「また、夢……」



今朝は千鶴と仲良くなった当初のことを夢で見た。
昨日は永倉組長に名前を呼ばれるようになった日の夢といい、
私は昔のことを夢に見てばかりいる。















「集中力が、足りないということなのか」



それとも…………。





私はそこまで考えて、首を横に振った。















「今はそれを考えている場合ではない」



今は、ひたすら修行に打ち込む。
それだけだ。



早く成長して、永倉組長のもとへ帰るために。















「……今頃、永倉組長はどうしているだろう」



おそらく、いつものように藤堂組長や原田組長と騒いでいるのだろう。
そんなことを考えながらも、私は朝食を済ませようと準備を始めた。








































「…………」















「新八っつぁん、最近ずっと元気ないよな」

「あいつが……が居ないからだろ」



が屯所を出てから、日に日に永倉から覇気が失われていった。
それを周りに気付かせまいと気を張っているようだが、
それすらも周りには明らかだった。



そんな永倉の様子を一番心配していたのは、
いつも一緒になって騒いでいた藤堂と原田である。
だが、彼らにはどうすることも出来ないことを、彼ら自身がよく理解していた。















が帰って来なければ、新八もずっとあのままだろうよ」

「それじゃつまんねぇって……」



そう思いながらも、二人は結局何も出来そうになくてそっとその場を離れた。

























…………」



一体あいつは、何処に行ったのだろうか。
土方さんの話じゃ修行しに行くってことらしいが、それは本当なのだろうか……。










「もう帰ってこないなんてこと、ないよな……?」



あいつは、間違いなく俺の怪我を気にしてる。
それで、責任を感じてここを離れたってことはないよな?



「修行」っていうのが、口実ってことはないよな……?





永倉はそこまで考えて、はっとなった。















「……ったく、俺らしくもねぇ」



あいつは、絶対に帰ってくるはずだから。
そう思い直して、永倉は次の行動に移るべく立ち上がった。



すると。















「おい、新八」



歩き出す直前、誰かに声を掛けられた。
振り返ると、そこに居たのは副長の土方で。










「お前に文が届いてるぜ」

「文だぁ?」



文が届くだなんて、ようやく俺の時代が来たな!



永倉がそう気丈に振舞うが、
それも空元気であることを土方は見抜いていた。





しかしながら、それをわざわざ指摘してやることもない。
そう思った土方は、そのまま先ほど口にしたその文を永倉に差し出した。










「ほらよ」

「ああ、悪りぃ……
 …………!」



そこには、几帳面な文字で「永倉組長へ」と書かれていたのだ。
それを見た瞬間、永倉は顔色を変えた。















「これは……」



この文字を、俺は見たことがある。
……いや、何度も見ていた。










…………?」



間違いない、彼女の文字だ。
いつも日々のことを紙に書いて報告してくれる彼女の、その字だ。



永倉は、慌ててその文の封を切り、中身を取り出す。















“永倉組長へ


こんにちは、組長はお元気にしていますでしょうか。
私は変わらず、修行に打ち込んでおります。


修行に行く前、黙って出てきてしまって申し訳ありませんでした。
二番隊に属していながら、永倉組長に一言もないというのは
おかしな話だと私も重々承知しておりました。


ですが、組長にお会いすれば必ず引き止められると思ったのです。
あなたは優しいから、怪我のことも気にするなと
そうおっしゃることは目に見えていました。



しかしながら、私はやはりまだまだ力不足なのです。
それを、この修行で克服したいと思っております。
だからどうか、このまま修行を続けさせてください。
必ず、あなたのもとに、新選組に戻りますから……。



                  





















「……は元気そうか?」

「ああ……」



……お前が帰ってくるっつーなら俺は待ってるぜ。
けど、無理はすんなよ。



文を読み終えた永倉は、心の中でそう思うことしか出来なかった。
差出人の名前こそ書いてあったが、
文を返せそうな宛て先などは、全く書いていなかったから。














「早く帰ってこいよ」











































私が修行を始めてから、二十日以上が経った。












「もう少しで、何か掴めそうな気がする」



強い心を持つことが出来れば、討ち入りのときにだって私はもう揺らいだりしない。
……永倉組長に、怪我をさせたりしない。










「もう、少し…………」



もう少しなのだ。





早く永倉組長のもとへ戻りたいと思う反面、私はとても冷静だった。
修行を始めてから十日あたりまでは、早く帰りたいという気持ちが思いのほか強かったのか、
昔のことを夢に見てばかりいたのに。



だが、ここ最近はそれもない。
おそらくは、私が強い心を持てる段階まで来ているということだろうが。














「不思議な感覚だな……」



心には、一点の曇りもない。
迷いもない。恐怖もない。



ただ、永倉組長のもとで、隊士として彼を補佐すること。
私の頭には、それだけしかなかった。







































「…………ここまでか」



虫の声と、風の音しかしないとき。
私はずっとつぶっていた目を開いた。
太陽が真上にあったあたりから、剣を振るうのをやめ
精神を集中させることに時間を費やしていた。



そうして、ふと目を開けてみると。
いつの間にか辺りは闇に包まれていた。










「頭がすっきりしている」



眠ってしまったというわけでは、もちろんないだろう。
何か冷たいものに包まれているように、頭も体もすっとしている。



修行は、ここまでだ。














「明日の朝、ここを発とう」



それは、修行の終わりを意味する言葉……
新選組に戻ることを、意味する言葉であった。









第九話

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