『今夜、この呉服屋を叩く』



          副長が京の地図を広げ、とある場所を差しながら言った。















          『呉服屋……?』



          ある日、朝食をとった後、幹部連中に私を加えた面々が、そのまま広間に残されていた。
          重々しい雰囲気の中、副長は今宵の討ち入りについて話をしていく。










          『最近怪しいと思って山崎に調べてもらってたんだが……
           やはり当たりだったらしくてな』



          どうやら、副長は前々からその呉服屋に目をつけていたようだ。
          しかし、調査を中断して討ち入りをするということは、
          何らかの有力な情報を得たということだろうか……















          『あの呉服屋で攘夷浪士が集まって何やら企んでるって噂があったんだが、
           どうやらそれが事実だったようだ』



          私や、他の面々も抱いているだろう疑問に、副長は順に答えていく。










          『その攘夷浪士たちは、定期的にあの呉服屋に集まってるらしい。
           まさか呉服屋が密会所だとは思うまい、ってことらしいが……』



          甘い考えだったな、と副長は言った。















          『奴らの目的は、俺たち新選組の屯所を襲って
           自分らを取り締まる団体の力を削ぐことだ』



          もちろん、その攘夷浪士たちに山崎さんの存在は知られていないらしい。
          だから、今このときに手を打てば、まだ間に合うというのだ。















          『最初に言った通り、討ち入りは今夜だ。
           それまでは各自、自由にしててくれ』



          解散だ、という副長の言葉に伴って、
          辺りにあった重々しい雰囲気は薄れた。




















          『討ち入りだってよ』



          藤堂組長が、原田組長と永倉組長に向かって言う。










          『思いっきり暴れてやろうぜ!』

          『ああ、そうだな』



          待ってましたと言わんばかりの、永倉組長と原田組長。
          そんな三人の会話をなんとなく聞いていると、
          ふと永倉組長がこちらを振り返った。















          『お前は初めての討ち入りだよな。大丈夫か?』



          そう言って私を気遣ってくれる、永倉組長の気持ちが嬉しい。










          『はい……ご心配には及びません。
           剣は、習いましたから』



          だから私は、お礼の意味を含めてそう返したのだ。















          『習っただけじゃ、駄目だと思うけどね』



          そのとき、背後から嫌な声がした。
          振り返らなくても解る、この声は。










          『実戦で役に立ってくれなきゃ、全く意味がないよ』


          嫌な笑みを浮かべながらそう言ったのは、やはり沖田組長だった。
          この人は初めから私をよく思っていないから、こう言われるのは仕方がない。





          だが、役に立たないと決め付けられるのも嫌だった。















          『……ご忠告ありがとうございます、沖田組長。
           必ず、ご期待に添ってみせますね』



          私のその言葉に一瞬顔をしかめた沖田組長であったが、すぐ笑顔に戻って言った。










          『せいぜい頑張ってよね』



          そうして沖田組長は去っていった。















          『気にすんなよ、。総司はいつもあんな感じだから』

          『……はい』



          永倉組長が声を掛けてくれた。
          だが、私には解っていた。





          ここで力を見せなければ、新選組を追い出されるということが。



          初めに副長は言ったのだ……何かあればすぐに追い出すと。
          あの人は言葉を違えるような人ではないだろうから、沖田組長ではないが、
          私が実戦で役に立たないと解れば追い出すだろう。















          『…………だけど、私はここを離れるわけにはいかない』



          ――――私には、ここでやりたいことがあるから。





          隣に居る永倉組長を見つめながら、私はまた決意を新たにした。











































          夜になり、私たちは討ち入りする準備を整えた。










          『気をつけてくださいね、さん』

          『解ってる。あまり心配しないで、千鶴』



          当然のことながら、戦えない千鶴は屯所で留守番をする。
          だから、私たちが屯所を出る直前、そんなことを言ったのだ。















          『無傷で、帰ってくるよ』

          『はい……』



          未だ心配そうにする彼女に向かって、私はそう言い切った。







































          『ここが、さっき話した呉服屋だ』



          少し離れた場所で、副長が討ち入りする面々に説明をする。
          あの呉服屋には表と裏で出入り口が二つあるから、
          両方から一気に攻め込むという作戦でいくのだという。










          『近藤さんと、三番組、八番組、十番組は裏から、
           俺と一番組、二番組は表からだ』



          今宵討ち入りに来ている一番組、二番組、三番組、八番組、十番組……
          そして局長と副長が、それぞれ表口と裏口で振り分けられた。















          『位置についたら、山崎の合図で一気に攻め込むぞ』



          副長のその言葉に、皆が頷く。
          そうして、私たちはそれぞれの位置についた。















          『…………合図だ。行くぞ』



          まもなくして、辺りに笛のような音が響いた。
          どうやらこれが合図らしい。










          『刃向かう奴は斬れ。斬らなければ自分が斬られると思えよ』

          『解ってますよ、土方さん』



          そんなことを言い合う副長と沖田組長の後に続き、
          私たち二番組も呉服屋に足を踏み入れる。















          『新選組だ!ここで攘夷浪士の密会が開かれてることは解ってる。
           斬られたくなければ大人しくしろ!!』















          『なっ……新選組だと!?』
 
          『どういうことだ!!』



          副長のその声に、中に居た攘夷浪士たちがうろたえる。










          『知られちまったもんは仕方がねぇ……
           殺られる前に殺るだけだ!!』



          そう言って向かってきた一人の浪士を筆頭に、
          その呉服屋に居た全員が私たちに向かってくる。















          『近藤さんの行く手を阻む奴は、僕が斬るよ』



          言葉通り、沖田組長は勢いよく浪士を斬っていく。










          『おらおら、こんなもんかよ!!』



          それに負けじと、永倉組長も刀を振り回す。














          『、そっちに行ったぞ!』



          副長の言葉通り、私に向かって一人の浪士が向かってきていた。










          『こいつなら倒せそうだな!』



          そんなことを言いながら、その浪士は私に斬りかかる。















          『!』



          永倉組長の声がした。
          だが、私はそれに答えることなく刀を抜き……










          『ぐあああぁ!!』



          相手を、斬った。















          『……ふうん、けっこう素早いんだ』



          沖田組長が何か言っている気がしたが、私の耳にはその声は届いておらず、
そして私の目には、もう敵の姿しか映っていなかった。





          刀を振るい、次々に浪士を斬ってゆく。
          心を無にして、ひたすら。















          『……』





          
そんなとき、永倉組長が私の名をつぶやいた気がした。







第四話

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