「……って、なんか話し込んじまったけど、
お前、近藤さんと土方さんに用があったんだよな?」
「はい」
忘れてた、という風に藤堂組長は言った。
「えっと……確か今なら二人とも居るだろうから、
部屋に行けば会えると思うぜ」
「承知しました」
そして私は局長の部屋に向かい、簡単な挨拶をした。
局長も初めは私だと気付かなかったようで、解った後には、とても驚いてらして。
「やはり、私にも観察方の任を頂けそうですね」
苦笑している藤堂組長にそう声を掛けると、その言葉に別の人の声が答える。
「何言ってんだ。
確かに少数の人間は騙せるかもしれねぇが、
だいたいの人間にはすぐに見破れるのが関の山だろ」
声のした方を見ると、ちょうど副長が部屋のそばを通りかかるところだった。
「土方副長……」
「……しばらくぶりだな、。元気にやってるか?」
「はい……ようやく日々の生活にも慣れてきたところです」
さすがの土方副長は、私のことが解ったらしい。
以前と変わらぬ様子で、話しかけてくださった。
「それは良かったぜ。
千鶴もお前のこと、心配してたからよ」
「千鶴が……」
「ああ。さっき通りかかったら庭で洗濯してたから、
行けば会えるだろうな」
「承知しました、ありがとうございます」
私が頭を下げると、体には気をつけろよ、と言い残し
土方副長はそそくさと立ち去ってしまった。
「土方さん、今日は朝からあんな感じなんだ」
「お忙しいのですね」
「まあ、トシの場合は忙しすぎると思うんだが」
少しは休むように言っても、聞かないんだ。
困ったように言う局長を見て、私は微笑ましく思った。
「それにしても……くんが元気そうで良かった。
雪村くんだけでなく、みんな……もちろんトシも、心配していたからな」
「はい……」
自分の目的のためだけに無理を言って、新選組に入れてもらい、
そしてまた自分の目的のためだけに、新選組を抜けたいと言った。
本来ならば、そんな私に皆は嫌気をさすだろう。
……だけど、予想に反してそんなことは無かった。
皆、私のことを心配してくれていたのだ。
「とにかく……これからも元気に、幸せに暮らしてくれ」
「……はい」
「新八っつぁんがなんかしたら、オレたちが懲らしめるからさ!」
「ありがとうございます」
藤堂組長の言葉がおかしくて、私はまた少し笑ってしまった。
「それでは、私は千鶴に会って参りますね」
「おお、そうだな。それがいい」
「藤堂組長、申し訳ありませんが……」
「また案内するふりしろってことだろ?任せとけよ」
私はもう一度お礼を言い、局長の部屋をあとにした。
庭の前まで歩いていくと、洗濯物を干す千鶴の姿があった。
「おーい、千鶴〜!」
作業に熱中している千鶴に、藤堂組長が声を掛ける。
「あ、平助君……
…………!」
振り返った千鶴は、真っ直ぐに私の方へ駆け寄ってくる。
「さん!」
土方副長と同じく、すぐに私だと解ったようだ。
「来てたんですか?」
「ええ、つい先ほど。局長に挨拶していたの」
「そうだったんですか」
これだけ干したらお茶入れますね、と言いながら、千鶴はまた作業に戻った。
「なーんだ、誰かと思ったら」
「久しぶりだな、」
そんなことを言いながらこちらに歩いてきたのは、沖田組長と斎藤組長だった。
二人も、すぐに私のことが解ったようだ。
「ご無沙汰しております、お二人とも」
私が軽く会釈をすると、沖田組長がつまらないという顔をする。
「なんか君もずいぶん丸くなっちゃったんじゃない?
せっかくだから手合わせ願おうかなーなんて考えたんだけど」
そんな様子じゃあ無理だね、と続ける。
「総司……そんなことを言うものではない。
は、もう隊士ではないのだからな」
相変わらず飄々としている沖田組長に、斎藤組長が注意する。
このやり取りも、とても懐かしく感じられた。
「どうしたんだ、みんなで集まって」
今度は、背後からそんな声が聞こえた。
「って……そうか、が来てたんだな」
「はい、お邪魔しております、原田組長」
「久しぶりだな。そろそろ新しい生活にも慣れたか?」
「はい」
変わらずに話しかけてくれる原田組長。
藤堂組長と、原田組長、そしてあの人……
三人には、初めから本当に親切にして頂いた。
「今度平助と酒でも持って遊びに行くからよ」
「はい……お待ちしております」
いつもの面々が集まってきた中、私はあることが気になり、辺りを見回した。
「新八か?」
それに気付いたのか、原田組長が小声でそう言う。
「……原田組長に嘘はつけないようですね」
「そうだろ?」
冗談めかしてそう言った原田組長。
だけど、私の疑問に対しすぐに答えをくれた。
「新八は巡察に出てるんだが、そろそろ帰ってくると思うぜ」
「そうですか……」
「ここで休憩がてら、待ってたらどうだ?」
「ええ……それではお言葉に甘えて、そうします」
私はそこでいったん、組長たちや千鶴と別れた。
『よお、!
どうだ、今日も何事も無かったか?』
『新八さん……
新選組に居た頃とは、違うのです。刀を振るっているわけでもありません。
危険なことなど、そうそうあるものではないでしょう?』
あの人は、あれから毎日私のところに様子を見に来てくれた。
非番の日ならまだしも、隊務で忙しない日も欠かさず。
それは嬉しくもあったが、反面、心配でもあった。
『私は大丈夫ですから……あまり心配しないでください。
ここに寄るのも、一苦労でしょう』
私は、あの人のために生きようと思った。
これからを共に生きていけるということも、本当に嬉しい。
……それでも、足枷になりたいわけではなかった。
あの人は、毎日自分の時間を削ってここに来ている。
それが、少しつらかった。
『なーに遠慮してんだよ。
俺が来たくて来てるんだから、気にすんな』
『ですが……』
『なんだ、それともお前は嫌なのか?』
『そんなこと……!』
あるはずも、ない。
『……なら、いいだろ?』
『はい……』
そうして言いくるめられてしまった。
私は、どうやらあの人の言葉には勝てないらしい。
――そんなことを思い出しているときだった。
誰かに、肩を軽く叩かれた。
「来てたんだな……」
「はい……」
振り返ると、今しがた考えていた人の姿がある。
「巡察ご苦労さまです、新八さん」
「おう!」
私の言葉に、新八さんは元気よく答えてくれた。
……そこでふと、私はあることを思い出す。
「今日は……新八さんに、お伝えしたいことがあったのです」
「俺に?」
「はい……
私、塾で子どもたちに学問を教えようかと思います」
近所にある塾で、ちょうど教師を募っているという話を聞いた。
もともと人に何か教えることが好きな私は、やってみたいと思ったのだ。
「そっか……お前に、合ってると思う」
「そうでしょうか?」
「ああ……刀なんか持つより、そっちの方が合ってる」
俺も応援するからな、と新八さんは笑顔で言ってくれた。
「はい……
私は『そのままの私』で……私らしく、生きていこうと思います」
そして、「そのままの私」で、あなたのそばに居ます――――
君は君のまま
(そのままの君で、俺のそばに居てくれ)
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