「申し訳ありませんが、局長殿か副長殿はいらっしゃいませんか」
ちょうど屯所に入ろうとしていた隊士に、私は声を掛けた。
……その隊士は、私が以前初めてこの場所を訪れたとき、声を掛けたのと同じ人物だ。
だが今の彼は、私を怪訝そうな顔をして見たりはしなかった。
「……お前、帰ってきたのか!?」
「はい、ただ今戻りました、藤堂組長」
驚きを隠せない様子の藤堂組長に苦笑しながら、私は答えた。
それから何か聞きたそうにしていた藤堂組長であったが、
私は局長と副長……そして永倉組長に報告すると言って
ひとまず藤堂組長とそこで別れた。
「失礼します、局長、副長。
二番組所属、ただ今戻って参りました」
藤堂組長の話によれば、局長と副長は二人で今後のことを話し合っているという。
だから私も、二人に報告するため局長の部屋を訪れたのだった。
「くんか!?」
そう言いながら勢いよく障子を開けたのは、局長だ。
先ほどの藤堂組長同様、とても驚いた様子で私を見ている。
一方の副長も局長ほど大げさではなかったが、少なからず驚きはあるようだ。
普段はあまり崩れない表情が、少し違っていた。
「修行とやらは終わったのか?」
「はい……自分の満足がいくまで、修行して参りました。
もう終わらせる頃合だと判断し、戻ってきたのです」
副長の言葉に、私は思ったことをそのまま話す。
口を開きかけ何か言おうとしたらしい副長だったが、
何か思い直したのか、少し間を空けて言った。
「……とりあえず、新八にも報告して来い。
話はそれからだ」
「…………承知しました」
そうして、私は局長と副長のもとを離れ、永倉組長のもとへ向かった。
「永倉組長」
道場で一人稽古していた永倉の耳に、
ずっと聞けなかった、けど聞きたかった声が入ってきた。
――まさか、そんな。
だが、この声は……
「…………?」
振り返るとそこには、ずっと帰りを待っていたの姿があった。
「永倉組長……長い間、何も詳細を話さず屯所を離れて申し訳ありませんでした」
何も言えずにいる永倉に向かって、は頭を下げる。
「自分の納得のいくまで修行をし、、ただ今戻って参りました」
……そうだ。
今ここに、目の前に居るのは間違いなくだ。
ずっとその帰りを待っていた、なのだ。
やっとそう認識できた永倉は、無意識のうちに彼女を抱きしめていた。
「組長……?」
その行動に驚くであったが、永倉を振り払おうとはしなかった。
自分の組の者が黙って修行に出た上、
詳しいことも聞かされずただただ待っていたのだ。
仲間想いの永倉ならば、やりかねない行動だろう。
そう思ったからこそ、はそのまま動かずにいた。
しばらくして、永倉がそっと離れる。
「よく、帰ってきてくれたな……」
「……はい、初めからそのつもりでしたので」
修行に出るのは、もともとここに戻ることが前提だったのだ。
だからは、当たり前だという風に答えた。
「必ず戻りますと、文でお伝えしたはずですが……
ご覧になりませんでしたか」
「いや……」
文なら読んだ、と永倉は答えた。
文はしっかり読んでいた。
そのときに繋がるものは、その文しかなかった。
だから、女々しいとは思ったが何度も何度も同じ文を読み返してしまったりもした。
そして永倉は、心のどこかで考えていたのだ。
もうは戻ってこないのではないか、と。
「……わ、悪いな、その……
お前が帰ってきてくれて、すげー嬉しかったから……」
先ほどを抱きしめたのは、本当に無意識だったようだ。
自分の行動を思い出し、永倉は今さらながら照れている。
それが解ったは、なんだか微笑ましく思ってしまった。
「解っています、組長」
「お、おう」
しどろもどろする永倉を見て、は微笑む。
「…………?」
……だが、永倉はその微笑みに違和感を覚えた。
以前のと、どこか違う。
顔は笑っているのに、心から笑っていない、と言えばいいのか……。
とにかく、の微笑みには違和感があったのだ。
「……永倉組長?どうかされましたか」
「あ、いや……何でもねぇよ」
だが、やはり気のせいだろうか。
修行に出る前のと、特には変わっていないように見える。
「っと……そうだ、他の奴らには会ったのか?」
「はい、局長と副長、藤堂組長にはお会いしました」
「そうか……だったら、左之や総司、斎藤と……
千鶴ちゃんたちにも会ってやってくれ」
「はい」
永倉のその言葉により、二人は共に大広間に向かった。
「さん!?」
大広間には、藤堂や近藤と同じような反応をした千鶴、
それほどではないが驚いている様子の斎藤に原田、
大して驚いていない様子の沖田が共に居た。
ちなみに、先ほどに会った藤堂は既に知っていたためか
今は沖田と同じく大して驚いていないようであったが
やはり何か言いたそうにしていた。
「ただ今戻りました」
報告が遅くなってしまい申し訳ありません。
「別に、報告なんて気にすんなって。
それよりお前が戻ってきてくれて良かったぜ」
に向かって、原田がそう答えた。
「無事であることが第一だ」
続いてそう言ったのは斎藤だ。
「まあ、僕はどっちでもいいけどね」
一見興味の無さそうな沖田であったが、
やはりの行方は気になっていたようだ。
その表情からは、どこか安堵の色が見える。
「でも、本当に……心配したんですよ、さん」
「ごめんね、千鶴……それから、ありがとう」
「……いいえ、どういたしまして!」
の言葉に千鶴も満足したようで、すぐ笑顔に戻った。
「まあ、とりあえず……も戻ってきたことだし、今日は飲もうぜ」
「原田さん、昨日も飲んでらしたのに……」
「気にすんなって、千鶴!」
「平助君まで……」
やれやれといった表情を浮かべる千鶴であったが、
やはりその表情はどこか楽しそうだ。
彼らのそんなやり取りを見て、もいつの間にか微笑んでいた。
そんな彼女を、永倉は何気なく見つめる。
――――やっぱり、前のと何かが違う。
先ほど自分が感じたことが、思い違いではないこと……
永倉は、それを確信していた。
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