京から遠く離れた場所……
この山奥で、私は自分の甘さを正すために修行する。










「甘さを捨てるまでは、帰れない」



……いや、帰らない。



本来ならば、直属の上司である永倉組長にも
一言言って出なければならなかっただろう。










「だけど、会ってしまえばきっと……決心が鈍るから」



きちんと報告してけという副長の言葉も押しのけて、
私はそのまま支度を済ませて屯所を出てきた。















「待っていてください、組長」



必ず、あなたのもとへ戻りますから。





自分の甘さを捨てて、鋭い剣を取り戻したら…………。











































修行する山奥に着いて、私はこれからしばらく滞在する場所を見つけた。
そんなに大きくはないが、私一人が過ごすのなら十分な小屋。










「しばらく使われた形跡はないから、少し借りても大丈夫だろうけど」



食料や水もこの付近で手に入るし、申し分ない場所だ。















「さて……始めよう」



そうして私は、修行に取り掛かった。







































「…………今日はここまでかな」



初日は刀を全く握らず、精神集中の時間に費やした。
川のそばに座って、水の流れる音を聞きながら
ただ時間が流れるのを感じていた。















「私に足りないのは、強い心だ」



自惚れているわけではないが、おそらく剣の腕はそれほど劣ってはいない。
しかし、それを使いこなせないようでは意味がないのだ。










「だから、強い心を持たなくてはいけない」



強い心でもって、刀を振るう。
もう、あの人に怪我なんてさせたくないから。














「……そろそろ休もう」



山を登ってきた疲れもあるだろうからと、初日は早めに休んだ。








































『今日もお疲れ様です、永倉組長』

『ああ、お前か。悪りぃな』



庭先で一人、酒を飲んでいた永倉組長に私は声を掛けた。
そして組長にお酌し、隣に座る。















『お一人だなんて、珍しいですね』

『まあ……たまにはな』



いつもなら、藤堂組長や原田組長あたりと一緒に飲んでいるはずなのに。
私はそう思いながらも、それ以上は何も言わなかった。










『お前もよく頑張ってるよな、この男所帯で』

『とんでもありません、私はまだまだです』

『何言ってんだよ、みんなお前のこと褒めてたぜ。
 やる気もあるし剣の腕も一流だし、ってな』

『そう、ですか……ありがとうございます』



もしかしたら、気を遣ってくれたのかもしれない。
だが、永倉組長の言葉だからなのか、素直に受け入れることが出来た。










『少しでも組長方のお役に立てるよう、頑張りますね』

『おう、頼むぜ!』



新選組に入った当初、予想していたことだが、
私が女ということもあってか幹部連中との間に
何か壁のようなものがあった。


だが、いつからだろうか。
討ち入りに参加するにつれて、それも次第になくなっていった。














『そういえばお前、なんてゆう名前なんだ?』

『え? 、ですが……』



今さら何を、と思いつつも答えた私に対し、
違うと言って笑いながら組長は続ける。










『そうじゃなくて、下の名前だよ』



は苗字だろ?


そう言われて、私はやっと質問の意味を理解した。














『私は……、と申します』



少し間を空けて、私は答えた。















、か……いい名前だな』

『……そうでしょうか』

『ああ、お前に合ってる』




名前のことをそんな風に深く考えたことはないから、よくは解らないけれど。
組長にとってそうなのならば、私がとやかく言うことではない。


だから私は、何も言わずそのまま組長の言葉に耳を傾けた。










『親が付けてくれた、大事な名前だもんな』

『ええ……そうですね』



それは、感謝すべきなのかもしれない。














『おっ、そうだ!』



私が頷いた直後、組長が何か思いついたように組長が声を上げた。










『どうかされましたか』

『今度から、こうやって二人のときは「」って呼ぶからな!』

『え……?』



突然何を、と思ったものの、組長の中では既に決定事項のようだ。














『せっかくの名前、呼んでやらなきゃかわいそうだろ?』

『はあ……』



果たしてそうなのだろうか。
疑問に思いつつも、そのまま何も言えず
私はただ承知しました、とだけ答えた。










『んじゃ、とりあえず今夜は飲むぞ!
 お前も付き合え、!』

『は、はい!』



そのまま永倉組長の勢いに押されて、
私も酒盛りすることになってしまったけど。


、だなんて。
そう呼んでもらえたのは久しぶりだ。





私は不思議な感覚にとらわれたが、
同時に嬉しく思っている自分が居ることに、気付いていた。



他でもないあなたに、呼んでもらえたからだろうか…………?










第七話

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