『どうやら新しい奴が入ったらしい』
新選組の屯所内は、どうやらその話題で持ちきりのようだった。
行く先々で隊士たちが似たような会話をしている。
『おはようございます』
『あ、あぁ』
『よう』
私はその会話に気付かないふりをして挨拶し、
そのまま彼らの前を通り過ぎた。
『見れば見るほど、細っこい奴だよな』
『ああ……あんなんで新選組の隊士が務まるのか?』
予想通りではあったが、
私の入隊はあまり歓迎されたものではなかった。
それは、幹部たちにも言えること。
『役に立たなかったら、僕が君を斬るからね』
幹部の中で私を一番警戒していたのは、沖田組長だった。
だが、そう言われても仕方がないことは解っていたので
「承知しました」とだけ答えておいた。
ここで信頼を得るためには、力を見せるしかない。
だから私は、必死に稽古に打ち込んだ。
『おう、頑張ってるな、』
『ほら、水と手ぬぐい持ってきてやったぞ!』
常に厳しい目で見られていた私だったが、
親しげに声を掛けてくれる人も居た。
その筆頭が藤堂組長に原田組長……そして永倉組長だった。
『ありがとうございます』
私はそう言って、藤堂組長から水と手ぬぐいを受け取る。
隣に居る原田組長は、「は努力家だよなぁ」なんて言っている。
『ところで……
永倉組長がどこにいらっしゃるかご存知ありませんか?』
『新八? あいつなら確か……』
『用があるって、出掛けてった』
『そうですか……』
ため息をついた私に、原田組長が問いかける。
『新八に用事か?』
『ええ……稽古を付けて頂きたかったのですが』
いらっしゃらないのなら、仕方ありませんね。
私がそう言うと、藤堂組長が慌てて付け足す。
『いや、でも、すぐ帰るって言ってたし!』
『そうそう、どうせあいつの用なんて大したことねぇよ』
『だよな!』
そんな二人の会話が面白くて、私は思わず笑ってしまった。
おそらくは私を励まそうとしてくれたのだと解ったから、
それがありがたくもあったのだ。
『たぶん、ちょっと休憩してたら帰ってくるからさ』
『そうだぜ、お前は少しくらい休憩した方がいい』
『はい……では、そう致します』
二人の気遣いが嬉しかったから、
言われた通り私は休憩することにした。
そうして、成り行きで二人と共に話していると、
向こうから誰かが走ってきた。
『おーい!』
永倉組長だ。
『おかえりなさい、永倉組長』
『おう、今帰ったぜ!』
私が声を掛けると、永倉組長も元気よく返してくれた。
『新八、やっと帰ってきたか』
『ん? 何だ、俺になんか用か?』
『オレたちじゃなくてだよ。
新八っつぁんに稽古つけてほしいってさ』
それなのに新八っつぁん居ないしさー!
と、藤堂組長が少し咎めるように言う。
『ああ、そうか、悪かったな……
…………っておい! なんで平助に謝んなきゃなんねぇんだよ』
そう言いながら、永倉組長は藤堂組長の頭を勢いよく叩いた。
『ってー! 何すんだよ、新八っつぁん!!』
『お前が調子いいこと言ってるからだろ!』
何故か喧嘩に発展してしまった二人のやり取り。
止めた方がいいのだろうかと迷う私は、
なんとなく原田組長の方を見やる。
『ま、いつものことだから放っておけよ』
『は、はい』
それでいいのだろうかと思わなかったわけでもないが、
原田組長は私よりよっぽど二人との付き合いが長いのだ。
二人の性格は、よく知っているだろう。
そう思った私は、原田組長の言う通りに
そのまま二人のやり取りを黙って見ていた。
『って、俺は喧嘩しに来たわけじゃねぇんだった』
何かを思い出したらしい永倉組長は、
先ほどから手にしていた包みを私の方に差し出した。
『え……?』
わけが解らず、私はただただその包みを見つめる。
すると、永倉組長が補足してくれた。
『お前に団子買ってきたんだよ』
『団子……ですか?』
『ああ』
満面の笑みでそう返す永倉組長。
だが、私は未だにわけが解らない。
『あの、どうして突然……』
控えめに聞いてみると、永倉組長は笑顔のまま答えてくれる。
『いや、なんか用があって町に出てたらうまそうな団子が売っててな。
お前も甘いもんとか好きだろうって思って買ってきた』
『え、……』
それは……私のために買ってきてくれた、ということだろうか。
『お前けっこう頑張ってるし、ご褒美ってやつだな』
『永倉組長……』
嬉しかった。
新選組に入ってまだ数日しか経っていないのに、
永倉組長は私のことをそんな風に見てくれていたとは。
『ありがとう、ございます』
嬉しくて少し黙り込んでしまったが、なんとか声を出して。
私はやっとお礼を言えたのだった。
『い、いや、そんなに喜んでもらえたら嬉しいぜ』
何故かしどろもどろになる永倉組長。
そんな組長を不思議そうに見ていると、
隣で原田組長と藤堂組長がため息をついていた。
『ったく……新八の奴、本当に仕方ねぇ奴だな』
『だよなー』
二人の会話の意味は解らなかったので、
私はひとまずその会話には参加しないでおいた。
『ところで……団子、こんなにたくさん買ってきてくださったのですね』
私がそう言うと、永倉組長は再び笑顔になる。
『ああ……なんかほら、たくさんあった方が嬉しいかなと思ってよ』
永倉組長がそう言うと、すかさず藤堂組長がつっこみを入れる。
『って、が一人でこんなに食えるわけねぇじゃん!』
確かに、この量は一人で食べるようなものじゃないけれど……。
『先のことを考えて買ってこいよ、新八』
私が手元の団子に目線を落とし、そんなことを考えていると、
原田組長も藤堂組長の言葉に賛同するようなことを口にした。
『なっ、なんだよお前ら、せっかく買ってきたってのに!』
『だからそれはいいんだけどさー』
『気遣いがいまひとつっつうかな』
二人の言葉で、徐々に劣勢になっていく永倉組長。
そんな三人のやり取りを見て、また私はこっそり笑った。
『ですが、こんなにたくさんの団子をもらうなんてそうそうありませんから。
私はとても嬉しかったです』
本当にありがとうございます、永倉組長。
私のその言葉に、永倉組長はほっとしたような顔をする。
『せっかくですから、皆さんで一緒に食べませんか?
千鶴を呼びに行くついでに、お茶を淹れて参りますので』
新選組に入った日、
屯所に居候していた少女――雪村千鶴にも、私のことは話された。
私が男として新選組に入ったことを説明し、また、
反対に千鶴が新選組に男のふりをして滞在することになったことなど、
簡単にではあるが説明してもらった。
同じ女であるからなのか、
千鶴は私のことを初めから慕ってくれていた。
だから、私も彼女に接するのは好きだった。
なんだか妹ができたみたいで。
『千鶴、私……だけど』
『あ、さん! どうかなさったんですか?』
障子を隔てた場所で声を掛けると、
間をあけずしてすぐに千鶴が部屋から出てきた。
私が永倉組長の団子の話をすると、彼女は笑顔になって言う。
『じゃあ……お茶の用意をしましょうか、さん』
『うん』
そうして二人でお茶を用意して、
先ほどまで永倉組長たちと話していた縁側に戻った。
『お待たせ致しました』
そう言って私と千鶴がお茶を配ると、
三人がお礼を言って受け取ってくれた。
『じゃ、団子食べようぜ!』
藤堂組長の言葉により、それぞれが団子を食べ始めた。
『わあ、すごくおいしいですね、さん!』
『そうだね、私が今まで食べた中で一番おいしいかもしれない』
団子がもともとおいしかったのかもしれない。
だけど、そのときの私には、
永倉組長が私ために買ってきてくれたということが、
一番大きかったのだ。
『さーてと!
、食べ終わったら稽古つけてやるからな』
『え?』
『それで俺を探してたんだろ?』
永倉組長……
最初のやり取り、ちゃんと覚えててくれたんだ…………。
私は頬が緩みそうになるのを必死にこらえ、答えた。
『はい……よろしくお願い致します、永倉組長』
『おう、任せとけよ!』
ああ、やっぱり。
あなたは、とてもあたたかい人です……――――
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