「沖田隊長、よろしいですか?」
「何ですかィ、さん」
「すみませんが、ちょっとこちらに」
「……?」
詳しい説明をせずに、その人は道場の入り口で手招きしていた。
懐かしきぬくもり――第四話 その優しい手が似ている
――さんと俺の手合わせが落ち着いてから。
すっかり野次馬と化していた隊士たちを引き連れ、
道場に戻った近藤さんや土方さん、は稽古を再開していた。
『沖田隊長、少し席を外してもよろしいですか?
すぐ戻りますので』
『構いませんぜィ』
さんはそう言ったまま、少しの間姿を消していて……
戻ってきたかと思えば、俺を手招きしているのだ。
……ここで言われた通りにするのも少し癪な気がしたが、
さっきの手合わせで俺が負けたのも事実。
ひとまず今日のところは、素直に従っておこうと思った。
「そこに座って頂けますか?」
「……? こうですかィ」
「はい。しばらくそのままで」
そうして、さんは何かを取り出す。
……見た感じ、救急箱みてェだな。
(席を外したのは、それを取りに行ってたってとこだろう)
「顔に傷がついてしまいましたね……ごめんなさい」
「いえ……俺もアンタの得物をナメてたんで、お互い様でさァ」
どうやら今からそれを手当てしてくれる、ってことらしい。
「でも、せっかくかっこいいのに……ごめんね」
「別に……女じゃねーんですから、顔なんて気にしてません」
「そっか……ありがとう、総悟くん」
これ以上気に病まれてもめんどくせェし、何より俺もホントに気にしてねェ。
だからそれをそのまま口にしただけだが、何故かお礼を言われた。
「…………よしっ。これで終わりました」
「……ありがとうございやす」
「どういたしまして!」
そう言って笑った顔は、さっき手合わせしてたときとは全然違う。
……どうやらこの人も、戦場では化けるタイプのようだ。
「それじゃあ、沖田隊長」
「……?」
「さっきの今でアレですけど、稽古をつけて頂けますか?」
竹刀を取り出しながらそう言っているので、もちろん剣術の稽古だろう。
……確かに、さっきの今で俺に教わろうって考えること自体、変わってる。
いろんな意味で、この人は本当に面白れェや。
「いいでしょう。ただし、俺は厳しいですぜ」
「ええ、それはさっきの手合わせでなんとなく解りました」
そんなことを言い合いながら、俺たちも稽古を再開した。
「はァ〜……」
久しぶりに、真面目に稽古なんてしちまったぜィ……
「さんも思いのほか要領がいいから、書類も終わっちまった……」
土方さんに提出しに行ったら、「今日は槍でも降んのか」って言われる始末。
(あとで絶対ェ殺すと思ったのは言うまでもねェ)
「夕飯までは、だいぶ時間もあるしなァ〜……」
さんにずっと引っ付いて、野郎に見せつけてもいいが……
それを実行しようとして気づいたが、
正直、仕事や稽古以外で何しゃべったらいいのか解らねェ。
そんなことを考えたから、
「土方さんに書類を提出してすぐ戻る」って言っておいて
彼女のもとへは戻らずこうして屯所内をうろついているってワケだった。
「……よーし」
ごちゃごちゃ考え込んだって仕方ねェ。
気分転換でもするかァ〜。
「ここはやっぱ昼寝だねィ」
そうと決まれば……
……と、移動を始めようとしたとき。
「オイ、キョロキョロしてどうしたんだ」
「この声は……」
野郎か……
言葉から察するに、さんが近くに居ると思われる。
俺は曲がり角の手前に隠れ、バレないように声のしたほうを覗き込んだ。
「あ、土方さん、それが……沖田隊長が、なかなか戻ってこなくって」
「総悟が?」
「はい、さっきまで一緒に書類をやっていたんですが、
終わったから土方さんに出してくるって言われて」
出したらすぐ戻ってくるような感じだったんですが、まだ戻ってこないんです。
……困った顔をしながら、さんは言った。
「そいつァ、妙だな。
総悟が俺んとこに来たのは、けっこう前だぞ」
「えっ! ほんとですか?」
「あァ。もう戻っててもいいはずだが」
となると……とつぶやく土方さんが思案顔になり、間を空けずに言う。
「どーせどっかで昼寝でもしてんだろ。
日当たりのいい場所をあたってみればいい」
「えっ……それでいいんでしょうか?」
「いーんだよ」
心配そうにするさんの頭を、野郎がぽんぽんと軽く叩く。
すると、彼女に笑顔が戻った。
「アドバイスありがとうございました、土方さん!
それじゃあ、いったん部屋に戻ってから沖田隊長を捜してみます」
「なんで部屋に戻るんだ?」
「ちょっと忘れ物を」
野郎の問いかけに対し曖昧に答えたさんは、どこか楽しそうだった。
「…………いけねェ」
彼女が俺を探し出す前に、寝ちまわねーと。
一度眠っちまえば、こっちのモンだからな。
そんな考えに至った俺は、いつもの昼寝スポットに向かった。
「ええと、総悟くんは……
…………あっ、アレかな?
あの変なアイマスク……前に見かけたときと、同じだよね」
「…………誰ですかィ?」
自分で言うのもなんだが、俺はかなり寝つきがいい。
さっきの今とはいえ、もうほとんど夢の中だったワケだが……
近付く足音に、反応してしまった。
(こーゆーときは、戦慣れしていることが仇になると思う)
「お休みのところすみません、沖田隊長」
……誰だ、なんて、聞かなくても本当は解っていた。
さっきの今で俺を訪ねてくるのはさんしか居ないし、それに……
ちょっと癪だが、なんとなく足音で判断できちまった。
「完全に眠ってしまわれる前に、次のご指示を頂きたいのですが」
「…………昼寝を止めないんですかィ?」
「えっ……止めてもいいんですか?」
「遠慮しまさァ」
即答すると、さんは楽しそうに笑った。
「近藤さんが、隊長のことを褒めてましたよ」
「近藤さんが?」
「ええ」
俺を捜す途中で、どうやら近藤さんとバッタリ会ったらしい。
「今日は稽古も指導者としてしっかり取り組んでいたし、書類も全部終わらせて。
『総悟はがんばったなァ!』って言ってました」
「へェ、近藤さんが……」
「良かったですね」
何が良かったのか解りかねていると、さんが少し笑って言う。
「沖田隊長、近藤さんのこと親兄弟みたいな感じで慕っているでしょう?」
「え、……」
まさか、そんなことを言われるとは思ってなかったら、
俺としたことが言葉に詰まっちまった。
けど、そんな俺をさほど気に留めず彼女は続ける。
「隊長は、近藤さんと一緒のときは表情が柔らかかったので」
だからてっきりそうなのかと、と言った。
「そう……ですかィ?」
「ええ」
――確かに近藤さんは、俺にとって親みたいな兄みたいな、そんな人で……
ストーカーしてたり馬鹿なことばっかやってるけど、大切な人には変わりない。
……けど、俺はそれを表に出してたつもりはねェ。
それでもこの人は、俺の様子からそれを推測したってェのか……。
「…………よく見てるんですねィ、さんは」
「そうでしょうか」
何度かこの人に依頼をしている土方さんや近藤さんならまだしも、
俺は大して一緒に過ごしたりしていないのに。
それでもこの人は、俺の近藤さんに対する想いを読み取ったのだ。
「…………なるほど、確かに……調査には向いてまさァ」
土方さんが重要な調査を頼むのも、納得できなくもねェ。
――なんて、ゴチャゴチャ考えてたら眠気なんて吹っ飛んじまった。
こりゃァ昼寝は中止だな、と思いながら、俺は身体を起こす。
「……? 隊長、お休みにならないんですか?」
そんな俺を見て、さんが不思議そうにする。
「……なんだか眼が冴えちまって」
「あ……あたしが余計な話をしたからですね、すみません……!」
「いえ、アンタのせいじゃねーんで気にしないでくだせェ」
別に慰めるつもりなんて全然無かったけど、自然と口からそんな言葉が出てきた。
そのことにハッとなって彼女のほうを見ると、ホッとしたように微笑んでいた。
「…………」
――この人の、この笑顔……似ている…………
「……ねえ、総悟くん。ちょっといいかな?」
「何ですかィ」
「そのままじっとしてて」
そう言ったさんが懐から櫛を出すのを、視界の端でとらえることが出来た。
この後の展開が解った俺は、言われた通り大人しくする。
「…………はい、出来た!」
予想通り、また髪を直してくれたらしい。
こうしてもらうのは、これで三度目だった。
「また寝転がってたから、ちょっとクセがついちゃってたみたい」
でもこれで直ったから大丈夫、と、また笑う。
「部屋に戻って、櫛を持ってきて正解だった。
やっぱりこっちのほうが、かっこいいね」
「……ありがとうございやした」
「どういたしまして」
そう答えてから、クセが直ったという俺の髪を(たぶん無意識に)なでる。
……いつもなら、こんな風にされるがままになんてさせない。
けど……
何故か、この手は振り払うことが出来ないでいた。
「…………」
……いや、理由なんて解ってんだ。
この手が……似てるからだ…………
『総ちゃん』
姉上の、あの優しい手に……似ている――…………
To Be Continued...「第五話 似ていて非なるもの」