今日からテスト前ってことで部活は無かったんだけど、
ちょっと用があったオレは、未だ学校に残っていた。
「……っと、後はこれを土方先生に出せば帰れる、よな」
昨日までに提出しろと言われていた、古典の問題集。
オレはきちんとやって出したはず……だったんだけど、
指定されていたページを勘違いしていたらしくて。
2ページ、やってなかったんだよな……。
それを、今日の古典の時間、土方先生に指摘された。
『放課後までにやって、出してから帰れよ』
加えてそう言われてしまったので、
オレは仕方なく居残りしてるってわけだ。
「千鶴も、お千とテスト勉強するって言って帰っちまったし……」
オレも早く帰らねぇとな。
そんなことを考えながら、オレは問題集を片手に
職員室まで続く廊下を歩いていた。
「…………これが総司なら、無視して帰るんだろうけど」
オレには、無理だ。
次の日に見るであろう怒り狂った土方先生の姿なんか、恐すぎるし……。
「そういえば……」
総司って言うと考えちまう、あいつ――のこと。
昨日、一瞬あの泣きそうな顔になってから、はなんとなく元気が無い。
オレの気のせい……じゃないと思う。
オレはあいつのことよく見てるから、解るんだ。
あいつが、無理して笑っていることくらい。
だけどあいつは、悩みを隠すのが上手いらしい。
周りのやつは、誰も気づいていない。
「でも、絶対無理してるよな……」
出来れば、力になってやりたい。
『お前、そういうこと言わなくてもいいだろ!』
けど、オレたちは口を開けば喧嘩になってしまう。
だから、解っているのに何も出来ないでいる。
「ちくしょう、かっこわりぃ……」
「ごめんなさい、もう一度お願いします!」
あと少しで職員室、ってときに、
近くの教室から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
これは、たぶん……いや、絶対にそうだ。
――の声だ。
「こんな空き教室で何してんだ?」
気になったオレは、職員室には行かずに
その教室をこっそり覗いてみることにした。
「あれは……」
と総司、それから……左之先生?
「おい、……苦手っつーにもほどがあるだろ?」
「でも解んないんですよ! だからもう一度説明してください」
「もう5回も説明したじゃねぇか……。
おい総司、ってこんなに成績悪かったのか?」
「は、数学だけ極端に悪いんですよ。
だから理解してもらうには、あと2回くらい説明が必要じゃないかな」
「おいおい……」
どうやら、は総司と左之先生に数学を教わっているみたいだ。
なんで二人がかりなのかは、解んねぇけど……。
「つーか総司、解るんだったらお前が教えてやれよ」
「別に、僕はそれでもいいですけどね。
ただ、解らない問題で困ってる生徒を途中で放り出すなんて、
土方先生に知れたらどうなるのかなぁ」
「総司、お前なぁ……」
「よく解んねぇけど、土方先生も関係してんのか……?」
どうやら、オレが覗いていることには未だ誰も気づいていないらしい。
「……解った、じゃあもう一回説明するからな。
それでも理解できなかったら、ちょっと休憩させてくれ」
「は、はい」
「うーん、左之先生もそろそろ限界っぽいなぁ……」
何か考え込んだあと、総司がの目を見る。
「、次の説明でこの問題が解ったら、僕がアイスおごってあげる」
「ほんと!?」
「本当だよ。だから、ちょっと頑張ってみて」
「解った、任せてよ!」
総司の言葉で、数学に悪戦苦闘していたも笑顔になった。
「なんだよ……」
オレと話しているときは、は怒ってばっかなのに。
なんで総司と話しているときは、そんなに笑顔なんだよ……。
オレは、あいつを笑顔にしてやれないのか?
オレじゃ、無理なのか……?
「…………って、何考えてんだか」
早く土方先生のところに行かねぇと。
妙なことを考えちまったオレは、
すぐ我に返り、そそくさとその場を離れ職員室に向かった。
「土方先生ー!」
テスト前は職員室に入れないから、
オレは入り口のところに立って大声で土方先生を呼ぶ。
まもなくして、先生が廊下まで出てきてくれた。
「おう、平助。問題集は終わったのか?」
「ページ間違ってるって言われたときは焦ったけど、
たった2ページだもんな。すぐ終わったぜ!」
「どれ……お、ちゃんと終わってるな」
土方先生は俺から受け取った問題集をぺらぺらめくって、
指定したページをチェックした。
「じゃあ、テスト勉強で使えるように、この問題集は返しておくからな」
「サンキュー、先生」
『ただ、解らない問題で困ってる生徒を途中で放り出すなんて、
土方先生に知れたらどうなるのかなぁ』
待てよ……
そういや、さっきの総司の言葉……
が左之先生に数学教わってることとか、土方先生も関係してるっぽかったよな。
「あ、あのさ、先生」
「何だ?」
「その……左之先生って、今どこに居るか知ってるか?」
オレは、ずるい。
左之先生が今どこに居るかだなんて、知っているのに。
「原田だったら、今は開き教室で生徒……
お前と同じクラスのに、数学教えてるところだな」
知ってる。
だってオレは、さっきそれをこの目で見たのだから。
「ふーん……」
「初め、が俺のところに質問に来ててな。
数学も解んねぇっつーから、原田と交代したんだよ」
「そ、そうなんだ」
だから、総司は土方先生がどうとか言ってたのか……。
「あいつに用事か?」
「い、いや、別にそういうわけじゃないんだけど」
「だったらいいけどな……
相手じゃあ、まだしばらくはかかるだろうなぁ」
「ああ、そうだろうな。
あいつ、数学だけ異様にできないからさ」
授業中だって、あいつは数式に悪戦苦闘してるんだから。
それに、さっきの様子からしてみれば、
しばらく左之先生はつきっきりだろうしな。
「お前、が数学苦手なこと知ってんのか?
俺は前に、総司から聞いたんだが……」
「え!? あ、えーっと……ほら、同じクラスだし! 席も近いし!」
「同じクラスで席が近くても、知らないこともあるだろうが」
「そ、そりゃそうだけど……
ほら、なんか授業中も数式と格闘してるっぽいからさ!
だから、左之先生が教えても時間がかかるだろうなーって」
ったく、本当に土方先生って鋭いよな……!
「……本当に、何の用も無いのか?」
「あっ、当たり前じゃん!
別に、に用なんて無いし!」
「ほーう……俺は“に”なんて一言も言ってないけどな」
「……!」
は、はめられた…………!
「……平助、お前は俺の古典の時間に自分が何やってるのか知ってるか?」
「へ? し、知らないけど……つーか、普通に授業受けてるだろ?」
オレのその言葉に対し、土方先生は首を横に振る。
「ずっとのこと見てるんだよ」
「……!」
「まさか、無意識だったのか?
ったく、バレバレなんだよ、お前の行動も気持ちもな」
バレバレって…………
「じゃ、じゃあ、土方先生は知ってるのか……?」
先生は、黙って頷いた。
「ま、マジかよ…………」
オレって、そんなに解りやすかったのか…………。
「……けどな、お前はもっと素直になった方がいいんじゃねぇのか」
「……!」
――ああ、土方先生は全部知ってるんだ。
オレがを好きだということも、
それを素直に伝えることが出来なくて、喧嘩ばかりしていることも。
「喧嘩ばかりじゃいけないこと、お前は解ってるはずだ」
そうだ、解ってはいるんだ……。
「…………サンキュー、土方先生。オレ、頑張ってみるよ」
「おう、頑張れ。ついでにテストもな」
「え? テストはついででいいのか?」
普通は逆なんじゃ……?
「いいんだよ、学生の間は青春してれば。
勉強なんて、やればすぐ身につくものだしな」
勉強ってそんな簡単なものじゃないと思ったけど、
そう言い切った土方先生の姿は、同じ男から見ても何だか格好よかった。
「ありがと、先生! オレ、やってみるよ!!」
オレはもう一度土方先生に礼を言って、その場を後にした。
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