「申し訳ありませんが、局長殿か副長殿はいらっしゃいませんか」


ちょうど屯所に入ろうとしていた隊士に、私は声を掛けた。


……こうしてこの台詞を言うのは、三度目だっただろうか。
私はそんなことを考えて、少しおかしくなってしまった。



だが、目の前に居る人は二度目とは違い、怪訝そうな顔をして私を見た。
まるで、初めて声を掛けたあの日と同じように。















「ふふ……そんなに怪しまないで下さい、藤堂組長。
 初めてここを訪れるわけではないのですから」

「って……お前もしかしてか!?」


私だと気付いたらしい藤堂組長は、驚いてこちらを見る。







「そんなに解りませんか?」

「いや、よく見れば解るかもしれねぇけど……
 けど今は女の格好してるし」


言われなければ、解らないかもな。


藤堂組長は、少し苦笑しながらそう言った。










「それならば、私にも監察方の任を任せて頂けるかもしれませんね」

「な、何言ってんだよ、全く。
 オレは騙せるだろうけど、きっと土方さんみたいな人にはばれると思うぜ」


今度は罰の悪そうな顔をしてそう言う藤堂組長。
私はおかしくなって、少し笑った。
























――永倉組長の言葉により新選組を抜ける決意をした私は、
あの討ち入りの後、屯所に戻って局長と副長にその旨を伝えた。





『新選組を抜けたい、だと?』

『はい』


心なしか、普段より厳しい表情でそう言った副長。
だけど、私にも譲れないものはある。



初めて言葉を交わしたあの日――新選組に入れてくれるよう頼んだあの日。
あの日と同じように、私は余計なことは言わずじっと副長の目を見つけた。














『……その目からして、冗談で言ってるわけじゃないんだろう』


だが、と副長は言葉を続ける。







『どうして新選組を抜けたいのか……
 それを、きっちり説明してもらわねぇと納得できねぇな』


あれだけ新選組に入りたがっていたお前が、
どうして今になって新選組を抜けたいと思ったのか。



それを説明しろと、副長は言う。










『…………』


今までのことを全て話せば、この人は解ってくれるだろうか。



私は少し迷った。














『待ってくれ、土方さん。説明なら俺が……』


ずっと隣に居てくれた永倉組長が、初めて口を開いた。
どうやら、私が話しづらくて黙っているのだと思ったらしい。

だけど、私はそんな永倉組長の声を無言で遮るように、組長の前に腕を伸ばした。














…………』

『お気遣い、ありがとうございます。
 ですが、これは私の問題』


自分でご説明します、と言うと、
納得がいかない様子を見せながらも、永倉組長は再び黙り込んだ。














『「」ってのは……お前の名前か』

『はい』


副長の問いに、私は迷いなく答える。







『私は、……と申します。
 あなた方もいらした江戸が、私の故郷です』


それから私は、今までのことを全て話した。
私が何を思い、ここまでやって来たのか……
それを、一つも漏らすことなく説明した。















『私は……ここで新選組の隊士として人を斬ることが、
 永倉組長のためになるのだと考えていました』


けど、そうではなかった。
永倉組長は、私にそんなことを望んではいなかった。







『永倉組長が望まないのであれば、私はもう人を斬りません。
 人を斬らない隊士は、この新選組には必要ないのです』


だから、新選組を抜けようと思いました。



そこまで説明して、私は副長の目をじっと見た。
話すべきことは、もう全て話したと思ったからだ。


そう、後は……
後は、副長の言葉を待つだけだった。














『……お前の決意は解った。除隊を認める』

『副長……』

『だが、一つ条件がある』

『条件、ですか?』


私が問うと、副長は少し笑って言った。







『これからも、ときどきでいいから顔を見せに来いよ』


条件はそれだけだ、と言って、副長は部屋を出ていってしまった。














『副長…………』


何事にも厳しい副長が、新選組から抜けることを許してくださった。
私の想いを、解ってくださったのだ。







『承知しました……ありがとうございます…………』


副長が去っていった方へ、私は頭を下げた。














『…………良かったな、

『……はい』










それから私は、新選組の屯所とはさほど遠くない場所に住む場所を探した。
そして少ない荷物をまとめ、簡単な挨拶を済ませて屯所を出た。



『とりあえず、なるべく毎日顔は出すようにするからよ』

『ありがとうございます。
 けれど、それでは島原に行く時間もなくなってしまいますよ?』

『な、何言ってんだよ』


私がそう言うと、永倉組長はしどろもどろになってしまった。
けれど、私はそれがおかしくて、少し笑ってしまう。















『……けど、そうだな』

『え?』


唐突なその言葉にわけが解らず、私は組長の言葉の続きを待つ。







『酒が飲みたくなったら、ここに来ればいいってことだろ』

『私がお酌をするのですか?』

『なんだ、嫌なのか?』

『それは……』


嫌か、と聞かれれば。
私がそう答えるはずもないだろう。














『いいえ……喜んでお酌させて頂きます』

『おう、頼んだぜ。
 そんときは平助や左之も連れてくるから、みんなでぱーっとやろうな!』

『はい』


戸締りはしっかりしろよ、なんて言いながら、
永倉組長は屯所に戻っていった。














『…………』


これから、ここで私は生活していく。
今までのように、仲間と呼べる人たちは、周りには居ないけれど……







『それでも、私は幸せです』


とても大切な、あの人と共にこれからを歩んで行けるのだから。















『お母様…………』


どうか、見守ってくださいね。





夕焼けに染まる空を見上げ、私はそうつぶやいた。









第二十話

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