「お、こんなところに居たのかよ、!」
「お前は頑張りすぎなんだって。少し休まねぇと、体壊すぞ」
その声にはっとなって道場の入り口を見ると、
藤堂組長と原田組長が入ってくるところだった。
「……ですが、昨夜の討ち入りで、私もまだまだ甘いということが解りました」
その甘さを無くすためにも、さらに強くならなくては。
私がそう言うと、今の今まで笑っていた二人からその笑顔が消えた。
「お前……新八のこと、気にしてんのか?」
「…………」
原田組長の問いに、私は答えられないでいる。
それが肯定を表しているのだと、二人は悟ったようだ。
「あのさ……気にするなって言っても無理かもしんねぇけど、
お前があんま気にしすぎると、新八っつぁんもつらいだろうしさ」
ああ見えて繊細なんだよ、新八っつぁんって。
藤堂組長のその言葉にも、私はまた何も言えないでいる。
「確かに、お前は背後から近づく敵に気付けなかった。
結果的に新八はお前をかばって怪我しちまったけど……」
お前にそんな顔をさせたくて、新八はお前をかばったわけじゃねぇだろ。
原田組長の言葉が、私に突き刺さる。
確かに、原田組長の言うことも解るけれど。
それでも私は、あの人にだけは無事で居てほしかった…………。
「…………お気遣いありがとうございます、お二人とも。
ですが、きちんと休息は取りますので」
このまま続けさせてください。
私は、二人に向かってそう言って頭を下げた。
「…………まあ、無理すんなよ」
「きつくなったら言えよな!」
「……はい」
絶対だぞ!と念を押す藤堂組長と未だ納得のいかなそうな原田組長だったが、
それ以上は何も言わずにその場から立ち去ってくれた。
「稽古を続けないと……」
再びそう考えたものの、やはり集中できない。
「…………このままでは駄目だ」
このままでいては、いけない。
そう思った私は、稽古をやめてとある場所へ向かった。
「失礼致します、副長。です」
「ああ……何だ?」
「お話があって参りました」
「……そうか、入れ」
副長のその言葉を受け、私はもう一度声を掛けてから部屋に入った。
「で、話ってのは何だ?」
少し間を空けて、私は話し始める。
「私は……しばらく、新選組を離れようと思います」
「何だと?」
副長が眉間の皺を深くしながら聞き返す。
その表情からは、少し怒っているような印象も受けた。
「……新選組を抜けるのか?」
「いいえ、そうではありません」
副長の言葉に対し、私はきっぱりと答えた。
「昨夜の討ち入りで、私自身、まだまだ甘いことが解りました。
だから私は、さらに強くなりたいのです」
そのための、修行に出たい。
私は、黙って話を聴いてくれる副長に向かって、そう言った。
「……新八のことがあるからか?」
「…………それもありますが」
本当は、最近薄々感じていたのだ。
永倉組長に恋焦がれることで、自分自身の剣が鈍っていたことを。
斬られそうになったのは、本当は昨夜だけではなかった。
その前の討ち入りや、稽古のときにも、
妙に自分の剣が鈍っているのを感じていた。
だが、副長の言う通り決定打は昨夜のこと。
他でもない永倉組長にかばってもらい、その上怪我を負わせてしまった。
それにより、私は自分の甘さを改めて思い知らされたのだ。
「お願い致します、副長……
修行に行かせてください」
私は、ここに入るときから副長にお願いしてばかりだ。
いつも我が侭ばかり通しているような気さえする。
それでも、今の私はここに居てはいけないから……。
自分の剣が鈍っていることを薄々感じつつも、何もしなかった。
そのせいで、永倉組長に怪我をさせてしまった。
誰よりも守りたかった人に、守られてしまった……。
「…………いいだろう、そこまで言うならここを離れる許可を与える」
「副長……!」
「ただし、だ」
私がお礼を言うより先に、副長は言った。
「必ず無事に戻って来いよ」
「…………はい、承知しました」
副長の鋭い瞳をじっと見つめて、私は力強く答えた。
「私は、必ずここに戻って参ります」
ここから逃げ出すのは、簡単なことだ。
だが、私がやりたいのはそんなことではない。
私は強くなって、永倉組長の力になりたいのだ。
だから、そうするためには、傍に居なければならない。
戻ってこなければ、ならない。
「私は必ず……戻って参ります」
自分に言い聞かせるように、私は副長に向かってもう一度そう言った。
翌日
「よう、新八。具合はどうだ?」
「ああ、土方さんか!
あんたが見舞ってくれるなんて珍しいな」
療養している部屋に入ってきた土方に向かって、
永倉は冗談めかしたように言った。
「ああ、たまには……な」
土方は、そんな永倉の言葉に苦笑しながら答える。
「そういや土方さん、を知らねぇか?
昨日の昼くらいから全然姿が見えなくてよ」
永倉の言葉に、土方は珍しくも動揺してしまった。
「なんだ? あいつに何かあったのか……?」
永倉もそれを感じ取ったのか、神妙な面持ちになって聞く。
「あいつは……は、昨夜屯所を出て行った」
「なん、だって……?」
土方の言葉に、何も言えなくなってしまった永倉。
そんな彼に向かって、土方は続ける。
「昨日、あいつが俺のところに来て言ったんだ。
修行するために、新選組を離れたいってな」
「修行……?」
わけが解らないといった永倉であったが、少し考えて何かに気づいたようだ。
「まさか……俺が怪我したから、か?」
「本人は曖昧に答えていたが、そういうことだろうな」
土方の言葉に、永倉は何も言えない。
「……それで、本当にあいつはここを出て行ったのかよ」
「ああ、俺が許可を出した」
土方が答えた瞬間、永倉は土方の胸倉を勢いよく掴んだ。
「なんでだよ!
あいつは俺の組の隊士だ……
俺に何も言わず決めるなんて何考えてんだよ!!」
永倉の言葉は、最もだった。
だからなのか、土方は何も言い返さない。
「俺は別に、あいつに負い目を感じてほしくて
あのときかばったわけじゃねぇんだよ…………」
土方の胸倉を掴んでいた永倉の手から、力が抜けていく。
「…………」
永倉はただ、今ここには居ない存在の名をつぶやいたのだった。
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