたらあれは家ではなく、試衛館という道場だということ……
それを先日お母様に教えてもらったのだと、私は言った。
『そうだったのか』
『うん!
お兄ちゃんは、あそこで剣を学んでいるの?』
『おう!俺は、仲間と一緒にあそこで剣を学んでるよ』
そう言い切ったその人の横顔を、今でも覚えている。
勝ち負けや損得など、何もこだわっていない。
ただ純粋に、楽しくて剣を学んでいるという顔だった。
『お兄ちゃんは……剣が好き?』
『ああ、そうだな』
私のくだらない問いかけにも、丁寧に答えてくれた人。
そのときの私は、「すごくいい人だ」と思ったのだった。
その後、その人は自分の家――試衛館でお茶と饅頭をごちそうしてくれて、
さらに私が一人で自宅に帰れるところまで送ってくれた。
『ねえ、お兄ちゃん。わたしは「」って言うの。
お兄ちゃんのお名前は?』
そうして、別れ際。
私はずっと気になっていたことを問いかけた。
『か、いい名前だな。
俺は永倉新八ってんだ、よろしくな』
――そう、その人こそが。
私がずっと会いたくて追いかけてきた、永倉組長だったのだ。
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