『お前と会えるのも、今日で最後だ』
嫌だ、行かないでほしい、と。
言えなかったわけでもない。
だけど、それでは永倉組長の意志を否定してしまう気がしたから。
私は、一言だけ言った。
『…………どうか、お体に気をつけて』
『ああ……お前もな、』
その日、最後の稽古をつけてもらった私は、
組長に最後の別れを告げて帰路に着いた。
『……あら』
『どうかしたの、お母様』
今しがた町に出て買い物をしてきたというお母様。
自分の買ってきた物を見返して、ふとつぶやいた。
『それがね、。
お豆腐を買い忘れてしまったようなの』
困ったように眉尻を下げながら、お母様が言った。
『じゃあ、私が買ってくるわ』
『けど……だって、今まで出かけていたじゃないの』
面倒でしょう、というお母様に、私は笑顔で答えた。
『ちょうど行きたいところがあったの。
お豆腐くらい、ついでに買ってこれるよ』
『そう?それならお願いしようかしら』
すぐに帰るから、とお母様に伝えて、私は家を出た。
『……変わってないな』
当たり前か、あれから数週間しか経っていないのだから。
自分のつぶやきに、私は自分で苦笑いをした。
家を出た私は、とある場所を訪れた。
近くには大きな道場のある、この場所。
そう……
ここは、永倉組長と毎日共に稽古をした場所だ。
『新八さん…………』
ここであなたに、稽古をつけてもらって。
共に他愛もない話をしたりして、過ごした場所。
あなたが居なくなった後も、私にとっての大切な場所だ。
きっと、それはずっと変わらない。
『新八さん、あなたは……』
あなたは、お元気にしているでしょうか。
風邪など、ひいてはいないでしょうか。
きちんと食事は摂っているでしょうか。
無理をしては、いないでしょうか……。
次々に浮かび上がる疑問。
だけどそれを聞ける人は居なくて、私はただその場に立ちすくむ。
『…………そろそろ帰らないと』
いつまでもこの場所に居るわけにもいかない。
いつまでも……想い出に浸っているわけにもいかない。
『お母様も、待っているもの』
お豆腐を買って帰らなければ、と思い、歩き出そうとしたそのとき。
誰かの叫びが聞こえた。
『大変だぁ!!人斬りが出たぞ!!』
『人斬り……?』
この平和な町に、人斬りだなんて。
何かの間違いかとも思ったが、自宅のある辺りが妙に騒がしい。
『お母様…………』
何か嫌なものを感じた私は、急いで自宅へ向かった。
『これは…………』
ひどい状況だった。
刀を持った男たちが、無差別に人を斬っていく。
何も知らない人々が、逃げ惑う。
まるで地獄絵図のような、とは、このことだろうか。
私はそれが現実だと信じられなかった。
『助けて……!』
そんな私の意識を現実に引き戻したのは、その声だった。
いつも私を見守ってくれていた、あの声。
『お母様…………!?』
止まっていた足を何とか動かし、再び自宅の方へ走り出す。
すると、角を曲がったところで、人斬りに襲われているお母様を見つけた。
どうやらお母様は、恐怖のせいで足が竦んでしまって動けないようだ。
『お母様!』
『この町を再生するためだ。
悪いとは思うが、死んでくれよ……へへっ』
刀を持った男は、嫌な笑みを浮かべてお母様に迫る。
『お母様!』
男が刀を振り上げた。
私は急いでその男との間合いをつめようとする。
『あばよ』
『お母様!!』
間に合って…………!!
『あああぁぁあ!!!』
だけど、私のその願いは儚く散った。
悲鳴を上げたあと、どさ、という音を立てて、お母様の身体は崩れ落ちた。
『お母様……!!』
急いで駆け寄る。
だが、お母様の意識は朦朧としていた。
『はっ、一足遅かったようだなぁ』
未だに嫌な笑みを浮かべるその男は、私を見てそう言った。
『…………さない』
『あ?何か言ったか?』
『許さない…………』
この平和な町を滅茶苦茶にしたこと……
お母様を斬ったこと…………
『許さない…………!!』
その場にあった刀を拾い、私はそれを男に向ける。
『そんなもん持って何する気だ?お嬢さんが戦うのか?』
『…………』
『……可愛くない女だな。
よかろう、お前も母親と同じように斬ってやる』
そう言った男は、既に次の瞬間には地に臥していた。
『…………この私が、お前などに斬られるはずもない』
もう返事もしなくなった男に向かって、私は言い放った。
→第十七話
→戻る