「ん……」



眩しさに目を覚ます。
どうやら、隙間から日の光が入ってきていたようだ。















『今度から、こうやって二人のときは「」って呼ぶからな!』















「永倉組長…………」



どうして今、あのときのことを夢に見たのだろうか。
私にとって印象深かった出来事だったからなのか、それとも……。















「どちらにしても、今それを考えている場合ではない」



甘さを捨てるため修行に来ているのに、想い出に浸ってなんかいられない。



そう思い直して、私は今日もまた修行に取り掛かった。





































私が修行を始めてから、十日ほど経った。
何も言わずに屯所を出た私を、永倉組長はどう思っているだろうか。





怒っているだろうか。
それとも、呆れてしまっているだろうか。



いや、きっと……















「きっと心配しているだろうな……」



あの人は、そういう人だから。



……だけど私は、永倉組長を心配させたいわけではないのだ。
だから、簡単な文を出すことにした。




















「……できた」



書き終えた文を片手に、私はいったん山を降りた。







































「町に来たのは、十日ぶりか……」



修行して十日経ったということは、そういうことになる。















「…………さて」



私は文を届けてもらうよう処理を手早く済ませ、
ついでに、生活に必要なものを揃えていこうと考え町を歩き出した。








































『雪村さん、お手伝いしましょうか?』

『え……?』



勝手場で、棚の上にある桶を取ろうと四苦八苦していた彼女。
男装などしてはいるが、明らかにそれは「少女」だった。
とある事情で新選組に滞在することになったらしいが、
その事情というものは全く解らない。



だが、同じ女だから力になってやってくれ、とは
副長や永倉組長にも言われていたことだった。





もちろん、そんなことはなくても力になってあげたいとは思っていた。
こんな幼い少女が、この男所帯で生活するだなんてと考えたから。














『あ、、さん』

『届かないのでしょう? 私が取りますよ』



雪村さんは下がっていてください、と一言加えて
私は先ほどまで彼女が使っていた台に上がった。



……私も背が高いというわけではなかったが、その台に上れば十分に届く高さだった。










『どうぞ』



桶を取って、私はそれを彼女に手渡す。










『あ、ありがとうございます!』



彼女は慌てて桶を受け取り、そしてお礼を言った。















『他に、何かお手伝いできることは?』

『え、ええと……もうほとんど終わっているので、大丈夫です。
 ありがとうございます、さん』

『いいえ。では、私は戻ります』



そうして、私が勝手場を出ようとしたとき。










『あの、本当にありがとうござました、さん!』





『どういたしまして』



私は振り返りそれだけを言って、今度こそその場を離れた。






























『おはようございます、さん』

『おはよう、千鶴』



それ以降、私は彼女――千鶴と、よく話すようになった。
「雪村さん」と呼ばなくなり、敬語も使わなくなったのは
彼女の頼みがあったからだ。










さんの方が年上だし、なんだか敬語を使ってもらうのは申し訳ないです』



気を遣わなくていい、と私も言ったのだが、
彼女は意外にも頑固なようで、私もその申し出を受け入れることにした。















『なんだなんだ、いつの間にか千鶴ちゃん、と仲良くなったのか?』



そう言って割り込んできたのは、永倉組長だった。
副長と同じく千鶴を気遣っていた永倉組長も、どこか嬉しそうで。










さん、とっても親切にしてくださって』

『良かったな、千鶴ちゃん』

『はい!』



嬉しそうにする千鶴を見て、私も少し嬉しく思った。
何だか、妹ができたような感じがしたから。















『何だかんだで、お前も千鶴ちゃんと一緒に居ると楽しいだろ?』



同じ女の子だしな、と永倉組長は言った。



千鶴と別れて道場に向かう途中、私は組長と二人でそんな話をした。










『そうですね……彼女は妹みたいで、なんだか放っておけません』



だが、そんな彼女だからこそ一緒に居て癒されるのかもしれない。
私はそんなことを考えていた。















も人斬りじゃなくて、千鶴ちゃんみたいに家事やったらどうだ?』



冗談半分で言う永倉組長に、私は答えた。










『私は、刀を手にして戦うためにここに来たので
 そういうわけには参りません』

『……だよな』



永倉組長は、ため息をつきながら返事をした。
そんな彼の大げさな仕草に、私はこっそり笑ってしまうのだった。


















『遅いぞ、お前ら』

『オレたちずっと待ってたんだからな!』



道場の扉を開くと同時に、原田組長と藤堂組長の声が飛んできた。
誰も居ないと思っていたから、私は驚いてしまったけれど。










『おう、待たせたな!』



永倉組長がそう答えたことにも、私は驚いた。















『やっぱ、いろんな奴と打ち合った方が稽古としてもいいだろ?』



そう言って笑った永倉組長に、私はしばらく何も言えなかった。















『…………はい、おっしゃる通りです』



やっとのことで、それだけを答える。










『じゃ、始めるぞ!』



私と、新選組の間にあった壁は少しずつなくなってきている。
ただ永倉組長のことを必死に追ってきた私にとっては、
それはとても不思議なことだった。



だが、それを嬉しく思っている自分もいる。
これが「仲間」というものなのだろうか。










まだ確信には至らないが、そうなれることを私は心のどこかで願っていた。










第八話

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