「さん、良かったら俺の相手をしてくれませんかィ?」
「え? でも……
朝もお話しした通り私は、剣術はからっきしですよ」
隊長のお相手が務まるとは思えません。
戦いたくない、というよりかは、
本気で「相手になれない」と思っているような顔でそう言った。
……まァ、そう来るかなとは思ってましたがねィ。
懐かしきぬくもり――第三話 戦場に立つ刻の瞳は鋭利
――昼飯が終わり。
午後の見回りに出る隊の奴ら以外は、
道場で稽古をつけると近藤さんからのお達しがあった。
そこで俺は、さんにお相手を願い出たワケでさァ。
……午前中も書類なんかをやってもらってたが、まあその辺は
近藤さんや土方さんの手伝いをしているだけあって、要領を得ていた。
けど、そんなことを知ったところで何の面白味も無ェ。
『お姉の戦闘スキル?
あー……まァ、でも勝てるか解んないね』
あのに、そこまで言わせる人……
その戦いぶりを、この目で見てみたいと思った。
「もちろん、不慣れな剣術じゃああなたも不安でしょうから
『いつもの戦い方』で来てくれて構いませんぜィ」
「……!」
俺の言葉に、さんは少し驚いた様子を見せる。
「オイ総悟、お前……」
「トシは黙ってろ」
「……! けど、が……」
どうやら、ゴチャゴチャ言い出しそうな野郎のことは
が止めてくれたみてェだな……よし。
「午前中、簡単に説明しやしたが……
一番隊は、いわゆる斬り込み部隊でもある」
「…………」
「この一週間のうちに出陣があるかは、まァ解りやせんが……
隊長としては、あなたの実力を知っておきたいんでさァ」
さんは少し迷っていたようだったが……
「…………そうですね、解りました」
真っ直ぐに俺を見て、了承の言葉を口にした。
――へェ……いい瞳をするじゃねェかィ。
普段のこの人からは想像できねェ……戦いを知る瞳だ。
「お言葉に甘えて、普段の戦い方で挑ませて頂きます」
「どーぞ」
「それでは、沖田隊長も真剣をお取りください」
「……!
竹刀じゃあ敵わないとでも?」
その問いに対しさんは、
何も言わずににこっと微笑むだけだった。
「それと、道場の中では少し狭いので……
出来れば、外でお願いします」
「いーですぜィ。それなら庭に行きやしょう」
そうして俺とさん……
近藤さんや土方さん、や他の隊士たちも野次馬となり
結局全員が庭に出てきた。
「それじゃあ……総悟、、準備はいいか」
「ええ、いつでも」
「あたしも、オッケーです」
どうやら土方さんが見届け人として参加するらしく、
俺たちの間に入ってきた。
「……、無理だと思ったらすぐ降参しろよ」
「そうですね……相手は、斬り込み隊長ですもんね」
心配そうに声を掛ける土方さんとは裏腹に、さんは楽しそうにそう言った。
「…………始め!!」
土方さんの声と同時に、俺はさんとの距離を一気に詰めた。
「…………!」
そして、まずは一太刀……思いっきり振り下ろしてみる。
「そっ、総悟ォォ!!
真剣使ってるんだし、相手は女の子なんだからな! 解ってるなァ!?」
近藤さんは焦ってそんなことを言ってきたが……
当のさんはと言うと、俺の一太刀をひらりと危なげなくかわしていた。
「へェ……」
俺の、高速の一太刀をよけるたァ、やはりただ者じゃねーな。
「…………」
そんなことを考えている間に、さんが俺との距離を取る。
「道場の中だと狭い」と言っていたくれェだ、遠距離戦が得意なのかもしれねェ。
「けど、俺ァそんなに優しくないですぜ」
さんが取った距離も、すかさず詰めてみせた俺は、
また思いきり刀を振るったが……
ガキィン
「……!!」
今度は何かに弾かれた。
短剣かクナイの類か……?
「いや……」
さんが、何か手にしている様子は見られねェ。
だとすれば、仕込み系の得物かそれとも……。
「面白れェ!!」
今度は駆け寄りながら斬りかかっていく。
そうして刀を振り下ろしたところで……
ふわっ…………
「の周りに……風か…………?」
土方さんがそうつぶやいたのが、微かに聞こえた直後。
ガガガガガッ
「……!?」
さんの前に大量の何かが現れたと思ったら、
それが俺の振り下ろした刀を受け止め……
衝動でその「何か」は弾き飛ばされ、辺りに散らばった。
「こいつァ……フォークか?」
近藤さんの言う通り……その「何か」というのは、フォークだった。
ならば、さっき俺の刀を受け止めたのは、
この大量のフォーク……ってーことになる。
だが……
「ただのフォークで……俺の太刀を受け止めた?」
「そうです、これはただのフォーク……」
散らばっているフォークのうち一本を手に取り……
それをスッと俺に向ける。
「それが、あたしの得物です」
そう言ったさんは笑っていたが……いつもの笑みとは、少し違っていた。
どっちかってーと、楽しそうに喧嘩する土方さんの顔に近い。
「得物がフォーク……ますます面白れェ」
そして俺はまた、さんに斬りかかっていく。
「得物はフォークだけじゃないよ」
「ちゃん! 一体どういうことだ?」
「そのままですよ、近藤さん。
得物がフォークだけだと思っている時点で……
総悟は負ける」
「……!!」
まァ、ただ得物がフォークでちょっと変わってるってだけで、
要はナイフなんかと使い方は同じだろう。
それなら、負けませんぜ。
「その大量のフォーク、全部弾き飛ばしてやりまさァ!!」
「どうぞ、沖田隊長」
ふわっ…………
「この風……またの周りに…………」
「…………!!」
目の前に居るさんは、楽しそうに微笑んでいる。
けど、彼女以外の……いや、彼女と以外は、驚いていたに違いねェ。
「た……大量のフォークが、総悟の周りに…………」
「四方八方から、ぐるっと囲んでやがる」
刀を振り上げた格好のまま、俺は……
体中を囲まれるように、あちこちからフォークの先を突き付けられていた。
「オイなんだアレ……
フォークが宙に浮いてんぞ、どーなってやがる?」
「いや、俺に聞かれても! どういうことだ、ちゃん!?」
「簡単なことですよ。
お姉はただのフォーク使いじゃない……フォークと、風を使うんです」
「風……?」
そうかィ……
だからこの人がフォークを使うたび、周りに風が……。
「いや、確かにすごいけどよォ……でも、ただのフォークだろ?
あんな風に突き付けたって……」
「た、確かに……殺傷能力は、無いよな?」
野次馬になっていた平隊士たちが、そう言ったのが聞こえた。
――けど、確かにそうだな。
「っ……!」
さっそく振り払うか、と考え動こうとしたとき……
頬に微かな痛みが走った。
「総悟の頬から血が……!?」
「動くときは気を付けてください、沖田隊長。
殺傷能力は、一応ありますよ?」
「…………」
こいつァ、また……。
「……近藤さん、もう止めたほうがいいですよ」
「えっ?」
「殺傷能力が上がるように、って言って、お姉ときどきアレ研いでますから」
「研いでるって何!? ちゃんってそんなキャラだったっけ!?」
「書類整理なら必要ありませんが、隊士として働くのならば話しは別。
昨日のうちに、研いで準備しておきました」
「準備……そうかィ……」
『では、準備があるので今日のところはこれで帰ります』
昨日言ってた準備ってーのは、このことかィ…………。
「まァ……とりあえず今回は総悟の完敗だろ。
そこまでにしろ。もフォークをおろせ」
「はい」
土方さんに言われたさんが答えるのと同時くらいに、
俺に突き付けられていた大量のフォークが一斉に彼女の手元に戻った。
「お手合わせ頂きありがとうございました、沖田隊長」
フォークをしまってから、そう言って頭を下げてくる。
「いえ……その実力、しかと見せてもらいましたぜ」
『でも勝てるか解らねェ』……
その言葉を聞いたとき、大げさに言ってるのかと思ったが、確かに……
「さん……ますます面白れェお人だ…………」
田舎から出てきた平凡な娘さんかと思いきやァ、
バトルセンスは抜群……
こりゃあますます、興味が湧いてきやしたぜ。
To Be Continued...「第四話 その優しい手が似ている」