討ち入りの後、私は千鶴に言った通り無傷で帰った。
『お前、大活躍だったんだってな!』
『すごいじゃねぇか』
『ま、思ったよりは役に立ったって感じかな』
その討ち入り以来、皆の私を見る目が変わった。
もともと好意的だった藤堂組長や原田組長も、
私をきちんと「隊士」として見てくれるようになった。
初めから厳しい目で私を見ていた沖田組長でさえ、
前よりどこか接しやすくなった。
『よくやった、。これからも頼むぜ』
『はい……こちらこそ、よろしくお願い致します』
私はようやく、新選組の隊士として受け入れられたのだった。
『…………』
だが、そのとき。
永倉組長が複雑な表情をして私を見ていたことに、
私は全く気付いていなかった。
『今日も頼むぜ、』
『はい、承知しました』
それから、私はほぼ毎回討ち入りに参加していた。
沖田組長や斎藤組長ほどではないが、私もそれなりに敵を倒している。
それが、新選組で評価されていたのだった。
『も頑張ってるよなー』
『だな。最初、女が入ってきたって聞いたときは
どうなることかと思ったけどよ』
藤堂組長と原田組長が、そんな言葉を掛けてくれた。
私にとっては、これ以上ない言葉。
……何故ならば、あの人のためになっていると思えるから。
『本当、最初は絶対役立たずになると思ったんだけどね』
『総司……そのような言い方は良くない』
幹部連中との間には、もう以前のような妙な距離も壁も無い。
ほんの少しでも、私の存在に意味があるのだと思える。
そのことが、とても嬉しかった。
『、そろそろ巡察の時間だぜ』
『はい、永倉組長』
その場には居なかった永倉組長が、私を呼びに来てくれたようだ。
そしてその声に合わせ、私は立ち上がる。
『では皆さん、私は巡察に行って参ります』
『おう、頑張れよ〜』
皆に見送られながら、私は永倉組長と共に巡察に向かった。
……あれから半年ほど経った。
たった半年と言えど、私は皆の信頼を得ることが出来た。
局長も副長も、私を信じてくれている。
相変わらずの憎まれ口を叩く沖田組長にも、それは当てはまった。
しかし、永倉組長は私が出陣するたび……
…………否、私が人を斬るたびに哀しそうな顔をしていた。
そんな顔をしてほしくなくて、いつも自信たっぷりに笑っていてほしくて、
私はある日、永倉組長に問いかけた。
『組長……どうして、私が人を斬ると哀しそうな顔をするんですか』
目を見開いた後、少し間を空けて永倉組長は答える。
『…………お前には、人を斬ってほしくないからだ』
『どうしてですか』
私は、あなたのために新選組に入ったのに。
あなたのために、必死に人を斬ってきたのに。
どうしてそんなことを言うのだろうか……。
私の頭の中は、疑問で溢れていた。
『なんつーか……まだお前が入ってきてそんなに経ってないけど、
なんとなく解るんだよ』
『何が……ですか』
『お前は、こんなところで人斬りをやるような女じゃない』
どういうことだろうか。
私が黙っていると、永倉組長が口を開いた。
『確かにお前って話し方とかキチッとしてるし、礼儀正しいし……
なんたって刀の扱いに長けてるしな。
その辺、俺たちより武士っぽい気もする』
だけど。
『だけど、どうあったってお前は女なんだよ。
人を斬ってるときより、何気ない話をして笑ってるときの顔の方が何倍もいい』
『組長……』
この人は、何を言っているのだろうか。
人を斬るときと、普段話をしているときの顔なんて、
その違いなんて、きちんと見ていなければ解らないのに……
私のことを、見てくれているということ…………?
私が何も言えないでいると、永倉組長はまた話し出した。
『……そう思ってるからだろうな、
お前が人を斬るとき、俺が哀しそうな顔をしているとするなら』
自分じゃ解らねぇけどよ、と永倉組長は続けた。
『…………まあ、土方さんの話じゃ、お前の決意も固いみたいだし
新選組を出て行けとまでは言わねぇけど』
お前には、もっと別の場所の方が合ってる気がするんだ。
そこまで言って、組長は黙り込んでしまった。
一方の私も、未だ何も言えないでいる。
辺りに、沈黙が流れた。
『ま、まあ、なんだ。
これは俺が勝手に感じてることだから、お前は気にすんなよ』
まくし立てるようにそう言った永倉組長は、そのまま走り去ってしまった。
“人を斬ってるときより、何気ない話をして笑ってるときの顔の方が何倍もいい”
『永倉組長…………』
私は、一体どうしたらいいのだろう…………。
そんな複雑な想いを抱えたまま討ち入りしたのが、昨夜の宿屋だ。
『、危ねぇ!』
『……!!』
いつもは、心を無にして人を斬りに行くというのに。
そのときは、それが出来なかった。
だからだろう、背後から近づく敵に気付けなかったのは。
だから、そんな私を永倉組長はかばってくれたのだ。
「今まであんなに強かったのによ、急に弱くなるってありえないだろ」
「なんか変な薬でも使ってたんじゃねぇのか?」
屯所のいたるところで、私のことが話されている。
その中には、ただの想像に過ぎないものもあった。
だが、それをいちいち気にするわけにもいかないのだ。
言い訳じみたことを言えば、逆に不審がられるのは間違いないから。
私は隊士たちの会話を気にしないように、そっと道場に向かった。
「はあっ!」
私の心が弱かったために、背後から近づく敵に気付けなかった。
……永倉組長に、怪我をさせてしまった。
そんな想いから、私はひたすら稽古に励もうとした。
もう、昨日のような失態を犯さないように。
……だが、稽古すればするほど、浮かんでくるのは永倉組長の顔。
あの、私が人を斬ったときに見せる哀しそうな顔だ。
「どうして……」
どうしてあなたは、あのときあんなことを……。
私の頭には、もはやその疑問しかなかった。
→第五話
→戻る